Logbook:Yoshiaki Hanada
2005年7月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
御意見、御感想等ありましたらこちらまで。研究室TOPはこちら

2005年-7月27日(水)

 夏休み前のあれやこれや。

 昨日は3年生の設計課題(集合住宅)の最終講評会。
 僕は夕方から某女子大でミニ講義。最近の岡本の住宅その他の紹介、芸工大の学生との活動紹介など。いわゆる住居系の学科の諸君ですが、「建築」や「設計」に関心の深い人が集まっていて(というか、その大学の友人の教員がそういう諸君を集めハッパをかけようと企画した会です・・)、とても楽しかった。外部の人間による刺激の注入が有効であり必要であるのはいずこも同じだ。

 今日は2年生の設計課題(ランドスケープ)の最終講評会。
 その合間に、芸工大を訪ねてきてくれた高校生の案内。関東の県の生徒さんですが、夏休みを利用して一人でいくつかの大学を下見する大旅行をしている。自分が高校生の頃はもちろん、数年前にすら考えられなかったことではないだろうか。明らかに、大学が選ばれる時代になっている。今朝の新聞記事によれば私立大学の3割が定員割れをおこしている。

 夜はラボ棟の横のバーベキューコーナー(コンクリートのテストピースを積んで学生がつくったもの)で小玉研の打ち上げがおこなわれていて、他の研究室の学生も合流。僕も参加。いよいよ夏休みなんだという感じですが、今年はそんな気分でも状況でもない。日土小学校のこと、御前浜の映像イベントの準備と本番、前川展の模型(あ、カタログの原稿もあった・・)、入試関連の仕事などで8月のスケジュール表が埋まっている。

 岡本の住宅、今月の『新建築 住宅特集』8月号に掲載されています。名前は、断面の特徴を考慮して「岡本のb」としました。

2005年-7月25日(月)

 夏休み前のあれやこれや、夏休み中のためのあれやこれやでひどく忙しい。

 今年の夏休みには三つ大きな仕事がある。
  (1)2005夏ミーティング「夏の建築学校in八幡浜」:8月6・7日
  (2)御前浜での映像上映イベント「浜辺の幻燈会」:8月20日
  (3)前川圀男展のための模型づくり

(1)の詳細は研究室の掲示板、あるいは木霊の学校 日土会のホームページを見てください。昨年おこなった「夏の建築学校 in 日土」の今年度版です。「in 日土」ではなく「in 八幡浜」となっているところが問題で、会場を日土小学校にすることができず、見学も現在交渉中です。つまり、日土小学校を巡る情勢は決して楽観的にはいられない状況でして、ぜひ多くの方のご参加を期待しています。会場は八幡浜市内にある松村正恒さんが設計した中津川公民館。これも面白い建物です。

(2)については、このポスターをご覧下さい。実験の様子をときどき報告してきました。現在、映像コンテンツや映写スクリーン作成中。乞うご期待。

(3)は、いくつかの大学で分担している模型制作作業です。僕のところは「旧紀伊國屋書店」。模型の素材を木に統一するという方針があり、た〜いへんです。今日も学生と近くのホームセンターへ行き、材料や模型のディテールを相談。できるんか、ほんとに。

 21日は、久しぶりに、以前山隈君と設計した「テツノマチヤ
へ。
 22日は、大阪建築士会の取材仕事で、和歌山市の「和歌浦アートキューブ」へ。とても良かった。詳しくはいずれ出る『HIROBA』に書きますが、共通ロビーのない分棟型の構成がこんなに魅力的な空間になるとは!想像をはるかに超えていた。ゼミ生も一緒。現地では花田研卒業生であり林雅子展の「海のギャラリー」の模型制作を切り盛りしてくれた東端君も登場。現在は和歌山で働いている。相変わらず賑やかでゼミ生と楽しく交歓。
 23・24日は、今年の建築学会大会のある協議会資料集のための原稿書き。苦手な分野なのでしんどかった。
 24日は、あるギャラリーで「東灘会」と称する会の第1回目。いやあ、いろんなひとが住んでいるなあ。

 「花研ゼミ日誌」と「メイのアメリカ日記
」はちょくちょく更新しているのでお見逃しなく。

2005年-7月19日(月)

