» 青木淳×花田佳明 対話

対話編10 花→みなさん 14

2010年10月24日 12:35【青木淳×花田佳明 対話

10月2日の特別講義と中間講評会からあっという間に時間が過ぎて、10月29日の提出締切が近づいてきました。
神戸芸工大では、4年生は卒論の提出が終わりほっと一息、2.3年生はそれぞれ実習課題の真っ最中です。
秋は学外でも行事が多く、熱心な学生諸君ほど、あれこれと目移りし、気を取られ、忙しくしています。
各大学もそれぞれ同じような状況でしょう。

自分が学生の頃と比べると、「もっとじっくり落ち着いて本でも読んだほうがいいよ」と思ったりもするのですが、一方で、もし今の時代に自分が学生だったらと想像すると、それなりに走り回っていたかもしれないから、そう簡単に言うこともできません。

でも、と思います。

建築というのは、その基本的な論理構造ははるか昔から変わっていない。
言葉とモノと空間です。
それらが関係し合い、互いに他を定義する。
その関係を示す関数と変数について考えるのが僕らの仕事。
その原理に立ち返れば、自ずとやるべきことの道筋は見える。

言うまでもなく、「青木淳と建築を考える」というこの企画も、「もっとじっくり落ち着いて本でも読む」時間を奪うもののひとつです。
しかし、この3年間の経験からすると、少なくとも僕と何人かの学生諸君にとっては、上に書いたような意味で原理的に建築を考える絶好の機会であったという自負もある。
それは何より青木君のキャラクターに負うところが多く、課題内容はもちろんですが、何にもまして講評の言葉が新鮮で、それはあたかも洞窟に射し込む一条の光、まさに啓蒙、自分では考えたこともない変数と関数を示す魔法の言葉ように思えたことが何度もありました。

「風景から建築へ」。
ある意味では古くさいテーマです。
対話編で書いたような本を探っていけば、おそらく過去に向かっていくらでも遡ることができるでしょう。外側からの根拠付けとしての風景ですね。
一方で、とても現代的なテーマでもある。
最近の若い建築家や学生諸君の夢の中にいるようなドローイングを見ていると、まさに風景をつくっているとしか言いようがなく、しかも困ったことに、風景とは予め自然に存在するものなので後付けの論理は無用、とでも言うかのような内向的で閉鎖的な姿勢も感じなくはない。

今回求められているのは、そういった両極とは一線を画す、具体的な物語に満ちた風景論であり、そこから始まる設計ではないかと思います。

・・・と書いただけではよくわかりませんね、きっと。
僕もです(笑)。

<自分の感覚を信じて「これっ!」と思う「風景」を決め、そこから「建築」的イメージを引き出す作業に集中する>、対話編で僕が出せた結論はこんな当たり前の言葉でしかありませんが、その「風景」と皆さんがつくった「建築」を眺めていると、「あーなるほどお」と思える変数と関数を、僕は期待しています。

この企画は今年で最後です。
ぜひ多くの学生諸君が、青木君との対話を経験してくれることを願っています。

対話編10 花→青+みなさん 13

2010年10月 5日 13:28【青木淳×花田佳明 対話

10月2日、青木さんによる特別講義とオープンスタジオの中間講評会が無事終わりました。
青木君、講評会に出品した7人の芸工大の諸君、会場に来てくれた学外の皆さん、USTREAM配信で参加してくれた皆さん、お疲れさまでした。
USTREAM配信の視聴者数は、「トータルで80人弱、最高で33人が同時に視聴していた」との報告があり、最終的な応募登録者数は130人(組)だったので、遠隔授業としてはまずまずの「出席率」だったのではないかと思っています。感想や意見などあれば、この対話編のコメント欄に遠慮なく書き込んで下さいね。

当日の様子を少し復習しておきましょう。
授業が基本。受験もオープンスタジオも同じです(笑)。

青木君の特別講義の概要は、助手の方による当日のレポート僕のブログに書いてありますが、「風景から建築へ」というオープンスタジオのテーマに沿った実に興味深い内容だったと思います。
Maison AO AO(青々荘)、実現しなかった集合住宅案、青森県立美術館、そして是枝裕和監督の映画「誰も知らない」を題材とし、そこにあるさまざまな「風景」と「建築」の関係を、青木君は実に具体的かつ明快に説明してくれました。

