Logbook:Yoshiaki Hanada
2003年1月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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2003-1月31日(金)

 われわれの学科の一般入試A日程。採点等終了後さらに会議。22時。

2003-1月30日(木)

 学科会議。

2003-1月29日(水) ギャラリー「心」

 とんでもなく寒い一日。風が強く、雪もちらほら。芸工大は今日から3日間一般入試A日程。受験生もたいへんだったろうなあ。僕の学科はあさってである。学部生ははいれなくなるので卒計のメンバーもたいへんだ。受験といえば、たしか阪神間や大阪地区の私立中学も今日一斉に入試である。とにかくみんな頑張れ!

 山隈直人君たちがやっている工作隊が、例によってセルフビルドも加えながらつくったギャラリーが完成したとの知らせがあり、大学の帰りに寄ってきた。昨年、山隈君に芸工大でレクチャーをしてもらったときに手伝いを募集していたのだが、予想以上に早かった。手伝おうと思っていた芸工大の学生が、暢気にしていてそのチャンスを逃したほどだ。
 場所はJR住吉駅から線路の南側を少し西にいったところ
ギャラリー「心」(xin=しん)といいます(神戸市東灘区住吉宮町7丁目6-3 営業時間/13時〜20時 定休日:月曜  電話078-843-4108)。長屋の一軒分だけが残っていたのを、ギャラリーと小さな住居部分とにリニューアルしたものです。オーナーは安藤直子さんという若い女性で、工事中のことやら工作隊との出会いやら、いろいろお話ししてくださった。土壁の雰囲気がとてもいい。みなさん、ぜひ見に行きましょう。

 あ、それから、今日の朝日新聞神戸版には、芸工大の学生が始めた画塾の記事がでていました。何か面白い展開があるといいな。

}入口には小さな池。地盤が道路より高いのも効果的。奥の坪庭の向こうに小さな住まい。

2003-1月28日(火)

 建築マニアのH大学S先生、久しぶりに登場。山之内さんらと一緒に学食でお昼。それぞれの大学での授業や入試の情報交換。その後、S先生と建築談義を少し。ちょうど『GA HOUSES』73号が届いたのでそれをネタにあれこれ。中東壽一さんについて書いた僕の短い文章も載っています。
 それにしてもこの特集号の編集意図は何なんだろう。有名建築家たちの、多くは既に発表された住宅といくつかの新作を掲載し、そこに主に建築家による短いコメントをくっつける。全体を貫くテーマがあるわけでもない。当然コメントの語り口も千差万別。掲載された建築家どうしが書き合っているケースまである。うーん、お手軽すぎませんか。
 午後は新ゼミ生、4年生、院生を集め、初顔合わせ。4年生、院生は卒計と修士設計の手伝いがほしいわけで、まあ私が口利きババア役を勤めたという次第です。さて今度はどんな1年になるんでしょう。夕方は2人の修論のチェックのあと、大学院棟へ修士設計の様子を見に行く。まわりが慌ただしいので自分の仕事はさっぱり進まない。
 今日買った本。『アパートメント』『モダニズム/ナショナリズム』『〈戦後〉が若かった頃』『ヒルサイドテラス物語』。どれもとても面白そう。感想はいずれまた。あ、最近読んだ『イギリス式生活術』も結構楽しめました。

2003-1月26日(日)

 昨日の小学校の教室が寒かったのがこたえたのか、ダウン。布団にもぐっておとなしくしていた。おかげで読書は進む。幸い、夜には少し復活。修士設計をやっている院生から新ゼミ生の連絡先の問い合わせ。まだ最初のミーティングをやってないのでこちらもわからず。すでに手伝っている3年生経由でつかまえるよう指示。
 3年生の諸君!大学院棟4階か花田研ゼミ室で、院生や4年生のお兄さんお姉さん方に協力してあげてください!

