Logbook:Yoshiaki Hanada
2004年1月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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2004-1月23日(金)

 今月はいろいろあって、なかなか規則的に更新できません。

●19日(月):東京。建築学会の建築博物館・ギャラリーで開かれている「『都市住宅』再読・植田 実の編集現場」展へ。今日が最終日で、盛大なパーティもあった。さすがに植田さんのネットワークは広く、集まったたくさんの人たちの顔を見ているだけでもどきどきするという会。「あ、雑誌で見た顔だ」と、ミーハーに戻る。僕もいろんな人に会えてとっても楽しかった。僕のゼミの卒業生で、GA JAPAN編集部の石坂美樹さんと住宅建築編集部の波多野章子さん、そして、ゼミは違うけど縁の深い、シンポジウムや展覧会の企画をやっている山本喜美恵さんという、芸工大OB・建築ジャーナリズム3人娘も来ていて、すっかり嬉しくなった。

2004-1月17日(土) 阪神大震災から9年が過ぎた

 15、16日は、僕の研究室の次年度のゼミ配属面接日。僕のところを希望する3年生がやってきて面談をする。今年はゼミの決定方法を少し変えて、第1志望先だけを申告するということになったので、第3志望まで書いていた昨年より、やってきた学生の数がだいぶ少ない。廊下の大騒ぎもなくなった。他の教員もそういっていたので、たぶん僕だけ集客力が落ちた、ということではないだろう。
 ゼミ配属の決定方法は悩ましい。大学によってやり方はいろいろでしょうが、僕らの学科では、教員が学生を選べないようにしているというのが特徴的。つまり、学業成績や特定の課題についての評価などで学生を選ぶことをおこなっていない。しかし、希望者全員をすべての研究室で受けいれられるはずはない。定員はある。問題はそれを越えた場合。ここ3、4年は、第1志望で空きがでた研究室を第2・3志望にしていたひとからそちらへ抜けてもらうという方針で調整した。それを、今年は、第1志望だけを書いてもらい、定員をオーバーした研究室の志望者は、その研究室および第1志望で空きのある研究室を受け入れ先として再申告するシステムに変えた。これを繰り返すわけだが、2回目の申告からは、あふれた研究室では抽選をおこない、順次確定するという作業を加えている。いろいろ考えた結果ですが、さあどうなるでしょう。

 15、16日とも、4年生の卒計、修士設計、修論の相談にのる。考え抜いてね、スケジュールよく考えてね、世間の動きも気にしてね。バカを言いながら警備員さんのように巡回してまわるのがこの時期の僕の重要なお仕事。

 本日で阪神大震災から9年が過ぎた。今朝の5時46分だった。今年は、新聞やテレビで、子どもを亡くした親が後を追ってしまった、あるいは追おうとしたという話にとくに目がいった。それほど強烈な体験をしたわけではないが、でも、もし同じ東灘区でも、もっと下町に住んでいたらどうなっていたかわからない。あのとき死なずにすんだ、生き残ったんだという思いは、やはり、ある。

2004-1月14日(水)

 新年早々の思いがけない出来事の余波がまだ続いていて、いやあ40数年も生きているといろんなことあるなあと感慨深い毎日。その間に大学もスタートし、そっちはそっちで忙しくなり・・

●8日(木):芸工大の新年の会。鈴木成文先生から、連続シンポジウム「51Cは呪縛か」のパンフレットをいただく。詳細は、掲示板の山本喜美恵さんの書き込み参照。
●9日(金):非常勤校の最終講評会。大学の寮を設計するという出題で、共同生活というものに今の学生がどんな判断をみせるか楽しみだった。それなりにいくつかのパターンが出そろった感じで面白かった。夜は大阪。来年度ちょっとだけおじゃまする大学の新年会。友人知人多く、また、都市計画畑のK女史とも知り合え収穫大。こういうことがあるから、出不精になっていてはいかんなあと反省する。
●10日(土):九州芸工大へ。講評会2回目。年末に模型をつくった住宅を、今度は絵で描くという課題です。けっこう力作多く、楽しかった。車中で、竹山実の『そうだ!建築をやろう』読了。1934年生まれの竹山の、30歳までの記録。1950年代の早稲田大学、アメリカからヨーロパでの生活などの描写はとても興味深い。
●13日(火):3年生にゼミ配属についてのガイダンス。終了後、さっそく何人かの希望者と面談。

 本日は、学内の某委員会。そのあとゼミ希望者と面談、T君の卒業計画やM君の修士設計にアドバイス。僕は、たたき台があるときには、かなり的確にアイディアを提供できるなあとあらためて思った。そういう出発点からならそっちではなくこっちに進むべきだ、というようなことはよく見通せると自分でも思う。つまり、講評会を先にやっている感じ。こうなってないと講評会で僕ならこう批判するだろうなあというふうに考えが進む。いいことなのか悪いことなのか。

 M1のN君が研究室のホームページの表紙をちょくちょく更新してくれている。今は、東京の建築学会の会館で始まった植田実さんの展覧会のニュース。この催しの情報、あまり出回ってないように思いますのでぜひご注目。19日まで。学会のホームページにもお知らせあり

2004-1月7日(水)

 読者の皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 なんだかんだであっという間に冬休みも終了。ごたごたといろいろあって、宿題は大学関係は何とかこなすも、肝心の「宿題1」の出来高はさっぱり。なかなか難しい原稿です。

 昨日は、小6息子のリクエストで「ラストサムライ」を観てきた。ストーリーはご存知の通り。場内が明るくなると、上気した顔の息子は、握りしめ続けてくしゃくしゃになり、しかも汗で湿ったパンフレット見せてくれました。最後まであきらめずに駆け抜けるんだあ〜〜!単純男子二名、すっかりその気になって映画館を出ました(笑)。帰ってきて文文日記をみたら、鈴木成文先生もこの映画をご覧になったばかりのようで、単純男子二名は、あまりのタイミングの良さに苦笑したことでした。

 今日は、『GA JAPAN 66』と『蜂起には至らず』(小嵐九八郎)。後者は『本』に連載されていたのでときどき読んでいたが、単行本化されていたのを見落としていた。樺美智子から島成郎まで、27人の「新左翼死人列伝」である。