青々荘において、吉祥寺の風景の読み込みを出発点に置き、青木野枝さんによる鉄のアートと建築の窓との重なりによっていかに新しい風景を創出したか。レンガとレンガ目地との色の逆転、中庭の電線から吊られた照明による空間スケールの制御などの説明にも深く納得。
「誰も知らない」の主要な舞台としてのアパートの廊下と階段、そしてそこにある窓に対する細やかな観察から引き出された建築的アイディアによる某集合住宅への提案。ご存知の通りいささか辛い内容の映画なのだが、その空間的演出を冷静に解読する青木君の眼に脱帽した。
青森県立美術館のバックヤードに代表される「芝居がかってない」風景に込めた意図。「原っぱ」と彼が呼ぶ風景の建築化。その関係を、ペンキ塗りを前提にかけられたグラインダの痕跡をペンキを塗らずに表わしにした鉄骨階段や、バックヤードのトレンチの上を走る手摺が水平ではなく勾配に沿ってゆっくりと傾斜する様子で強化している説明もわかりやすい。質問への答えででた「白いけど無機的ではない状態」を作る実験だったという言葉が総括的。

どれも、青木君が設計において、モノをいかに「論理的に」扱っているかということを思い知らされる話だった。少なくとも僕にはそう思えました。
一般に建築を論理的に語るには、歴史や社会やらに基づいた言語が必要とされる。モノを手がかりにした設計はその対極に位置づけられることが多い。村野藤吾あたりを思い出せばわかるでしょう。あるいはきわめて即物的に「納まり」とかの話になる。
でも、青木君の話は違っていた。
めざす「空間の質」(青木君がよく使う言葉ですね)に向かって、モノへの解釈の論理が数学のように積み上げられる。こういう建築家はあまりいなかったと思います。

ここで重要なことは、めざす「空間の質」があるということだと僕は思います。
そんなことは建築家なら当然だろうと言われるかもしれないけれど、果たしてそうか。
「歴史や社会やらに基づいた言語」に基づく説明のことを空間の質と誤解した話が多かったのではないでしょうか。

おそらく、この「空間の質」に相当するものを「風景」から取り出してくれというのが今回の「風景から建築へ」という課題で青木君が皆さんに問いかけているポイントだと僕は思いました。

そのことは、後半の中間講評会でよくわかりました。

神戸芸工大からは7人が発表しました。3年生3名、4年生2名、院生(M2)1名です。それぞれが取り上げた風景とそこから引き出したアイディアや建築を、各自から反論はあるかもしれないけど、おおざっぱに整理すると以下の通りです。

●3年西口君/バス停/バス停に座っていると安心感/道に向かってラッパ状に広がる曲面の壁で空間を囲みその奥に居場所を作り安心感を表現
●3年牛島さん/高速道路のトンネル/トンネル内の暗闇から高速で抜け出る瞬間に風景が激変する面白さ、回遊式庭園に代表されるシークエンス重視のデザインとの対比/そういうふうにシーンが劇的に変化する建築?
●3年松田君/小さい頃過ごしたハイツの中庭/階段、各戸のドア、自転車置き場、床のカラーペイント等がランダムに並び、通りからは切り離された空間の記憶/複数のドアや簡易な小屋の並ぶ風景
●3年山田君/実家のある奈良県に点在する古墳群/日常の場の中に「はいることのできない場所」があることの不思議さ、人工物と自然物の中間的な存在の面白さ/?
●4年有本君/ネットフェンスのある風景/工業製品、向こう側へいけないこと、拘束等々/提出された模型は、たくさんの虫ピンの塊、鉛を垂らした線上のオブジェ、一部に傷のついたガラスの破片
●4年山神君/外部のインターロッキングブロックの目地のすき間に生える雑草やコーナー部に吹きだまる埃など/目的をもったものから二次的に生まれるものへの興味/板の上に置かれた箱と板との接点に石膏を塗り込め、箱を抜いた後に残った物体
●院生牧野君/長時間露光などによって撮影され元の風景とは似ても似つかぬものになった写真/あるのは表面だけ/針金で揺らぎを表現した模型の動画