 今夜は暑い。空気がぴくりとも動かない。わが家は山の上だからこれでも下界よりはましなのだろう。昨夜は肌寒いくらいだったのに。

 あれやこれやの1週間。

●13日(水):2年生向け講義の最終回。夕方から御前浜での映像上映会に向けての打ち合わせ。
●14日(木):午後1時から卒論の中間発表会。今年の4年生は多いこともあり、予定を大幅に超えて8時頃までかかった。おおこれは!というのがまだ少ない。非常に基本的な論理的誤謬も相変わらず多い。そのあとゼミ生と打ち上げに。中間発表で打ち上げもないが、ともかく夜中まで郊外のお店で騒ぐ。けっこう楽しかった。
●15日(金):前川國男展用の模型制作に参加者を募るための説明会。下級生が随分来てくれた。さてどんなことになることやら。ちなみに花田研では、旧・紀伊國屋書店をつくります。夕方、院生と修論について。
●16日(土):東京へ。夕方から松村秀一君の建築学会賞(論文部門)受賞の祝賀会。会場は神田の学士会館。大きなホールが満員で大盛況。松村君は建築学科の同級生で、青木淳君や阪大の鈴木毅君をはじめ、同級生も10名ほど集まった。さながら同窓会で二次会へ。
●17日(日):お茶の水に泊まっていたが、日曜日は古本屋もほとんど閉まっていて行くとこがない。しかもとんでもない暑さ。昼過ぎに退散。新幹線に逃げ込む。
●18日(月):海の日で休み。網戸洗い、庭の草引き、芝生刈り、蝉採り。へとへと。

 今日は9時から学内の某委員会。その他学生対応。試験期間にはいり、学内が静か。
 短いけど悩ましい原稿をかりかり。

 先週、青木君から『G』が届いた。封筒がやけに厚くてごわごわしていると思ったら、「G」という文字と立面を印刷した布製の手提げ袋付きだった。作品集のときと同じように、「本」としてのつくりがとても面白い。中に航空写真のページがあって、どこかに「G」の敷地が写っているらしいが見つからない。むしろ、こうやって上空から都心の密集した住宅地を眺めると、「G」の特徴である角形のトップライトと同じサッシュがやたら目立つことに気づかざるを得ない。いやむしろ話は逆で、都会に溢れている既製の黒いトップライト用サッシュが屋根面からとび出た光景を、青木は「G」のデザインに巧みに取り込んだように思われる。しかもそれを屋根と壁の区別を感じさせなくする使い方で。外壁と塀のペンキの質感もノスタルジックで、つまり「G」は、実はかなり文脈的に計算され尽くした建物なのだと痛感する。表参道のルイ・ヴィトンと同じだな。僕はこれまで青木君の設計した住宅はもうひとつ理解できなかったが、「G」はとてもよくわかる。


 今年も夏の建築学校を八幡浜でやります。詳細は掲示板に書きました。興味ある方、ぜひご参加下さい。

2005年-7月11日(月)

 御前浜での映像上映イベントについて、行政の某セクションへ相談に行く。「現代美術として面白そうですね」と実に好意的な反応で嬉しくなった。

 大学へ。鈴木成文先生の『文文日記日々是好日III 2004.4-2005.3』が届いていた。ほとんどウェブ上で読んだことがあるはずなのに、こうやって1年分がまとまると、あらためてその旺盛な好奇心と驚異的な行動力に圧倒されます。

 例によって出たばかりですが、面白そうなちくま新書3冊。『帰ってきたもてない男』(小谷野敦)、『哲学思考トレーニング』(伊勢田哲治)、『八月十五日の神話-終戦記念日のメディア学』(佐藤卓己)。あと、これも出たばかりの『小説の自由』(保坂和志)。こんなふうな建築論エッセイを書いてみたいという気分。
 三宮のジュンク堂のレジで、ジュンク堂のPR誌『書標』7月号をもらって帰り開いてみると、トークセッションのレポートページに、6月11日の池袋本店での植田さんとのトークが」紹介されていた。写真が5月26日の別のトークセッションのとこに間違ってはいっていて残念。本文はここで読めます

 先週から無料アクセス解析をつけたことは以前書いたとおりですが、アクセス数はだいたい1日に140くらいです。けっこう多いので驚きました。
 

2005年-7月10日(日)

