Logbook:Yoshiaki Hanada
2005年12月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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12月10日(土)、日土小学校の保存を考えるシンポジウムを地元・八幡浜でおこないました。
・シンポジウムのポスター
・朝日新聞の文化欄に載ったお知らせ記事

地元の新聞記事は以下のとおりです。
読売新聞 12月11日
愛媛新聞 12月11日
愛媛新聞 12月14日

八幡浜新聞12月20日

2005年-12月30日(金)

 年末のあれやこれや。
 毎日少しずつ掃除を進めて、本日8割方終了。2台の車も洗った。あとは吹き抜け周りの大きな開口部関係。明日は脚立に上がります。
 夕方からやっと年賀状づくり。

 いろんなことのあった1年でした。『植田誠の編集現場』の出版、「岡本のb」の竣工、日土小学校の保存運動(夏の建築学校やシンポジウムの開催も)、西宮の御前浜での映像イベント、前川展の模型づくり、そのほか、千里ニュータウン関係、某行政の委員会、それに大学の入試・広報その他。出不精の僕にしては移動も多かった。ほんと、休みなかったなあ。
 来年は大学の仕事がさらに増えそうだし、どうなることやら。
 落ち着いてきちんとした仕事をしたい。とくに、日土小学校については地元の方々との対話など、これまでとは別の回路を見出したい。より優れた答えだと確信できるものがある限り、それを多くの人に説明し、一緒に議論し、さらに案をリファインし、そして最後は具体的に実践する。どんな分野であれ、専門家の役割とはそういうものだろう。

2005年-12月26日(月) 日土小学校を考えるネットワーク

 庭の雑草引きと溝掃除を終えた後、大学へ。冬休みの静かな大学。ゼミ室では4年生が卒制の作業中。事務仕事をいくつかすませて夕方。本屋に立ち寄って文庫本2冊。帰宅。

 日土小学校の保存を考えるホームページが立ち上がりました。日土小学校を考えるネットワーク。八幡浜や松山の地元の方々やわれわれ専門家で同名のグループを作り、今回のシンポジウムの企画・準備等をやってきましたが、その延長線上で、ついにホームページが稼働し始めました。すでに内容は充実しています。先日のシンポジウムの資料、最近の新聞報道、各団体からの保存要望書などが用意に手にはいります。ぜひ覗いてください。

2005年-12月25日(日)

 昼前に起床は昨日に同じ。しかしやる気は少し出て、掃除は2階の和室とロフトがすんだ。喉・鼻風邪が悪化しないよう毎日少しずつやろう。

 22日の前川展内覧会の日は、じつは、担当してきた3年生の設計課題の最終講評会だった。迷いに迷い、しかし展覧会場で学生たちや芸工大を紹介すればこれも大学の広報活動の一環であろうと判断し学科主任や一緒に課題を担当した先生方の了解を得ての上京であった。というわけで、3年生のみんな、とくに建築プログラムを選んだ諸君、本当にごめんね。

 ・・・で、どんな出来具合だったのかなあと心配だったわけですが、便利な世の中、ちゃあーんと様子がわかるんですね。
 3年生の何人かが書き込んでいるブログがあって、そこに講評会の様子や模型写真が貼ってあった。URLは、以前、学生が僕に教えに来たくらいだから、リンクしても大丈夫だろう。これを見る限り、なかなか面白い建築になったひとが何人もいたようで安心。いまふうの雰囲気が強すぎる気がしないでもないが、久しぶりに建築好きが多い学年のようで嬉しい。昨日ふれた「森山邸」なんかについて彼らはどう思うんだろ。

 久しぶりの「休日」で、すごし方がわからない。

 冬休みの宿題は、OZONEの連載エッセイ、DOCOMOMO Japanのニュースレター、大学用の事務的な書類3本だけ、のはず。早くやっちゃおう、とか言っててぎりぎりになるんですね
、なぜか。

2005年-12月24日(土)