2003-1月25日(土) 「避難所みたいね」

 3時半。空き教室利用プロジェクトの打ち合わせで小学校へ。いつもの学校開放委員会の教室へはいると、バトミントンクラブの方々が練習を終えてお菓子をつまみながらのミーティング中。教室の床に委員会の方々が持ち寄ったと思われる何枚かのカーペーットが敷き詰められ、皆さんそこに座ってなんともアットホームな雰囲気である。低学年の小学生から地域のおじさんおばさんまで10数名。記念写真のシャッターを押してあげる。
 その後ミーティング。年末に行政側にわれわれの案を見せてからとくに進展はないので、模型を囲んで床に座りあれこれ雑談の花を咲かせました。花林糖やカステラをつまみ番茶をズズズ。なんだか田舎の民宿で炬燵を囲んでいる感じです。「避難所みたいね」と神戸ならではの名言が女性の口からでました。そう、まさにそんな感じです。委員会で購入した食器棚の組み立て作業を手伝って帰宅。6時半。あたりは真っ暗になっていました。地域と生きるハナダです(笑)。
こんな案です。

2003-1月24日(金)

 家で仕事するつもりだったけど、院生Tさんから修論チェックの希望がはいり、午後、大学へ。今日は、家にこもっていた4年生もゼミ室に顔を出していて、そろそろ大学のスタジオ(製図室)やラボ(工房)に作業場所を確保する時期というわけでしょう。けっこうけっこう!大騒ぎをしてほしい。ゼミ生の案や作業の進め方自体にあれやこれや言い続けている。自分が設計している気分になれるとこっちも嬉しい。学生よりいい案を出せるかどうか。自主トレって感じです。聞かなかったことにしたいと学生が思うほどの案が出せれば格好いいが、なかなかそうもいきません。もちろん、教師の案なんか吹っ飛ばすのが学生の使命。 院生Tさんとは夕方5時から延々3時間。論理的な整合性を、言葉と図版の双方にもたすべく、あれこれいじる。骨格はだいぶ明確になってきた。みんな頑張れ!

2003-1月23日(木)

 午前中、あれこれ。午後、卒計やってるゼミ生にアドバイス、2年生の最後の設計課題講評会、ちょっと元気ないぞと檄、終了後ワインパーティー、で夜8時。さらに院生の相談にのって大学での一日が終わる・・。
 卒論は、奨励賞が発表されました。10本くらいだったかな。そのうち、僕のゼミからも「職長H君」の『建築模型論』が入賞。夜、彼から喜びのメール。
 数名まだ調整が必要なひとがいますが、来年度のゼミ配属も決定分が発表された。僕のところは10名。今度は男女比が4:6で例年の状態へ戻りました。しかしかなり個性的な集団と思われ、さてどんなことになっていくやら。
 僕の研究室で修士をとり東京で働くI嬢から嬉しいメール。待望の某建築系出版社編集部への入社決定とのこと。よかったよかった。僕もとても嬉しい。これで卒業生を2人、重要な建築雑誌編集部へ送り込んだぞ。きっと山のように原稿依頼が来ることだろう、ふふふ(笑)。
 近代建築史家・Kさん(というか近代建築オタクの、というとわかるひとはわかる?)から建設通信新聞での連載「小学校建築の近代」のコピーその他が届く。連載記事のひとつで日土小学校を紹介する際に相談を受けた縁。あいかわらず歴史の細部への執念や取材力に圧倒される。2001年12月13日から2002年11月21日付まで21回の連載です。

2003-1月22日(水)

 午前中、Kさんの修論のチェック。午後、学科会議、教授会。夕方から夜、M君の修士設計相談、院棟へ行ってO君の修士設計の様子確認。で、大学での一日が終わる・・。

2003-1月21日(火)

 学年末特有の出来事が次から次へと降って来て慌ただしい毎日。
 3年生のゼミ面接は終了し、本日12時半締め切りで志望ゼミ申告書が提出されたはず。さてどんな結果になったことか。また、3年生は今日、短期設計課題の提出と講評会がおこなわれ、これですべての実習課題が終了した。次はいよいよ4年生の卒論・卒計というわけですね。短期課題はなかなかいい出来で、感心と安心。4年生は卒計。残り2週間と少し。ゼミ室に自宅からパソコン等の機材を持ち込み、泊まり込み体制にはいった連中もいます。就職や大学院の入試B日程を受けるひとのことも気になるなあ。修士2年は修論あるいは修士設計。こちらは残り10日。最後の相談にのっています。こっちも就職のこともいろいろ。月末には一般入試もあるのでその準備。来年度の入試のことももう考え始めないといけないし。