・・・言葉ではわかりませんね(笑)。
ま、まだ始まったばかりですから、それぞれの内容は大きな問題ではありません。
僕が面白かったのは青木君の反応です。
例年、彼のコメントは慈愛に満ち、僕はどうかと思うような学生の案からでも可能性を見いだし、必ずポジティブな印象を残してくれたのですが、今回はやや批判的な印象を僕は受け、そのことが面白かった。
青木君が評価したのは、主に低学年の諸君が取り上げた素朴な風景でした。バス停、トンネル、小さいときに過ごしたハイツの記憶。そこまではいい。バス停の長時間露光の写真など、素直にほめていましたね。
彼がややいらついたのは(横にいた僕にはそう思えました、笑)、その風景からどんどん遠ざかってしまった「建築」でした。
もっと単純にその風景の良さを取り扱えないのか。
それでいいし、その方が可能性あるよ。
青木君はそう言っていたように思います。

僕はというと、いつものことながら彼ほど「モノ」側からものが見えない「言葉」人間なので、7人の諸君の理屈が面白かったのですが、一方で、それだけではこの課題の「評論」にはなっても答えとしての「建築」にはならないだろうということは3回目ともなると想像がつく。

取り急ぎ、報告と感想です。

これから1ヶ月、130人(組)の諸君の健闘を祈ります。

aohana.jpg
僕らが担当しています。よろしく。

対話編10 花→みなさん 12

2010年9月28日 11:14【青木淳×花田佳明 対話

後期が始まり、学生諸君とオープンスタジオについてゼミやスタジオで話す機会が増えました。みんなそれぞれ悩んでいます。

応募登録の状況ですが、これまで以上にいろいろな大学や専門学校等から登録があり、強者が集まっているのではと勝手に期待しています。締め切ったあと、登録校、人数等の情報はこのサイトに掲載しますね。

この企画はいわゆるコンペではなく「授業」だと考えています。
とすれば、応募登録とはいわば「履修登録」。そのあと本格的に「授業」が始まり、約1ヶ月後に作品を提出することになる。
この「授業」、しかも「通信教育」にならざるを得ないこの「授業」をどうすればよいかと考えていますが、「受講生」の皆さんも何か希望があればお知らせください。「自習」になったらつまらないですからね。
また、「授業」なら「評価」や「成績」は?とか、「不合格」出す?、「追試」やる?、成績を廊下に張り出す?といった悪い冗談も囁かれていますが、ま、それはそれ。

僕はこの「授業」を、「講義」でも「実習」でもなく「演習」と勝手に位置づけています。非常に特殊な問題を非常に特殊な方法で解く練習。その中からちらりと一般論が顔を出す。神は細部に宿ります。

「履修登録」は30日が締切です。ぜひ多くの若い知性と腕力の参加を!

対話編10 青→花(もしくは山)11

2010年9月20日 14:41【青木淳×花田佳明 対話

山田圭誠さんが、「青→花08」に対してコメント欄に、質問をしています。
素直な反応で、たぶん、似たような疑問をもつ人が多いのではないか、と思います。
そこで、今回は、この質問に答える形で書きます。

【「その男、凶暴につき」観ました。
吾妻や殺し屋はもちろん、歩道橋のシーンに出てくる小学生まで凶暴でした。
そんな人たちが普通の歩道橋を歩くからこそ異常で、映画の暴力的な空気感を作り出しています。
ですが、風景はあくまで普通の風景に見えます。映画の為にキャラクターをデザインされた吾妻が歩くからこそなんらかの感覚をもつものです。
映画のキャラクターである吾妻にとっては、歩道橋は単なる歩道橋ではないかと思います。
自分の生活がテーマで自分自身が主人公だとすると、なにかをデザインする余地はどこかにあるのでしょうか?

また、「その男」以外でズバリのシーンがある映画というとなんでしょうか?】

こう考えたらどうでしょうか?
もしあなたがこの映画をつくるとする。
あなたなら、映画のなかに、どのように吾妻を登場させるか?。
吾妻が刑事であることを観る人に伝える必要があります。でも、事件の取り締まりのシーンかなにかで登場させるのはつまらない。
刑事であることより先に、その静かな凶暴さをまず予感させて、それからその人間が警察と関係があることをわからせ、え、ということは刑事?というような順番の方がはるかにいい。
そして、それをなるべく短い時間でどうつくるか。
北野監督が選んだ方法は、まず歩道橋をこちらに向かって歩いてくる吾妻を真っ正面から捉えることからはじめ、次に、その歩みを真横から追うアングルに画面が切り替って、しばらくして、その背景に警察署が現れるというつくりでした。
きれいなつくりです。

もちろん、歩道橋でなくてもいいはずです。
でも、映画をつくるなら、いずれにせよ、どこかの場所、が要りますね。
だって、どこかの場所でもない、背景が白紙、という映画はむずかしいですから。
だから、監督であるあなたは、どこかの場所を、ともかく、設定しなくてはいけない。
吾妻が向こうからこちらに向かって歩いてくる。
それをどこにするか?