 昼前に起床。どーっと疲れが出ている。年末の大掃除でもしようかと思ったが、一部屋に掃除機をかけただけでやる気がなくなり、三宮のジュンク堂へ。最近は本のことをぜんぜん書いていませんが、今日買ったのは、『言葉と建築』(エイドリアン・フォーティー)『ワンコイン悦楽堂 』(竹信悦夫)、『GA JAPAN』最新号(78号)。
 『言葉と建築』は原書を買ったときから翻訳を出すべきだ、企画立ててみようかと思っていた本である。学生諸君!必読です。勉強会に最適。できれば英語のほうも併用して。英語版はこれ。ちなみに、訳書は5,500円+税=5,775円、原書はアマゾンで3,509円(ただしペーパーバック。ハードカバーは6,099円(税込))。

 『ワンコイン悦楽堂』は内田樹ファンならご存知の通り。内田と高橋源一郎による著者・竹信悦夫の思い出を語る対談がいい。内田と高橋に、それぞれ東大と灘校で大きな影響を与えたという「天才」・竹信悦夫の姿を勝手に思い描いて楽しんだ。

 『GA JAPAN』では、西沢立衛の「森山邸」という住宅に驚いた。近所の家にカメラを据えて日々の暮らしを覗いてみたい。入江経一と二川由夫が西沢にいろんなことを言っているが、ここまでいくと、「森山」なるひと御本人(あるいは御一家?)をよんでこないとなんとも話にならんね、きっと。

2005年-12月23日(金)

 快晴の東京。市ヶ谷駅の近くに宿をとっていたので、ふと思い立ち、初めて靖国神社へ。見るものすべて目新しく、不思議な経験。参道を抜けるとモダンに改修された(?)理科大の校舎。白い壁に赤のラインがかっこいい。へーと思ってふと右を見ると日本武道館昭和館九段会館(旧軍人会館)が目に飛び込んできた。すごい組み合わせに驚きながらも、貴重な機会と、順番に写真をとりお堀沿いに歩いていくとパレスサイドビル。いやはやおもしろい散歩だった。途中、日の丸の小旗をもったひととよくすれ違うと思ったら、今日は天皇誕生日だった。

 地下鉄に乗って東京駅へ。もう一度前川展へ。ゆっくりと展示を見直す。
 今日もいろんな方と会う。学会の委員会で上京した愛媛大学の曲田先生。日土小の再生委員会等の最新情報をきく。柳々堂の松村さん、芸工大広報課のT女史、『植田実の編集現場』を編集した中野照子さん。
 続いて、となりの東京ステーションホテルに、植田実さん、元倉真琴さん、上記の中野さんで集まり、『植田実の編集現場』の売り上げ状況報告を聞き、販売促進方法を検討する。版元のラトルズの本の中では、とくに売れてないわけでもないが、とくに売れているわけでもないという状況だそうです。なので、まだのかたは、ぜひお買いあげ下さい。それにしても、この本が完成したのは去年のことのような気になっていたが、この春のことだったんだと思い返す。そのあと築地へ移動してみんなで食事。18時50分発の新幹線で新大阪に約20分遅れの到着。わが家の周辺にはまだ雪が残っていた。

2005年-12月22日(木) 「生誕100年 前川國男建築展」スタート

 朝起きると家のまわりは真っ白。「おお、久しぶりの大雪だ」とは思ったものの、それ以上深く考えずに家を出たが、これがとんでもない間違いだった。道は歩道と車道がわからないくらい雪に覆われ、バスはおろか、車は一台も走っていない。標高は300メートルもあろうかという渦森台。ええい仕方ない、歩いて駅(阪急御影駅)まで下りようと決めて歩き出すも、あたりはすでに吹雪の様相。雪が横殴りに顔に当たり、手は切れそうなくらい凍えてくる。旅行用の折り畳み傘はすぐに変形し、邪魔になるばかり。何度も滑りそうになって、ガードレールをつかみながらゆっくり歩く。途中、急な坂道では車が溝に落ちていて、携帯電話で救援を呼んでいる。バスが身動きできなくなり、その後ろには自家用車の列。乗り捨てられた車もあった。山の下からは救急車のサイレンも聞こえてくる。東京行きは諦めて大学に行こうかとも思い、学科事務室に電話をして様子を聞く。休みにはなっていない。おそるおそる坂を下りる人と、おそらく甲南病院勤務のゆっくりゆっくり登ってくる人がすれ違う。やっと御影駅が見えてきて安心した瞬間に見事に転んで腰を打ってしまった。
 ここまできたらとりあえず新大阪まで行ってみようと思い直し阪急電車に乗る。もちろん遅れて運行している。窓から見える阪神間は芦屋も西宮もすっかり雪の中。
 新大阪に着いてみると、指定をとっていた電車は1時間10分遅れでまだ着いていない。東京にいるゼミ生に電話をしたら、東京は快晴とのこと。へーそうなのかと拍子抜けし、阪神大震災のときの温度差を思い出した。ギャラリー間の展覧会にでも寄ろうと思い少し早めの電車にしていたのが幸いし、京都〜名古屋間の大雪でさらに1時間以上遅れるも、東京駅に2時半到着。3時からの内覧会にはぴったりだった。