 『新建築 住宅特集』2月号を買って来た。最近実際に見学した2つの住宅が掲載されていたからである。小嶋一浩さんの「ヒムロハウス」と中東壽一さんの「桜木舎」。自分の印象と写真とを比較したかった。しかし、うーん、だいぶ違うなあ。とくに「桜木舎」はぜーんぜん違う。この建築の「長さ」、斜面を生かした断面構成(とくに「アトリエ」の床が土地の傾斜と逆に下がっている効果)、そして何より「寝室 居間3」のエロチックなと言ってもいい濃密さがまったく伝わってこない。「え、こんな部屋、他人が見せてもらっていいの」とドキドキしたあの感じ。それに比べると中東さんの文章はさすがである。「子孫を絶やさないようにすること」を勝手に住み手の「生活」の一部に加えてみたり、「ドンピシャリ」の計画を立ち上げたと書いてみたり。そう、まさにこのふたつのポイントをこの写真はとらえきれていないのである。 もう少ししたら出る『GA HOUSES』にも発表されるはず。僕はそこに中東さんとこの住宅について短い文章を書いたけど、さて写真がどうなっているのか、比較させてもらいましょう。
 「ヒムロハウス」で僕が面白く感じたのは、約2メートル幅の細長いコアの部分。小嶋さんが「黒のスペース」と読んでいる部分だ。この空間のスケール感やさまざまな設えが喚起する生活感が実に良くて、「白のスペース」がなくてもここだけで住宅になると思ったのである。見学した日の日記で「卒計に使えるアイディア」と書いたのは、こういう紐みたいな住宅を並べて街区を構成したら面白いということだった。これまでのシーラカンスの建物で一番良い出来だと思った次第(友人S君も同意見)。そのあたりのことを僕なら写真でもっと伝えようとするな、というのが「違う」点。でもまあこれは「桜木舎」ほどのミスでもない。ただ、「ヒムロハウス」の3・4ページの2枚の写真は理解できない。「白のスペース」を、ほとんど同じ位置から高さだけかえて写した写真が並んでいる。どうしてこんなことをしたのか、ぜんぜん理解できない。

2003-1月17日(金) 8年が過ぎた

 阪神大震災から8年である。世間ではだんだんと忘れられているだろうし、僕自身も他人のことを責められないが、しかし1月17日になるといろいろなことを思い出す。あれから何年と記憶をたどる手がかりのうちで、もっとも鮮明な原点である。
 今日は
子供の通う小学校でも防災訓練がおこなわれた。つい先日、授業参観に行った妻の話。5年生のわが家の子供のクラスです。インターネットを使って情報検索する授業で阪神大震災を題材にしようとした先生が、「1月17日は何の日か」と尋ねても、3分の1くらいしかわからなかったらしい。 そりゃそうかもしれない。5年生の子はまだ幼稚園にも通っていなかったんだから。地震の影響かどうかわからないが、被災後何か月か、うちの子は異常なほどの量の絵をかいていた。被害のなかった六甲山の裏側に買い出しに行くと、必ず何束ものざら半紙を買ったものだ。ああ、あれから8年か。 あのときの恐怖感と緊張感、そして素直な正義感を忘れちゃいけないとあらためて思う。

2003-1月16日(木)

 本日も午後は3年生のゼミ希望者に対する面談です。普段、デザイン実習のエスキスとかでかなり密に接してるつもりでも、やはり研究室で面と向かって話すと、それまでの印象と少し違う面もあったりして面白い。この日記を読んでいる人もいて、リンク先に飛んで行って楽しんでくれてもいる様子。嬉しい。
 僕らの学科の場合、ゼミ生選びには各教員の主観的な判断がはいらないような仕組みを工夫している。 学生には第三志望まで申告してもらう。まずは希望者の第一志望を優先し、ゼミ定員の上限・10名以内であれば無条件に受け入れる。成績や教員側の印象は考慮しない。第一希望者が10名を越えた場合は全員の第二志望を眺め、まだ空きのある研究室を希望していたひとからそちらへ移す。運悪く第二志望も満杯なら第三志望をチェックする。例年そこまでいくひとはほとんどいない。9割くらいは第一志望におさまっているように思います。自ずとなんらかの力学が作用するのかもしれません。溢れた場合、成績(何の?Aの数?)で判断とかくじ引きをするとかゼミごとに何か試験をするとか、いろいろ案はあるんでしょうが、それぞれ良い点と悪い点がありそうで難しいです。いずれにしても、結構な数の学生さんと話すので夕方にはふらふら。