 昨夜の疲れか12時過ぎまで寝てしまう。ま、仕方ない。

 『CONFORT』8月号で、『植田実の編集現場』の書評を青木淳君が書いてくれました。これまで出たいくつか書評は、(当然というか、残念というか)植田さんやその業績について書いたものが多く、正直言ってほんとに読んだのかな、これじゃあ「書」評ではないだろうと思っていたのですが、青木君のは僕の植田論の構成や文体そのものについてきちんと評してくれていてとても嬉しかった。
 ちなみに、偶然ですが、同誌のレビューページに「きのうよりワクワクしてきた。展」(例の民博でのブリ・コラージュ展)評を僕が書いています。

2005年-7月9日(土)

 前川圀男展の打ち合わせで東京へ。四谷の前川事務所に模型担当大学の教員や学生諸君が集合。

 ・・・まではよかったのですが、東京駅19時13分発ののぞみに乗り、自宅に着いたのが10日・日曜日の午前2時15分!静岡県内の大雨の影響で、新幹線が一時ストップするというアクシデントに巻き込まれました。「新富士」駅の手前2kmでストップし、そのうちゆっくりと駅ホームまでは移動し、そこで足止め。新神戸に着いたのが午前1時半でした。ちなみに、僕は新大阪までの切符だったのですがそこで降りても仕方ないので新神戸で下車(広島行きの列車でした)。特急料金の払い戻しを受けたうえで(遅れが2時間以上ゆえ)、大阪〜神戸間の乗車料金(390円)だけ払いました。ま、リーズナブルな対応ですね。遅くなったけどそこまでは運んだ、ということでしょう。新神戸にはタクシーがいっぱい待機してました。おかげで文庫本2冊読めたけどさすがに疲れた。

2005年-7月8日(金) 『建築する人たち アーキテクト・アーティストの素顔』完成!

 午後、阪大の最終講評会。提出作品数が少なく、ゲストを交えてゆっくりといろんな話。建築のデザインとは何をすることか、建築のデザインはどんなふうに論じ得るかといったことを議論する経験になれば幸い。

 そのあと夜は、講評会のゲストに来てもらった吉井歳晴さんと阿倍野区の「ギャラリー 圓津喜屋」へ移動。『建築する人たち アーキテクト・アーティストの素顔』という本の出版祝賀会だ。
 この本は、主に関西で活躍する建築家やアーティストで、現在30代後半から40代の19人へのインタビュー集。かつて建築協会でおこなわれた「30's EYE」という講演会企画を元にして、20代・30代に何をしたかという話を中心に再インタビューをまとめたもの。完成までに紆余曲折があり、「30's」のはずが、多くの人はいつの間にか「40's」(一部「50's」)になってしまった。しかし、内容は具体的であり今の学生や若い人にも参考になるだろうと判断した編集委員会の皆さんの努力で、圓津喜屋さんというギャラリーから出版されたという次第です。オーナーが元・建築系出版社の編集者で、ホームページを見ればわかりますが、これまでにも個性的な本を出してきておられます。
 19人は以下の通り(目次順、敬称略)。私も若い頃の恥ずかしい話をしております。

 長坂大、橋詰伸也、花田佳明、吉井歳晴、堀木エリ子、梅林克、松政貞治、末松利紀、中村勇大、三澤文子、平山洋介、森田昌宏、辻本智子、松本正、松井紫朗、長田直之、大谷弘明、中川理、宮本佳明

 なお、一般の書籍の流通に乗るのが若干遅れるらしいです。つまり、本屋さんに並ぶのは少しあと。しばらくお待ち下さい。

 
『建築する人たち アーキテクト・アーティストの素顔』(圓津喜屋、2005年7月25日)

2005年-7月7日(木)
 ゼミ。卒論中間発表会用の梗概チェック。赤ペン添削。
 夕方、大雨。
 新長田へ移動。震災後のまちづくりに付加的な提案が可能かどうか、というような主旨で川北先生や学生諸君と見学。高層マンションが建ち並ぶ大きな開発がおこなわれている。住居部分は売れ行き好調との説明だったが、空いたまま、シャッターが降りたままのテナントスペースも多い。批判的な言葉を押さえ、少しでも積極的なアイディアを出そうとするにはかなりの努力がいる。

