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バカンスの功罪

2010年8月12日 19:09【くらし, オランダ, 未分類

 今週いっぱいでオランダの建設業界の一か月の夏休みが終わります。この間決断できるメンバーの揃う会議を開くことは不可能ですし、工事現場もほぼ完全停止です。外部とのコミュニケーションなしにゆっくりとスタディをし、資料を集めるためには理想的な一か月ですが、プロジェクトの継続、経営的には危険な一か月です。電話をしても誰もいないし、資材も集まらない。ほとんど一人ですべてをこなしていた独立したばかりのころはじっくりと物事を考えることのできるとても有意義な期間でしたが、所員を雇うようになってからは外部とのコミュニケーションができないので、事務所を開いていても無意味であることを悟り、思いきって3週間事務所を閉鎖することにしました。オランダの建築家労働協定で義務付けられている年間6週間の休暇の半分はここで全員一緒に消化してもらいます。本当は休暇の時期を強制することは違法なのですが、小さな事務所でみんながばらばらと3週間休んだらやっていられません。年末年始も強制的に最低一週間休み、春、秋にプロジェクトの進行状況に合わせて一週間休みを取ってもらって有給休暇を消化する。これで私は何とか労働協定に沿ってやっています。
 この結果、オランダでは年に2度人工的にプロジェクトのプロセスにストップがかかります。現場も設計も。クライアントはそのブレークの前に基本設計、実施設計、入札、あるいは竣工などなど終わらせようとします。中途半端に後に残るとバカンスから帰ってきて半分記憶喪失になっている人たちが中途半端なことをするのを嫌がるからです。実際に夏の一か月の空白の後なにかと問題となるプロジェクトは多く、事務所を主宰するものとしてはリスクをなるべく抑えて、できる限りコントロールした形で夏休みを迎えるようにと心を砕きます。それに追い打ちをかけるように、この一ヶ月間は仕事をしないので当然収入もなく、夏休み前にはバケーションマネーの支給もあり、小さなアトリエ事務所の主宰者の心労はかなりなものです。バケーションだと言うだけで無理やり生まれたデッドラインの波状攻撃と同時に、誰もがストレスがたまっているせいかコンフリクトも多く、そこここで火消しにあけくれ、オンタイムに設計料が払われるように手配する。
 それでも私はバカンスが建築事務所にとってプラスだと信じています。若いスタッフは半年前から安いチケットを探してアジアへ、南米へ、アフリカへと旅行を企画して一回り大人になって事務所に戻って来る。あるいは普段時間に追われて不足しがちな家族とのコミュニケーションをとってくる。私も休暇が始まるとたいていは寝込んでしまいますが、そのあとは誰からの電話もかかることなく、自由な時間が過ごせる。ほとんど強制されなければ決してこんな状況を自己選択はしませんが、これも一つの文化と思っています。

このブログに関連した記事が日経アーキテクチャー8月9日号の「世界に飛び出す就職氷河世代」に掲載されています。

敗北の心の傷み

2010年7月12日 21:45【オランダ, ヨーロッパ , 未分類

 マドリッド航空を離陸し、オランダ、アムステルダム空港に向かっています。マドリッド工科大学でワークショップをするフェリックスを訪ねて、週末を一緒にスペイン北部カンタブリア地方の港町サンタンデールで過ごしました。アムステルダム行きの飛行機に搭乗すると、オランダ航空のスチュアーデスはまずスペインチームの勝利をたたえ、機内からは一斉に拍手が沸き起こりました。12july10 001.JPG昨晩のオランダ対スペインの死闘を私は偶然マドリッドで見ることとなったのですが、全力を出し切って負けたオランダチームを見守ったオランダの人たちもスペインチームを心から祝福していることだろうとどこまでも続く、乾いた赤銅色のスペインの大地を見ながら今思っています。

 昨晩は思ったような試合展開でした。激しくボディチェックをしながら、丁寧にスペインの攻撃の芽を摘み、チャンスを探し出しては攻撃。反則ぎりぎり反対側のプレーをするオランダチームに、ブラジルのように自分を見失うことなく、サッカー王国の精神的、技術的、肉体的力を最期の最期まで示し続けたスペイン。それに対して一瞬たりとも集中力を失うことなく、冷静に戦い続けたオランダ。私はドキドキしながら、オランダを応援しながら、世界最高峰のプレーを目の当たりにすることのできる幸せをかみしめ、満喫しました。そして、7つのイエローカードとレッドカードを要し、ロベンの決定的チャンスを生みだしながらもキーパーに守りきられたオランダは、限界まで挑戦し、そして負けました。

