環境デザイン基礎演習! 「あー何も考えられない!!」 フレセミin淡路島♪ 芸工一受けたい授業!? 報告会に向けて... 新入生歓迎会 同級生(38歳)の家へ 沙弥島調査の旅〜1日目〜 陶芸体験 ETのある新築のお宅訪問 ヨドコウ迎賓館‼ 初記事!フレッシュマンセミナーへ♪ フレッシュマンセミナー!

Student's Report
特派員だより

Monthly Archives

Activities

学外活動
特派員だより(2012年度以前)

震災スタジオ2011-2 志津川地区

Update: 2011/09/05 @4年生特派員(まっつん)

WS2日目は自分の所属する班が志津川地区の担当になったので、

丸一日志津川地区の被害状況を調査しました。
sidukawa0905-1.jpg

昨日は夕方だったので地盤沈下により、
潮が満ちて、港にはいけなかったのですが、
朝なので、潮が引いて堤防までいくことができました。

sidukawa0905-2.jpg


sidukawa0905-3.jpg


sidukawa0905-4.jpg


sidukawa0905-5.jpg<

sidukawa0905-6.jpg<

津波によって堤防が破壊されていて、
コンクリートの塊が破壊されている光景はなんど見ても映画のシーンを見ているようでした。


残っていた防波堤に上ると、
港部分の地盤沈下の様子がわかりました。

sidukawa0905-7.jpg


sidukawa0905-8.jpg


sidukawa0905-9.jpg

大きな石が流されていたり、
考えられない高さまで津波が到達していました。


sidukawa0905-10.jpg
瓦礫の量もすさまじく、
瓦礫の山ができていました。

今瓦礫が見える場所は、
もともとは公園だったらしく、
瓦礫の一時保管所とされています。


午後からは山側から港に向かって調査を行っていきました。

sidukawa0905-11.jpg
国道沿いに港を見た風景なのですが
全く海が見えません。

今見ている場所も標高は高く、
また、線路の高架の上にいるのですが、
この高さまで津波が来ていました。
sidukawa0905-12.jpg


sidukawa0905-13.jpg

sidukawa0905-14.jpg

sidukawa0905-15.jpg
かつて住宅のあった後はほとんど残っていませんでした。

ここの地域に住む方々は海が見えないことや、
以前のチリ地震のときの津波の高さから、
自分たちのところまでは
津波は来ることはないと
考えていたため、
この地域の被害者はたいへん多かったそうです。

sidukawa0905-16.jpg

sidukawa0905-17.jpg

テレビでもよく話題に上がっていましたが、
調査していくなかで、
神社は海抜2メートル以上にあり、
津波の被害は受けていませんでした。


先人たちの知恵でしょうが、
事前調査で、
昭和の津波で神社が流されたため、
神社を高台移転させたという資料がありました。

sidukawa0905-18.jpg
他にも高台に移転した、集落は無事でした。


sidukawa0905-19.jpg

sidukawa0905-20.jpg<
googleの航空写真ですが、
赤い丸の部分が、
港見下ろした、
線路の位置になります。


そこから、
谷に沿って
山を下りました。

改めて見るととてつもない数の建物が流されています。


夕方ごろに調査は終わり、
ホテルに戻って、
調査結果をまとめました。


ここからは、
時間もなく必死だったので
写真がないので、
文章だけでWSの内容をまとめさせてもらいます。


調査から得たことをまとめ、
各自提案をディスカッションして
次の日の午後に発表し、
講評会を行いました。


設備環境が過酷で、
時間もものすごく限られたなかで、
ディスカッションし、
制作するのは、
信じられないくらい過酷でした。


私たちの班は、
地盤沈下によって沈んだ部分を湿地に戻し、
高台移転によって分散された住宅を、
津波から残った神社に参道を新たに作り、
参道を住宅とリニアに結ぶという提案でした。


最もリアルスティックな現状分析から
提案が行われていると評価を受けました。


WSを行うなかで、
津波の怖さや、
漁業と浜との関係、
実際にこの土地で育ってきて暮らしている人の話、
行政の復興計画に携わっている人の話、
などを通して、
復興の難しさを痛感しました。


WSに参加するまでは、
津波に強い街を作らなければならないとばかり
考えていたのですが、
実際に三陸町に訪れ、
現地の人の話や、
産業の問題を目の当たりにして、
住むということよりも、
産業や観光といった、
生きていく街を作っていかねばならないのだと思いました。


私たちが
行った提案ははたから見れば浅はかな提案かも知れませんが、
これからも、三陸町や東北の復興について考えていきたいと
思い、これから、生きていくだろう私たちが真剣に考えることが
大切なのではないかと
感じました。


これからも震災について、
考えていきたいと思っています。

 

特派員だより