2003-1月15日(水)

 ちょっと間があきました。
 福岡日帰りの疲れなどもあって12日(日)・13(月)(=成人の日)の連休は本読んだり子供と遊んだり。それにしても、成人式での騒ぎのニュースが相変わらず目についた。止めるべきですね、成人式なんて。税金使ってやることじゃない。
 『天才伝説 横山やすし』に続き、映画化に際して横山やすしを主役に起用したという『唐獅子株式会社』を読み始める。寝る前に布団のなかでちょっとずつというのに最適。なお、その映画化の顛末に登場する脚本家・笠原和夫の(というか、についての)大著『昭和の劇』は年末に買っていた。こんなとこでつながるとは。 笠原といえば「仁義なき戦い」ですが、深作欣二も死んでしまった

 14日(火)午前中は4年生の今年最初のゼミ。やはり学生諸君が戻ってくると嬉しい。学食でお昼をいっしょに食べながらのバカ話も楽しい。でも卒業制作の進み具合が遅く心配。午後は、3年生に対してゼミ配属のガイダンス。さらに夕方には
院生の修士制作の様子を見る。こちらも遅れ気味でさらに心配。もっといろんなひとを巻き込んで大騒ぎをしてくれ!

 本日15日から3年生のゼミ希望者に対する面談開始。今日、明日、20日の3日間です。早いなあ、また1年が過ぎてしまった。この時期は卒計を家でやる学生も多くゼミ室が静かになる(締め切りが近づくとまた賑やかになるけど)。この1年つき合ってきたメンバーの影が薄くなったところに、次のゼミ希望者との面談がはいる。どんな学生諸君がやってくるのか楽しみな反面、一抹の寂しさも感じながらというのが正直な気持ち。

2003-1月11日(土)

 「教育」が続きます。今日は九州芸工大へ。年末に住宅の模型を完成させた課題の、次のステップの講評会。こんどは、自分で模型をつくった作品から1シーン、他のグループの作品から1シーンを選び出し、それをスケッチするという内容です。雑誌や作品集の写真をベースにしたひとが多かったのは残念ですが、絵は達者な人が多くてなかなかの出来栄えでした。まだみんな1年生。この調子で頑張ってねと心から思いました。ここ読んでくれてる人もいるみたいですね。関西に来たら、ぜひ神戸芸工大にも寄ってください。

 新幹線の中で『天才伝説 横山やすし』読了。寂しい出生を背負った横山やすしの虚勢のようなものが胸に滲みた。小林信彦の「関東」風の抑制が少し鼻につかなくもないが、でもそれがかえってやすしの寂しさをくっきりと描き出してもいるのだろう。素晴らしい伝記です。小さなときに親をなくしたという点は建築家・松村正恒も同じで、唐突だけど、どこか重なるような気がしました。

 これで他校での「教育」は終わり。さあ、来週から芸工大の総仕上げだ。みんな!手、動かしてる?

2003-1月10日(金)

 非常勤校での最終講評会。芸工大とは違って工学系の大学なので少し勝手が違ったけど、楽しい経験だった。やはり若い学生諸君と話す、というか彼らにちょっかいを出すというか、彼らをいじるというか、そういうのは面白いし、我ながら好きなんだなあと思った次第。

2003-1月9日(木)

 芸工大の新年互礼会と学科会議。また慌ただしい生活が始まります。互礼会では鈴木成文先生とお互いのウェブ日記についての意見交換(笑)。なんとなく可笑しい。「釣りバカ日記」という漫画だったか映画だったかを思い出す。たしか釣りという共通の趣味で社長も平社員もなくなるという話でしたね。

2003-1月8日(水)