きれいな並木道? スタイリッシュな刑事物語ではありません。
薄汚れた地方競馬場からの道? ふつうの意味での悪徳刑事物語でもありません。
繁華街? いや、これでも事件を感じさせたり、悪徳を連想させたり、ちょっと違いますね。

ぼくは、歩道橋がぴったりだと思います。
歩道橋だと、日常、特に意識していない場所だし、
ある意味、立場によって、いろいろな記憶があるし、
でも、町に雑然とした感じを与える、ちょっとざらざらしたノイズのような存在であることは、まあ、多くの人が共有している感覚だから。
そして、なにより、その感覚のつくることが、この映画の主題なんだから。

きっと北野監督にとって、「歩道橋は単なる歩道橋」ではありません。
彼にとっては、歩道橋は、どこか自分の感情を代弁するような存在なのではないでしょうか。
(そうじゃなければ、「菊次郎の夏」の高い防音壁のある歩道はなんなのか。)

この課題でやってみようと思うのは、まずは、あなたにとって、
そんなあなたの今の感情にぴったりとくる場所はなにか、
ということをひとつ、はっきりさせることです。
(ひとつ、というのは、そんな場所がいっぱいあることは当然だから。)

たとえば、そのひとつが「歩道橋」だとしますね。
で、その歩道橋を舞台とするシーンを考えてほしいのです。
どういう人がそこにいて、そこでどんなことになっているか。
あなたが感じる「歩道橋らしさ」がうまく生かされるシーン、ということですね。

そして、その同じシーンを、もし「歩道橋」を使わず、
あなた自身が設計する空間を使うとしたら、どんな空間にすればいいか。
その空間は、きっと、あなたが考える「歩道橋らしさ」が出ているはずですね。
というか、あなたが考える「歩道橋らしさ」がもっと純粋に、また強調されてできているでしょう。
そういうふうに空間を設計することが、「風景から建築へ」の意味ととらえてもらっていいです。

それにしても、「その男、凶暴につき」、なかなかいい映画だったでしょう?
感情の表現をしない映画のつくり。
そのあとの北野武さんの映画の特徴がもう最初からはっきりと出ている。
すごいことです。

「『その男』以外でズバリのシーンがある映画というとなんでしょうか?」
そんなもん、もちろんないことは、上を読んでもらえば、もうわかりますね。

対話編10 花→青 10

2010年9月17日 23:26【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。

今日は3年生の学生と、この課題について少し話しました。
例年と同じように、とてもいい頭のトレーニングになっていますが、同時に、「要するに何をすりゃいいんだ」症候群にかかっているのも例年と同じです。

学生諸君への勝手なアドバイスですが、重要なのは、「風景」を巡る下手な理屈をこねるより、自分の感覚を信じて「これっ!」と思う「風景」を決め、そこから「建築」的イメージを引き出す作業に意識を集中させることです。

「風景を巡る下手な理屈をこねる」しか能がない僕が言うのですから、間違いない。

<自分の感覚を信じて「これっ!」と思う「風景」を決め、そこから「建築」的イメージを引き出す作業に集中する>ことを自分に課してみて下さい。

これまで2回のオープンスタジオの経験からすると、その「建築化の作業」の部分にこそ宝物は隠れています。その作業をいろいろな「風景」についてやってみることです。


10月2日(土)は、青木さんによる特別講義とオープンスタジオの中間講評会です。公開形式ですから、どなたでも参加できます。テーマはもちろん「風景から建築へ」。青木さんによる「風景から建築へ」論です。
 ●14:00〜16:00 青木さんによる講義
 ●16:30〜18:00 青木さんによる中間講評会(神戸芸術工科大学の学生作品のみ対象)