2005年-7月6日(水)
 午前中「建築空間のデザイン」の講義。あと残り1回。
 午後、学科会議その他。
 夕方、大阪へ移動。御前浜での映像上映イベントについて遅くまで打ち合わせ。

2005年-7月5日(火)

 8月末に予定している西宮市御前浜での映像上映イベントについて、学内であれこれと打ち合わせ。その他、ゼミ生の卒論相談など。

2005年-7月4日(月)

 今日も断続的に激しい雨。

 中島らもの『牢屋でやせるダイエット』と『心が雨漏りする日には』が文庫化された(青春文庫)。せつない2冊だ。

 『グロテスクな教養』(高田理恵子、ちくま新書)。前著の『文学部をめぐる病い-教養主義・ナチス・旧制高校』はこの日記でも紹介した覚えがある。とっても面白い。肩の力が少し抜ける、といえばよいか。群れることのいやったらしさ批判、ですね、これは。そう、ひとりでやればいいんだ、ひとりで。

 研究室のホームページのトップに無料のアクセス解析なるものをつけてみました。こういうこと全く苦手なのですが、最後、現在のホームページ制作者である青森の村山君に教えてもらってなんとかとりつけられました。無料の装置ですからたいしたことはできません。村山君も「僕のブログは設定なしにピピッとすれば見れるシステムになっていますので」と書いてきたくらいですから、きっとみんな普通にやっていることなんでしょう。大学のサーバーのなんとかこうとかの関係でカウンターがつけられないので(と、歴代の花田研ホームページ管理者の院生が言っていた・・)、アクセス数がどのくらいあるのか、初めてその真実が明らかになります。この日記のページに直接リンクを張っている人の分はカウントされないのか・・、と今気づいたけど、ま、いいか。

 はっと気がつくと、「花研ゼミ日誌」と「画像の貼れる掲示板」にも書き込みがある。学生諸君、どんどん書き込んでね。

2005年-7月3日(日)
 「パッチギ」再見と井筒和幸監督のトークを聞いてきた。第10回神戸100年映画祭プレイベント「韓流・在日映画特集」の一環だ。井筒監督の話はさすがに面白かった。最初15分くらい司会者と話し、あとは1時間以上会場からの質問に答えるかたちをとった。5つくらい質問が出たかな。上手に話を膨らませて、もちろんたっぷり笑わせてもくれた。質問もどれもよかったなあ。映画ファンのひとって質問が上手い。場所はここ

 断続的に激しい雨。

2005年-7月2日(土)

 久しぶりに予定のない土曜日。途端に何をしたらいいのかわからなくなる。
 何もしないことが大切なんだろうけどついなんかやってしまう、わけでもない。
 けっきょくこういうときほんとうに何もできない。
 で、本屋に行くしかないということになる。

 『思想としての日本近代建築』(八束はじめ)、『ル・コルビュジエのインド』、『奈良美智 From the Depth of My Drawer』、『雑誌記者』(池島信平、中公文庫)、『パルタイ 紅葉狩り』(倉橋由美子、講談社文芸文庫)、『住宅建築』7月号

 八束さんの本は600頁以上の大著。勉強しよう。
 あとがきによれば、これでも元の原稿を4分の3ほどに削ったとある。文献欄がちょっと妙だなと思ったら、その減量作業の影響らしい。もっと詳細な注であったことを八束さんも残念がっている。しかし相変わらずの博覧強記と勉強家ぶり。そしてもちろん強烈な批評性と緻密な論理性。そして、それらの特徴を一身にまとった端正な文体。
 あとがきにある資料収集の苦労話も八束さんらしい。去年から芝浦工大の教授になったとはいえ、在野の研究者という立場を守ってきた彼ならではのエピソード(公立図書館の利用)が記してある。筋が通っている。
 学生諸君、最近の講義で話したのはこの人のことですよ。八束さんが書いたものは全部読むこと。