 大学は明日の学科会議から本格稼動。その資料を作りに大学へいった。学生はまだ戻ってきてない。卒業制作、修士論文、修士設計の諸君!順調に進んでいますか。
 帰りに『なぜ日本の街はちぐはぐなのか』『ヒトはどうして老いるのか』『天才伝説 横山やすし』。
 『なぜ・・』は、都市基盤整備公団の次長さんが書いた本だが、直言と具体的なアイディアがいっぱいで面白そう。
 『ヒトは・・』は、そろそろ自分のこととして「老い」を考えたりするもので。
 『天才・・』は、やはりヒトへの興味だ。

 大好きな建物についての悲しい情報がはいってくる。今年の活動の中心になるかも。もうしばらくしたらいろいろ書きます。

2003-1月7日(火) 『信仰の現場』

 ナンシー関で1冊選ぶとすればこれだ、という紹介を最近どこかのサイト(恥ずかしながらどこだか思い出せない)で見たのを思い出し、『信仰の現場』を読む。何かを盲目的に信じる人たちの現場を取材したルポである。実に面白い。本当に惜しい人をなくしたとあらためて思った。まだ読んでない人はぜひ。
 「あとがき」 には、この本の意義に対する実に見事な要約があった。「閉じた小世界の異常な常識は、白日のもとにさらされるとやっぱり理解し難い『謎』なのであり、その『異常な常識』を『異常』と自覚できていない住人たちの危いバランスはやっぱりモロい」。その通りだ。
 この本では取材できなかった物件として、ナンシーは、「確かに特殊な公約数を持つ特定の人たちを相手にはしているのだけれど、その人たちは野に散っていて、実際に群れ集う現場が見えないというパターン」をあげている。具体的には「パソコン通信」(単行本は94年だ)、「ダイヤルQ2のパーティーライン」、「特殊な通信教育」など。そこには「目に見えない『広場(集合場所)』」があるという。とても鋭い指摘である。
 本書でナンシーが徹底的に批判するのは、無邪気であることの危うさであり異常さである。おそらくこれが今の日本のバカさの根源だ。

2003-1月6日(月) 

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 年末年始は少しだけ実家に帰ってきました。新年早々いろいろあって、更新が遅れてしまいました。したがって冬休みの宿題もまったく手つかずの状態です。
 
 年末は、BSで新・フォーククルセダーズの最初で最後のコンサートを小5息子と鑑賞。彼は、少し前に出た「戦争と平和」というCDがすっかり気に入っている。そのなかの好きな曲は完全に僕と一致する。「芸術家、科学者、そして宗教家」「感謝」「悲しみは言葉にならない」など、メロディがはっきりした叙情的な曲。コンサートで歌われた「イムジン河」の新しい歌詞も美しかった。ようするに、アナクロ・おセンチ親子というわけだ。もちろん僕は「フォークル」世代じゃない。高校生や大学生のときにそんなに耳にもしていない。でも、いま自分が手にしている感情はというと、懐かしさとしか言えないだろう。けっきょく、まだ小学生くらいだった自分の耳には届いていなかったけれど、
こういう曲が流行っていたその時代、昭和30年代から40年代前半への郷愁ということなんでしょうな。歳とったということでもあるだろうし、何かを捨ててあの時代を見直そうとしているとも言えるような・・。
 まとまった読書もできていない。『物理屋になりたかったんだよ』『グラウンド・ゼロからの出発』『時代を切り拓く‐20世紀の証言』。『物理屋・・』はもちろん小柴さんの本。中高生向けを意識して書かれたと思われる内容だけど、小柴さん一流の骨太の駆け引きなどがとても面白いです。『グラウンド・ゼロ・・』は期待通り。鶴見俊輔とダグラス・スミスの深みのある言葉が並んでいる。必読。『時代を・・』は宮内嘉久さんの対談集。これも読みごたえあり。あとは、例の『丹下健三』をやっと読み始めた。貴重な本だともちろん思うけど、でもやはり高価すぎる。若い世代に伝えたいなら廉価版をつくるべきだ。

 さて今年はどんな1年になることやら。ちまちま仕事を止めて少しまとまったことをやらなくちゃ、とは毎年思うことだなあ。