 さて、「生誕100年 前川國男建築展」の内覧会。3時の会場と同時に続々と人が集まり、たいへんに盛況だった。
 制作の途中で知り合った理科大や工繊大の学生さんにも会う。大谷幸夫、鬼頭梓、槇文彦、谷口吉生といった大物も来場。ゼミ生諸君、思わず興奮。鈴木博之先生やドコモモ関係の方々とも会い、日土小学校のその後の状況を報告する。そのほか、植田実さんからは当時の紀伊國屋について「この書架にはこんな本があった」とものすごく細かい話をうかがう。それから、鈴木成文先生や野沢正光さん、模型制作担当関係では高橋晶子さんや内田祥士さん、雑誌関係は平良敬一さん、その部下で花田研出身の波多野章子さん、新建築の橋本純さん、あ、もちろん宮内嘉久さんもいらっしゃっていた。先日書いた「ディテール」誌の鷹村さんからはその感想も一緒にもらう。なんとか好評らしい。・・・などなど、いろんな人に会えて楽しかった。

 各大学で作った模型はどれもものすごい出来映えです。うちのゼミ生にも会うなり「どう?勝ってた?」ときいてみたら、いやあの大学のはすごかったとか、あの模型にはまいったとかいう返事。もちろん心の中ではぜんぜん負けてないと思っているに違いないが、どの模型にも、そういうたたえ合いたくなるような達成感が漂っていたわけですね。

 内覧会終了後、調整役で一番たいへんだったはずの松隈洋君や前川事務所の方々をはじめとする裏方部隊と打ち上げ。芸工大の学生諸君も参加。いろんな方々といろんな話をし、いい経験をしたに違いない。他大学の学生同士の打ち上げが無かったのがちょっと残念。

 展覧会は1時間では足りないほどの充実ぶり。330ページもあるカタログもわずか2500円でお買い得。ぜひ見に行きましょうね。

 
 最初の展示室。前川國男の学生時代の卒計から戦後まもなくの作品までが並んでいる。 その中でも、最初に目につく良い位置をもらった紀伊國屋書店の模型。

 
 植田実さん(左)が、並んでいた本のことなど思い出話を聞かせてくださる。        ゼミ生と記念写真。

2005年-12月21日(水)

 模型が終わった途端、気が抜けたのか、鼻と喉の風邪。
 大学へ行く前に三宮のジュンク堂へ。こんな余裕は久しぶり。
 午後は今年最後の学科会議と教授会。

 今日はゼミの学生諸君は東京へ。青春18切符を利用して早朝5時だか6時だかの電車で出発したはず・・・と思っていたら、夕刻、隊長のK君から電話。前川展準備中のステーションギャラリーからで、東京に着き思い立ってみんなで模型の様子を見に来たのだそうだ。無事到着しているとのことでひと安心。明日が内覧会で、僕も上京します。

2005年-12月20日(火) 模型の旅立ち

 午前9時。今日こそ模型搬出。トラックはけっきょく神戸に午前3時頃着いたそうだ。一昨日の18時に東京を出発した長旅。
 ゼミ生や課題で
泊まり込んでいた3年生に手伝ってもらって積み込み。あ〜〜〜〜、ついに終わった。

 午前中はゼミ生の卒業制作の相談にのる。午後は3年生のエスキース。提出直前なので、暇。ほんとに久しぶりにのんびりした夕方。20時すぎに大学を出る。ものすごく早く帰った感じがする。これを書いているいま、まだ今日のうちなのだから!
 

