Logbook:Yoshiaki Hanada
2005年10月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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2005年-10月26日(水)

 久しぶりに授業も会議もない一日。本当に久しぶり。

■ 研究室にこもって自分の仕事。といっても、さぼっていた某学会論文2編の査読だ。昨日が締切。内容そのものより論理の流れにひっかかってしまい、コメント書きに時間をくう。正直言うと、だいぶ前にちょっと読んでそんな感じだったのでご無沙汰してしまっていたのだ。
■ そのあとは「ディテール」論のエスキース。
■ さらに前川模型作業チームの盛り上げ、夕方には駅前のダイエーへ模型チーム用の弁当の買い出し。
■ 4年生は卒論提出(締切:11/4)まであと1週間。ダイエーで夜食の買い出しに来た4年生に会う。
■ 明日は推薦入試の応募締切。入試委員としては毎日の速報に一喜一憂。
■ 日土小のシンポ準備、少し前進。

2005年-10月25日(火)

 忙しい。

●20日(木):3年生の実習。非常勤の3人の方々にレクチャーをしてもらう。ランドスケープなど違う分野の話を聞くと、プレゼのやり方も含めて僕も勉強になる。
●21日(金):非常勤先で中間講評会。遅くまで。
●22日(土):非常勤先の学生の希望で、「岡本のb」の見学会。
23日(日):大学で同僚氏と科研費の申請書づくり。遅くまで。
●24日(月):大学へ。新長田プロジェクトの学生との打ち合わせ。学生との仕事はむずかしい。そのあと科研費の書類作成の続き。夕方、なんとか事務局へ提出。

 本日は3年生のエスキースと五十嵐太郎氏のトークセッション。結婚式のためだけに作られた似非教会とキリンプラザの展覧会の紹介。なんだか ニュース
番組でも観たような印象。「紹介」はあっても「意見」がない・・。

 ・・・と書いただけでは自分でもどうしてこんなに忙しいんだろうと思ってしまうが、これに学科の雑事と相変わらずの入試広報関係のお仕事が加わっている。

■ あせっているのが前川展用の模型づくり。4年生が卒論の締切目前で、模型からすっかり縁遠くなっている。慌てて昨日から自ら学生集めに奔走し檄をとばした、と言うとかっこいいが、要するに、学生諸君にたすけて〜〜とお願いをする。2年生の精鋭がサポートしてくれ始めた。感謝。日土小学校、海のギャラリーときて3回目の模型づくり経験だが、学年によってもキャラが違うし、学生との仕事はなかなか難しい。
■ OZONEの雑誌『perspective』用の短い原稿のゲラ確認。
■ 「ディテール」についての宿題原稿のアイディアを探っている。
■ 日土小学校の保存運動についても少しずつ動きがでてきた。この冬、地元でシンポジウムを開くことになりそうです。

2005年-10月19日(水) 日土小についての新聞記事

 午前中、新長田プロジェクト、学生との打ち合わせ。午後は、学科会議、教授会、別の会議、で、夜の8時過ぎ。

 このところ、日土小学校に関し、いろんな情報交換が続いている。1回目の地元での委員会の結果は?、その後の予定は?、どんな援護射撃をしていくか、具体的な保存・改修案作りはどうするか、学会・JIA・DOCOMOMOへの応援依頼、等々。
 いつの間にか保存か建て替えかという構図ができている。そんな二項対立こそが乗り越えられるべき課題なのに。それから、大いに気になるのが、仮に「二項」があるとしたときのもう「一項」
、すなわち建て替え派の顔が見えないこと。結局、地元の狭い世界の話になっている。そことつながる回路が、まだない。課題多し。