また、この中間講評に向けて、芸工大では以下の2回、僕が相談に乗ります。
場所はいずれも3階会議室。遠慮なく来てね。
 ●9月23日(木)18:00〜
 ●9月29日(水)18:00〜

あ、それから、中間講評を受けたい人は助手の倉知さんへ連絡のこと。

対話編10 花→青 09

2010年9月17日 10:56【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
第2便、ありがとう。

「だから、ぼくは、前の書き込みで書いたように、自分(たち)の今の生活をテーマとして、自分(たち)を主人公とする映画を撮るとして、そのなかの重要なシーンとして、皆さんがどんな場所をどんな感覚の場所として使ってみたいのか、それを知りたいのです。具体的であればあるほど、いいですね。」という最後の文章を読むと、あとはもう学生諸君の案を待てばいいんだという解放された気分になってしまいました(笑)。

もちろん思考停止というわけではないのですが、「風景から建築へ」というテーマが必然的にもたらす結果、かもしれませんね。
「風景」という言葉のもつ総合性のようなものの生む効果。

9月半ばとなり、そろそろ学生諸君が大学に戻り始めています。
昨日はオープンスタジオ入賞経験者2名と今回の課題について雑談をしたのですが、ひとりの学生は、「これまでの『模型から建築へ』と『ドローイングから建築へ』との関係を考えてみたら、今回の『風景から建築へ』には、過去の2つの課題で考えたことが含まれてしまうと感じた」と言っており、なるほど、と思いました。

今回は、「モノとコトの二分法のうち、これまでの2課題がモノ、今回はコト」というのが出発点だと思っていたのですが、ちょっと違うかもしれないという気がしたというわけです。
むしろ、モノとコトの両方を包含したものとして「風景」はある。この言葉には、そういう広さのようなものがありますね。
当たり前、かな。

ところで、「自分(たち)の今の生活をテーマとして、自分(たち)を主人公とする映画を撮るとして、そのなかの重要なシーンとして、皆さんがどんな場所をどんな感覚の場所として使ってみたいのか」という青木君からの問いかけを僕自身に投げかけてみると、これが困ったことに、全然イメージがわいてこない。
そのかわり、かつて思い描いたいくつかの「シーン」ばかりが思い出されてくる。
しかも、もうそこには絶対に戻れない風景として。
歳とった証拠、ですね。

たとえば、学生の頃に見た唐十郎のテント劇。
新宿副都心の、今はNSビルが建っているブロックがまだ空き地で、そこに張られたテントの中に、ぎゅう詰めになって演劇を見た冬の夜。
情けないことに劇の題名を思い出せないのですが、最後の場面で舞台後ろのテントが突然開き、夜の新宿の街が飛び込んできた。そして、その街のネオンやビルの明かりを背景に、救急車が1台、赤いランプを回転させながら、ゆっくりゆっくりと左から右へ横断していった。
僕は、都市の「風景」とはまさにこれだと感激し、「ああこんな卒計をやりたいなあ」と思ったのでした(きっと4年生の冬だった・・)。

青臭い話です。
でもそういう記憶は消えないもので、今の学生諸君が自然体で示す町や人への親和性のようなものが僕にはもうひとつぴんとこないのは、こういう風景とのギャップを感じるからだろうなと思ったりする。

一方、東京に対するそんな記憶と篠原一男の住宅とは、何の違和感もなく僕の中で重なります。
彼は「東玉川の住宅」の廊下を都市の街路に見立て、そこをよぎる人影のイメージのようなものを言葉で書いていましたが、その廊下の夜の写真と、新宿のテントの向こうを横切るスローモーションのような救急車の映像は、僕にとって、まさに「重要なシーン」としての都市の「風景」です。

もうひとつ僕の中にある「風景」。
手抜きで申し訳ないのですが、以前、愛媛新聞でやっていた連載で書いた文章をそのまま載せます(愛媛新聞「道標」(掲載 2008年8月31日)連載7回目)。

僕は「風景」について考えていくと、こんなふうにどんどん拡散していってしまう。
一方、青木君は具体的なものに踏みとどまることを求めていると思うし、きっとそれができる。建築家になれるかどうかの分かれ道だなとつくづく思う。
つまり、「風景」という言葉でモノとコトを統合する力をもっているかどうかということですね。
その「力」の「今」の様子を、学生諸君には示してほしいし、10月2日の特別講義で、青木君には語ってほしい。