2005年-12月19日(月)

 10時30分に模型搬出、のはずがトラックが来ない。名古屋から滋賀のあたりの大雪の影響で高速道路が麻痺。新幹線で来た運送屋さんの別の担当者から「あと2時間で」「あと3時間で」という情報がはいる。午後は非常勤校で臨時のエスキースがありそちらへ。隊長・K君が対応してくれていたが、結局、今日は無理という結論が19時頃に出る。20時すぎまでエスキース。学生諸君、とても熱心。担当外のグループの人まで来る。僕みたいなの、きっと珍しいんだろうな。帰り、岡本のバス停で冷え切る。

 日土小学校の保存に関し、いささか悲観的なメールが地元から届く。新聞報道は好意的なものが多いだけに、ややショック。
 いや、諦めてはいけません。理性的な市民の存在を信じよう。問題は、潜在しているはずのそういう人たちをどう掘り起こし連帯するかだ。

 新たな新聞報道が地元から届く。八幡浜新聞12月20日。鈴木博之先生の講演内容のまとめです。

2005年-12月18日(日)

 後期の推薦入試。

 夜は紀伊國屋書店の模型を内観を中心に撮影。深夜0時すぎまで。

 

 

2005年-12月17日(土)

 九州大学へ。恒例になった1年生向けの模型づくり授業の前半の講評会。なかなか元気がいい学生さん多し。最終新幹線で帰る。広島のあたりが大雪。

2005年-12月16日(金)

 卒業制作中間発表会。具体的な敷地が決まっているがそこで何をやるのかというテーマが見えないという発表多し。順序が逆。解かれるべき問題があり、それへの解答のイメージもあり、そして、それらに相応しい敷地を選ぶというふうにしてほしい、という話をする。

 終了後、ラボで打ち上げ。ゼミ生と模型を手伝ってくれた何人かと。深夜まで。帰ってから日土小保存関係の文章づくり。久しぶりの徹夜。

2005年-12月15日(木)

 紀伊國屋書店の模型の内覧会。在校生や先生方に見てもらう。好評。
 3年生のエスキース。残り1週間。何人かは建築的議論を楽しめた課題になったに違いない。
 たまっていた学科の仕事。

 八幡浜シンポについて、地元からさらに新聞記事が送られてきた。歓迎すべき論調のように読め、ひと安心。

 ・八幡浜新聞  12月14日
 ・南海日日新聞 12月15日

2005年-12月14日(水)

 某自治体の委員会。
 『CONFORT』に八幡浜シンポの短いレポートを書く。校正中という最後の時期にも拘わらずスペースが空いたからと連絡がはいる。感謝感激。
 たまっていた学科の仕事。

2005年-12月13日(火)

 シンポジウム「八幡浜の文化資産を考える 日土小学校の再生を目指して」、12月10日に無事終了!
 
 予想をはるかにこえる200名ほどの参加者があり、大成功でした。詳しくは追って書きたいと思いますが、取り急ぎ、地元から届いたいくつかの新聞記事を紹介します。

 ・愛媛新聞 12月11日
 ・愛媛新聞 12月14日
 ・読売新聞 12月11日


2005年-12月12日(月)

 東京へ。ある辞書の出版打ち合わせ。

2005年-12月9日(金)〜11(日)

 9日、非常勤の仕事を終えて新幹線に飛び乗り、八幡浜へ。10日、シンポ大成功、11日、さらに奇襲作戦にも成功。夕刻、神戸へ。

2005年-12月8日(木)

 紀伊國屋書店の模型、ついに完成!
 
 やっとできあがりました。
 今日は午前中に久しぶりのゼミ。卒業制作について。
 そのあと、ゼミ生の諸君で最終仕上げ。僕は3年生のエスキース。

 で、夜、ついに完成。21時頃からさっそく撮影作業に移る。搬出まで時間の余裕ができたので、今夜は外観のみで終了。全員で簡単な打ち上げ。24時。

 素晴らしい模型です。学生諸君の健闘に対して心からお礼を言いたいと思います。
 
 
 
 
 
 

2005年-12月7日(水)