 松山から、本日(10月19日)付けの愛媛新聞の記事がファックスされてきた。「デスクノート」という欄の「日土小学校再生計画」というコラムだ。八幡浜支社編集部長の署名入り。検討委員会の発足を伝え、日土の歴史的評価を紹介した上で安全面・機能面等の問題点を指摘するというごく一般的な内容だが、いくつかの表現は扇情的とも言え、たいへんに気になった。
 「校舎問題はヤマ場を迎えつつある」とあるが、そうなのか?今後のスケジュールが決まっているのか?むしろこういう表現こそが結論を急がせるのではないのか?
 「これでは不審者対策は心もとない」「耐震補強も必要だ」といった指摘はすべて保存・改修計画で対応可能であるのに、これでは建て替えないと得られないことのような印象を与えるのではないか?
 「一方で児童の保護者らからは安全で時代に合った使い勝手の良い建て替えを求める声も説得力を持って聞かれる」。「説得力を持って」とはどういう意味か?記者にそんな判断ができるのか?なぜ「建て替えを求める声も聞かれる」とだけ書かないのか?「安全で時代に合った使い勝手の良さ」とは何かということこそ記者は考えるべきではないのか?
 特に、見出しに大きな活字で書かれた「児童ら納得する議論を」には呆れた。こういう情緒的な言葉こそが議論を曖昧にするということを、言葉のプロであるはずの新聞記者がどうしてわからないのか。わかってやっているとしたら、情報操作だ。「児童が納得する」って一体どういうこと?どの児童?いつの児童?何人?納得って?どうやって確かめるの?などと揚げ足取りのようなことしかできないではないか。何も生産的な議論を生まない。しかしおそらく、一定数の大衆心理には確実に訴えかける力をもっている。「そうだなあ、子供のこと考えると新品の建物がいいよなあ。それが子供のためだよなあ。あんな古い校舎で勉強しろなんてひどい話だよなあ」というわけだ。
 「児童らが納得」したことがわかるような超能力があるのなら、逆に、あの文化遺産を壊すことを「児童ら」が望んでいないかもしれないこと、あるいは、そんなことをする大人を批判しているかもしれないこと(いずれ建築学科に進み保存論の現在を学び自分の親があれを壊したんだと悲しむ子だっているかもしれない)、といった可能性も考えないのだろうか。そういった想像力の欠如、あるいはその意図的な隠蔽のみが目立っている。
 コラムの最後に、「良質な建築は人々の良質なコミュニケーションをはぐくむと言われる」とある。これ、たぶん、松山でのイームズ展のときに僕が喋った言葉だ。そう、そのとおり。そのとおりなのだ。だからこそ、スクラップアンドビルドといったコミュニケーション不在の単純な結論を避けようとしているのだ。ところがこの記者はそのあとに「学校の主役である児童や先生が納得できる結論を導くため、冷静な議論が望まれる」と紋切り型の言葉を続け終わっている。くどいけど、「学校の主役である児童や先生が納得できる結論」って何?「納得したこと」をどうやって確かめるの?建築の評価ってそんなことなの?
 建築を介したコミュニケーションとは、そんな貧しいものであるはずがない。

 このまま愛媛新聞に投書しようかな。

2005年-10月18日(火)

 3年生の実習。前回の必要図面未提出者を集め、いささかきつく苦言(をしたつもり)。アカハラなんていうなよ。

2005年-10月17日(月)

 大学祭の後片づけ日で全学休講。
 おかげでやっと時間ができ、今年の「夏の建築学校 in 八幡浜」をまとめた報告書用の「まえがき」を書き終わる。松山に送信。この冊子も保存運動の一助としたい。

2005年-10月16日(日)

 快晴。よかった。大学祭2日目。
 AO入試の合格者に対するウオーミングアッププログラム、進学相談会、父母懇談会、高校生ケータイフォトコンテストの表彰式と催しが重なっている。最初と最後のが私の仕事で大忙し。一段落して屋台を回る。AO入試の合格者には、あなたの理想の家を考えてという課題を出し、A3・1枚にまとめてもらったのですが、これがなかなかの力作揃い。これからが楽しみだ。

 大学祭は例年以上に賑やか。暗くなってからは中庭でファッションショーが開催された。



 来年度からスタートする先端芸術学部・メディア表現学科教授に就任予定の安彦良和先生(ガンダムをつくったひとですね)が、一足先に学生とアニメ作品を制作し、それも上映された。ただし、僕は見に行く時間がなく、とても残念。
 安彦先生といえば、『アニメージュ』という雑誌の連載(「つれづれなるままひぐらしアニメ机に向かひて……」)の最新号(11月号)で、先日おこなわれたAO入試の面談の様子を書いておられる。入試課で教えてもらってさっそく読んだが、これが実に実に素晴らしい文章だった。
 教師になること、受験生を選抜すること、教育の中での学生との関係などについての苦悩が実にいい文章で書いてある。僕はアニメとかいった分野には全く無知なのだが、安彦良和という方の優しい人間性がにじみ出た文章で感激した。
 
もちろんイラストも添えられている。大塚英志、安彦良和、しりあがり寿の3人が面接官で、その前で受験生が大汗をかいている。イラストの下には「ごめんな受験生諸君・・・コワかったろ・・・」(このメンバーならさぞかし怖かっただろうなあ、笑)、文中には上記の学生作品のアニメを紹介したあと、「おいで。観においで」。こういう語り口、とってもいいなあ。
 1ページに文章と絵がつまっていて、このまま拡大してポスターにさせてもらったらどうだろうかと事務局に提案した。ここに貼るのはまずいかな。ええい、イラストだけ貼ってしまえ(それが一番まずいか・・)。文章は本屋さんでぜひ読んでください。ほんとに素晴らしい文章ですから!



 あ、それから、京都工芸繊維大の中川理さんが、9月27日の読売新聞東京本社版のコラム「建築季評」で『植田実の編集現場』を取り上げてくれました。宮内嘉久さんの『前川國男 賊軍の将』と組み合わせで、建築ジャーナリズムについて考えるという構成。こちらの意図を汲んでいただいた内容で嬉しかった。大阪版にも載ったらしいのですが、日付は未確認。

2005年-10月15日(土)

 大学祭初日、なのに雨。

2005年-10月14日(金)

 関西大学での非常勤。今日は各自の案のエスキース。1時から7時過ぎまで。いつものことがだ、芸工大の学生との比較が楽しい。

2005年-10月13日(木)