 『ル・コルビュジエのインド』は、行ったこともないチャンディガールの写真が「懐かしい」。学生の頃、卒業制作でその改造計画をやったからだ。当時はコルビュジエの作品集の写真しか資料がなく、「開かれた手」や「影の塔」が本当にあるのかよくわからないまま模型をつくった。サヴォワ邸の構成をチャンディガールに逆照射するというストーリーで、建築から都市への理論的な変換操作をかっこよく示したかった。三つ子の魂百までというが、自分と建築との関係についてのイメージは、あの頃から何も変わっていないとつくづく思う。
 ちなみに、いっしょに出した青木君の卒計は異なる場所の地図を貼り付け、その境界線で起こる矛盾を調整する建築を挿入するというもの。当時としてはとても自在な造形で、とうぜん「言語派」と思っていた青木君が言葉を超えたこんな「造形」をするんだと意外な気持ちになったことを思い出すが、それも今から思えば三つ子の魂百までだったんだなあ。『近代建築』1980年5月号に2人の作品が載っています。興味ある人は古本を探してみてください。あの頃は、『近代建築』も今みたいな(高額な!笑)卒計特集号を出してはおらず、5月号から毎月1大学で、卒計賞を取ったような作品を夏くらいまでか、何作品かずつ掲載していた。一気に掲載せず小出しにして少しでも学生に売ろうとした、んでしょうね、きっと。春休み頃だったか、青木君と、たしか本郷にあった編集部に行ったり、なんだかよくわからないまま生まれて初めての雑誌原稿を書いたりした。学生に原稿料払われなかったのは今も同じだ。

 『奈良美智 From the Depth of My Drawer』は、我ながら珍しく現代美術もの。現代美術の「わかりやすさ」がだんだん嫌になってきて無?意識的に避ける傾向がどんどん高まっている。この本も、以前初めて奈良の展覧会を大阪のグラフのギャラリーで見て(例の八角堂)、その空間のスケール感や質感が印象的だったから。表紙になっている原ミュージアムの展覧会で作られた「My Drawing Room」もいいですね。坂本一成の初期の住宅のようだ。そういう空間が見たくて買った。自分ちのなかにそういう個室を作ろうかな。不純な動機。

 『雑誌記者』は、戦前『文藝春秋』編集長をつとめ、戦後は文藝春秋新社の社長にもなった池島信平の戦中戦後の回想記。中公文庫の「限定復刊」。

 『パルタイ 紅葉狩り』は、つい先日亡くなった倉橋由美子の初期短編集だ。倉橋は土佐高校の大先輩。倫理・社会の授業中、彼女を教えた先生からその名前を知った。硬質な文体、実験的姿勢がかっこいい。むかし新潮社からでていた小振りの全集を、どういうわけか買いそびれた。大江健三郎、開高健のシリーズもあった、あれです。大学生協には必ず置いてあった、あれです。

 『住宅建築』誌が創刊30周年を記念してウェブを立ち上げている

2005年-7月1日(金) 無事復活

 大学のサーバーの入れ替えが完了したとの連絡が事務局から来る。新しいパスワードが知らされ、無事復活しました。日記等が更新できないと、けっこう寂しかったりいらいらしたりした。すでに自分の生活の一部になっていることを痛感。

 担当課題がないので、ゼミ生からの卒論相談が多かった火・水・木曜日。言葉による掘削力が弱い。
 水曜日は阪大へも行った。今年度、阪大の鈴木毅君たちととった住総研の研究の打ち合わせ。千里ニュータウンについてのアーカイブづくりを考えていきます。
 今日・金曜日は阪大のエスキース。締切まであと1週間。空間とかたち、その背後の言葉、それらをもっといじらなくては。
 たまってきた授業ごとの短いレポートの整理に着手している。例年これが悩ましい。出席チェックのため、というより実際には、出席しなかった学生にも何かを考えてもらいたいと思い毎回課している短いレポートがあっという間にたまるのだ。さっと読んで短いコメントを書いて返そうとすると、これが結構な時間と体力・気力を必要とする。昨日今日で、1年生向けオムニバス授業の2回分を終了。明日からは2年生の授業の分。ふー。

 いずれ詳しい内容を書きますが、今年も「夏の建築学校」をおこないます。日程は8月6日(土)・
7日(日)。会場は日土小学校ではなく、八幡浜市内の松村正恒が設計した別の建築。日土小学校の見学はおこなう予定。興味ある方は、とりあえずスケジュールを空けておいてください。

 『東京人』7月号。「新宿が熱かった頃 1968-72」という特集。この時代を懐かしむ企画、何となく多いなあ。4年生のKANDくん、デモの写真とかあるよ、見てみ。