 学科会議、その他。

 最終の細かい調整があり、模型完成は明日に持ち越し。
 展覧会事務局から模型搬出が、19
日10時30分との連絡が来る。
 ゼミ生に伝え、最終ミーティング。

2005年-12月6日(火)

 冷え込んだまま。

 他大学からの大学院希望者の方と面談。午後は3年生のエスキース。会議の資料づくり。

 前川模型、細部の調整が残り、完成は明日夕刻に。夜、撮影の予定。いよいよだ。

 最近は滅多にテレビを見ないのですが、深夜たまたま映っていた「NHKスペシャル「脳梗塞(こうそく)からの“再生”〜免疫学者・多田富雄の闘い」に見入ってしまった。

 正面の看板もついた。全長3m。大きい!
 後ろ側。この屋根の取り付け方が宿題。
 吹き抜け部分のトラスは、ごそっとはずせます。

2005年-12月5日(月)

 大学へ。
 AO入試関係のお仕事。
 あとは模型と日土シンポ関係のこと。
 今日はゼミ生が戻ってきた。昨日の建築学会近畿支部の都市計画部会での発表会は大成功で、芸工大は賞をもらったとか。エライ!

 おかげで模型づくりも盛り上がる。
 すごい精度。
 いよいよ明日完成かも。

 アプローチの部分の壁を立てる。一部は、撮影用に取り外せる。
 この上にトラスがかかる(取り外し可)。

2005年-12月4日(日)

 日曜日、ですが、大学。 模型づくり。隊長の神田君、他ゼミのK君、2年生のK君が来てくれる。花田ゼミの主要メンバーは、今日は建築学会近畿支部の都市計画部会での発表会。御前浜や湊川での活動を、川北研の諸君と発表する。学生がまちづくりにどう関わっているかというテーマの会。いやはや、学生さんも忙しい。

 昨夜と今日は、僕も少し作らせてもらう。

 日土シンポのメール飛び交う。

2005年-12月3日(土)

 センター入試の試験監督の講習会で近所の流通科学大へ。今年度から始まる英語のリスニング用だ。とんでもなくややこしい。いろんなトラブルを想定したマニュアルは法律書のようだ。誰がリスニングのテストをやるなんて決めたんだ、いったい。

 終了後、大学へ。紀伊國屋の模型づくり。あと一息だ。
 この写真で、大きさ、実感していただけると思います。隊長の神田君といろいろと建築話をしながらの作業はおもしろい。よくまあこんなもの作ったなあ、と学生諸君自身も感じてくれているのではないだろうか。そう思ってくれるなら、無理なことを頼んだこちらも救われるというものだ。

 
 
 
 1階の店舗にはさらにテーブルなどの家具が並びます。屋根は吹き抜け以外の部分のみに架け、吹き抜け上部はトラスだけを並べて内部が覗き込めるようにします。

2005年-12月2日(金)

 非常勤校でエスキース。学生諸君にいろいろ茶々を入れるのは本当に楽しい。一人一人、トレペを広げ、その上にスケッチや図を書き、ときに建築や建築家、そして本の名前なんかを書いていく。黒板代わり。さいごにびりっと破って学生に渡す。最後の頃には肩が張ってくる。出席率の高さは芸工大とは比べものにならない。この差はなんだ。専用製図室がないことが、逆に学生の出席率を上げているような気がする。「授業」という意識が強いんでしょうね。その時間中は「授業」なんだから、その教室に行き、そこに居る。芸工大は製図室に学生が自分の場所を持ち、僕らはそこへエスキースに行く。学生にしてみれば、自分の家で勝手に商売を始められたとでもいう感覚があるのかもしれない。何か考え直すべきかもしれないと思ったり。自分の大学以外を見ることは重要だな。

 今日も、日土シンポのメールが飛び交う。


 本日の朝日新聞・夕刊の文化欄に、シンポのお知らせ記事が載った!
 

2005年-12月1日(木)

 もう12月。

 3年生の課題のうち、担当している建築のデザインを主にやるコースのみで2回目の中間講評会。学生間の進捗状況の差が歴然としてきた。
 ただ、建築好きの学生はよく食いついてきている。そういう学生との議論の中身は、昨年よりずっと理論的であり得ている。
 成果と問題点。

 相変わらず、日土小シンポ関連のメールが飛び交う。