 3年生の実習課題、テーマ発表会。敷地観察から見出されるテーマ以外に、建築なら建築の現在的なデザインテーマにももっと敏感であってほしい・・と講評では言ったりしたわけだが、さてデザインの現在的なテーマって一体何だろうね。お前にそんなことわかっているのか・・と学生に問いつめてほしいな・・といいながら本当に問いつめられたらどうしよう。

2005年-10月12日(水)

 午前中、西宮市で御前浜について行政を交えての打ち合わせ。午後、新長田プロジェクトの打ち合わせ。夕方は大阪で所用。行ったり来たりの一日。

2005年-10月11日(火)

 3年生のエスキース。大学祭の準備のためか出席率悪し。

2005年-10月10日(月)

 京都会館でおこなわれたシンポジウム「前川國男と京都会館」へ。裏方から屋上まではいれる見学会もあり有意義な一日。芸工大の学生も、模型チームをはじめ何人も来ていた。京都工繊チームによる京都会館模型はいち早く完成しロビーに展示してある。むむむ、うちは大丈夫なのか。


正面は道路から大きく後退して建ててある。非常にいい都市的なスケールだ。


屋上がとても広々としていて面白い。高いところから見下ろすのとはひと味違う水平に見通す景観が楽しめる。

2005年-10月9日(日)

 新宿OZONEの会員向け雑誌『perspectives』連載の3回目の原稿、送る。2か月に1回なのだがあっという間に順番が来る。今回は弘前の前川建築のこと。

2005年-10月8日(土)

 兵庫県立美術館シルクロード展へ。「美術の中のかたち−手で見る造形」展の杉浦隆夫による発泡スチロールのプールみたいなのにもはいってみたけど、期待したほど特別な感じはしなかったなあ。

2005年-10月7日(金)

 関西大学での非常勤。住宅の課題で、まずは敷地分析と敷地模型の発表。

2005年-10月6日(木)

 3年生の実習は各自で敷地見学。
 午後、前川展の模型打ち合わせ。集まって暮れた2年生有志と具体的な分担の確認。間に合うんだろうか・・。
 その後、花田研卒業生のM君と、同じ事務所にこの春はいった川北研B君が来学。
 夕方、学内の共同プロジェクトの打ち合わせ。
 青森県美の内覧会で会った
某建築雑誌編集長から電話。ある特集記事への原稿を依頼される。これまで書いたことのないテーマ。どうなることか。さらに青森県美の同誌での紹介の仕方について私見を述べる。「インスパイアされました」と言っていただくが、さて。

2005年-10月5日(水)

 会議漬けの一日。

2005年-10月4日(火)

 3年生の設計課題の説明会。昨年度までとはやり方を変えて、建築単体のデザインに集中するコースと、より広域のデザインに集中するコースに初めから分けることにした。どんな結果になるか、楽しみ。夕方から長い会議。

2005年-10月3日(月)

 東京へ日帰り。ある本の出版についての編集会議1回目。
 
 夕刻からの会議の前に、「D-秋葉原テンポラリー」テンポラリーへ。廃校になった旧千代田練成中学校の校舎を、一時的なミュージアムに甦らせたもの。「
ジャン・プルーヴェ展」「スモール&ビューティフル:スイス・デザインの現在展」「9坪ハウス展/ 子どもと暮らす9坪ハウス 」の3つがおこなわれていた。詳しくはホームページを見てください。来年の春完成するビルの中に、慶応大学SFCと秋葉原の再開発協議会が共同してつくるデザインミュージアムのためのプレイベントのようだ。古い建物の再利用としてとても興味深い事例。ただ、もう少し現状の改変度を上げてもよかったのではないかと思った。で、新しいビルになんか移らずに、ここにずっと留まる、と。



 その後、南洋堂書店へ。ここで働く花田研卒業生の新宮君の様子の偵察。店長の荒田さんにも御挨拶。南洋堂屋上の改修計画があるとのことで、新宮君が屋上に上げてくれて説明を受ける。ビルの谷間で新鮮な風景。隣のビルの外壁が目の前にあり、そこへ映像を映してはどうかと提案した。


2005年-10月2日(日)

 前川展カタログの原稿、やっと終わった。松隈君へ送信。短い原稿なのに全く考えがまとまらず遅れに遅れてしまった。

 10月になった。僕としては珍しく動き回った夏だった。

 日土小学校についてですが、いよいよ八幡浜市が「日土小学校再生検討委員会」をスタートさせ、9月30日ににその初会合があった。委員は14人。建築の専門家は愛媛大学の曲田先生がひとりだけ。まして外部の人間ははいっていない。もちろん僕も。これから4回ほどの委員会で何らかの結論を出すとのことで、これはとても危険な状況です。いくつかの新聞で記事になったようですが、地元の八幡浜新聞の画像が届いたので掲載しておきます。ここをクリックしてください

2005年-10月1日(土)

 家で前川展カタログの原稿、その他。
 
 『室内』10月号のニュースレター欄に、「夏の建築学校 in 八幡浜」の簡単な報告を書きました。
 『室内』9月号では、藤森先生による木造校舎の紹介記事の中に、日土小学校の写真を提供しました(71ページ)。日土小学校は「いまの日本の小学校が、手本にすべき木造校舎」という藤森先生の言葉が紹介されています。