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故郷がくれた原風景
--価値判断の物差しに--
神戸芸術工科大学教授 花田佳明

 原風景という言葉がある。人や町の基底を形づくる映像的なイメージとでもいえばよいか。かつて奥野健男が『文学における原風景』という本で用いて一般化し、建築や都市を語るときにもよく使われる。戦争で廃墟となった都市、下町の路地、旅した国、深い森・・、さまざまな原風景を手がかりとして、小説や建築や芸術作品が生み出されてきた。
 一歩間違うと「国民共通の原風景」といった具合に、ナショナリズム高揚に利用されかねない言葉なので要注意だが、自分の中に原風景としか呼びようのない何かがあるのも事実だ。
 私にとってそれは、生まれ故郷・愛媛の山村が喚起するイメージである。
 私は昭和三十一年に野村町(現在の西予市)に生まれ、小学校三年生の秋までそこで暮らした。
 記憶があるのはわずか四、五年のことなのに、気がつくと当時のさまざまな風景の中を歩いている自分がいる。
 霧に包まれた通学路、野村小学校の木造校舎の靴ぬぎ場、大きな銀杏のある校庭、週末通った病院の帰りに乗る夜のバス、住んでいた家の台所の土間、農薬を食べて死んだ愛犬・・。断片的な映像が次々に浮かんでは消え、その中にいる自分を見ている自分がいる。
 しかしそれが原風景かというと少し違う。私の中には、これらの断片を束ねるもうひとつ別のイメージがある。それは、今書いたような映像が野村町の盆地の底で物語を編む様子を上空から眺めた鳥瞰図だ。
 都会から遠く離れ、周囲を山に囲まれて閉じた世界の底にあるユートピア。大袈裟と笑われるかもしれないが、野村町の空間と生活をそんな言葉に抽象化すると、それが自分の原風景だと納得がいく。そしてこのイメージが、私の価値判断の物差しとして、長く機能してきたと思えてならない。
 そのことを強く意識したのは、十四年前に四国の公共建築を見て回ったときだ。内子町から車で八幡浜市に向かっていた。目的は八幡浜市役所で活躍した建築家・松村正恒が設計した日土小学校などを見ることだった。
 両側を山にはさまれた谷筋の集落を車で走るうち、身体の中に不思議な感覚がわき上がるのを意識した。そして日土小学校の校庭に立った瞬間に、「ああ、懐かしい」と思ったのだ。もちろん初めて訪れた場所である。しかし、谷筋を流れる川に沿って建つ日土小学校の静謐な空間の中を歩き回るうち、私は私の原風景の中にいた。そこはまさに、谷の底にあるユートピアだった。東京から遠く離れた場所でひとり傑作を設計し続けた松村という人物も、似た原風景の持ち主だったのではないかと直感した。
 振り返ってみると、私が憧れ、敬意を払ってきた人や建築は、すべて中央から距離をおいた批評性をもっている。そして、自分が憧れ、敬意を払うに値する相手かどうかを考えるとき、あの原風景が甦り、それとの整合性を確かめてきたように思えてならない。自分の中にそういう核を植えつけてくれた故郷に、私は心から感謝している。

対話編10 青→花 08

2010年9月13日 15:27【青木淳×花田佳明 対話

『「風景」をどこかからもってくるのではなく、「風景」と「建築」をほぼ同時に構築する。』
まあ、そういうことですね、きっと。

本当のことを言えば、どんな建築にもどんな都市要素にも風景はある。
たとえば、煮ても焼いても食えないような、もうどうにもつらい空間がありますね。
歩道橋とか。
そんな歩道橋が、映画によく出てきます。
北野武の『その男、凶暴につき』。
歩道橋をこちら側から捉えたシーンがあって、小学生の子供たちが向こうに向かって走っていく。サティの「グノシエンヌ1番」が流れはじめ、小学生が消え去ると、向こうに、高速道路。下から、北野武がこちらに向かって黙々と登ってくるのが視界に入ってきて。主人公の吾妻の登場ですね。
そして、ラストも歩道橋。今度は、吾妻でなくて、後輩の菊地が登ってくる。
こういうのを、ぼくはいちおう、「風景」と呼んでおこうと思うのです。