 サンタンデールから私たちがマドリッドに戻ってきたのは試合が始まる1時間半前の7時ごろ。今回のワールドカップ、真摯な日本チームサポーターだった私は、心のどこかでオランダの決勝戦ムードに疎外感を感じていて、ホテルの部屋で見てもいいかなと実は思っていたのです。でも、車がコロン広場近くを通過した時、大きなスペインの旗をなびかせてrojaのコスチュームに身を固めた群衆が集まっていくのを見た瞬間、私の心臓はバクバクと鼓動し始め、スペインとかオランダとか日本とか関係なく、一刻も早く通りを歩きたいと思いました。急いでホテルにチェックインをして近くのバールにいくと続々と人が集まって来ていて、若者たちはすでに声をそろえて次から次に歌を歌って気勢を上げていました。応援のチームワークがこれまたすごい。アムステルダムでも美術館広場にオランダ全国から人が集まって、一面オレンジ色です。

日曜日はワールドカップ決勝です!

2010年7月 9日 23:29【くらし, まち, アムステルダム, オランダ, 未分類

 ワールドカップも決勝のみを残すところまでやってきました。オランダは一週間前に1998年以来の悲願だったブラジル打倒を果たして以来たいへんなことになっています。誰もが超忙しい夏休み前、一か月前に選挙が終わったというのに連立政権がまだまだ成立しそうもない政治不安の真っ只中、そして不況から回復するどころか長期泥沼状態になり、誰もが夏休み以降はさらにひどくなりそうだと内心思っているのに、正直なところ、私自身も含めて、もうそんなこと、ふっとんじゃったみたいです。

 ワールドカップは不思議です。サッカーはすごく面白いスポーツで、テクニック、戦略、アクシデント、肉体美、空間性などなどすべて入った総合スポーツ芸術だと思います。でもワールドカップのインパクトってスポーツを超越しているように思います。国民性とか文化といったようなコレクティブなアイデンティティにまで及んでしまうような。

 日本に生まれて育った私にとっては相撲と野球が身近なスポーツで、(そうです、私はスポーツをするのも見るのも大好きです。肉体と精神と空間の瞬間的な関係性を体感することは何よりもの快感なのです、私にとって)オランダに住むようになってサッカーが私の日常生活のリズムと感覚に組み込まれるまで数年かかりました。そしてやっと面白く思えるようになったころ1998年ワールドカップフランス大会が開催されました。その時のオランダチームにはクライフェルト、ベルフカンプなどなど、キーパーはファン・デル・サールがいて、今年のオランダチーム以上にレベルが高く、快進撃をしていたのですが、勝てば勝つほどほど、'街'の雰囲気が変わっていくことに気付いたのです。誰もがオレンジ色の服を着るとか、町中オレンジのデコレーションとか、そういうことだけではなくて、空気が変わっていった。私自身も高揚してたせいかもしれないですけど、道行く人の興奮が街を満たしているような感じで、コンサートが始まる直前のコンサートホールの雰囲気がずっと続く、といったらわかっていただけるでしょうか。そしてアルゼンチンに勝ってベスト8になった時のことは忘れられません。ベルフカンプのゴールの瞬間、駆け抜ける歓声で町は震え、試合後は車のクラクションと自転車から叫びながら走り回る人と運河からはボートで騒ぐ人で一晩中大騒ぎでした。都市空間のダイナミズムって立体的に音で認識できるんだなあ、としみじみと思ったことを今でもよく覚えています。先週のブラジルに勝利した後はちょうど同じような感じでした。サッカーのアーバンで空間的なインパクトは、民衆が街路でボールをけることから始まったサッカーというスポーツのDNAなんだろうなと私も夜更けまで興奮する町の空気を満喫しました。でも、ここまではまだ理解可能な、フィジカルなインパクトの話です。でも、もしもオランダが日曜日にスペインに勝ったら、その時に起こるのはそんなことではないのです。

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