「風景」というのは、
ある物理的な環境が、誘発してしまうなんらかの感覚をもったシーンのこと、
とでもしておきましょうか。

そう、『その男、凶暴につき』では、
歩道橋という風景は、
「煮ても焼いても食えない、もうどうにもつらい」静かなくらいの暴力という感覚を誘発するシーンとして描かれているのでした。

そういう「風景」と「建築」のセットをあなた独自でつくりだしましょう、というのは、あまりの難題です。

だから、ぼくは、前の書き込みで書いたように、
自分(たち)の今の生活をテーマとして、自分(たち)を主人公とする映画を撮るとして、そのなかの重要なシーンとして、皆さんがどんな場所をどんな感覚の場所として使ってみたいのか、
それを知りたいのです。

具体的であればあるほど、いいですね。

対話編10 花→青 07

2010年8月29日 13:40【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
お待ちしてました。
僕だけがごちゃごちゃ書いていたので、青木君のすっきりした言葉の登場に、救われた学生諸君もいるのではないかな(笑)。

ところで、日土小学校のことから書き始めてくれてありがとう。
改修後の日土小学校を青木君が見たのが去年の10月末。
あのとき青木君は、「<抽象>には到らない丁寧さ」として日土小学校の空間の質を読み取ってくれて、僕は納得するとともに、建築家の眼の鋭さに感心をしたのでした。

「風景から建築へ」という今回の課題を考える上で、僕も日土小学校のことは気になっていました。まさにあそこには、さまざまな「風景」が「建築」化されていると思うからです。

ところで、僕の前回の投稿を読み返していて、ああそうだと思ったので最後のところに少し追記しました。それは以下の通りです。

【つまり、「風景」をどこかからもってくるのではなく、「風景」と「建築」を、若干のタイムラグを置きながらも(前者が後者より少しだけ先)、ほぼ同時に、自分の頭の中で構築しているすごさ、ということです。】

「風景から建築へ」という言葉を頭の中で転がしていて、第一便からずっと気になっていたのが、それと文脈主義・コンテクスチュアリズムとの関係でした。とりあげた事例や貼った写真で想像がつくと思います。

で、上記の追記を思いついた瞬間、「ああそうか。こう考えれば文脈主義・コンテクスチュアリズムとは違ってくるんだ」と思ったのでした。つまり、誰かのつくった「風景」を借りてくるのではなく、「風景」も「建築」と同時に自分でつくる、ということですね。

日土小学校の魅力も、そういうことなんじゃないかと思うんです。
両側のみかん山や川という自然の「風景」に融合するのではなく、そういったものと一体になったメタレベルの「風景」が松村さんの中で構築されていて、それを成り立たせるように「建築」が生まれている。少なくともそういう解釈が可能になる。
博士論文では「自己参照的メカニズム」と呼んだ構造ですが、それは「風景の自己生産」とも言えるんだと思ったわけです。

自分の研究に引き寄せた話で恐縮だけど、とても納得できた次第です。

あ、それと、青木君の作品もそうなんだとも思いました。たとえば「原っぱという風景」を「建築」でつくっているんだ、と。

hizuchi.jpg

対話編10 青→花 06

2010年8月29日 11:06【青木淳×花田佳明 対話

花田くん

あっと言う間に、約束の3年の、最後の年を迎えました。
今年もどうぞよろしくお願いします。

花田くんは、この夏休みも、日土小学校での「夏の建築学校」だったのですね。
花田くんのサイトで、その旅行の写真を見て、ぼくは今、あの小学校にあった空気を思い出しています。
どこの学校にも、昇降口があって、教室があって、廊下があって、便所があって、と、まあ、だいたい同じようなものからできているわけですけれど、日土小学校の昇降口や廊下や教室や便所や、その空間のどこをとっても独特の風情をもっていることに、まずは驚かされたものです。それで、ぼくは、具体的にどこからそういう風情が出てくるのかな、と思いながら、なかを歩き回ったわけです。もちろん、サイズとかプロポーションが大きな決め手になっていました。でもそれと同じくらいにまた、細かいディテールも大切なものでしたね。真壁の、その露出する柱や梁のコーナーが面取りされていて、その分だけ壁が凹んでいたり。

そうして、日土小学校は、たとえば廊下という、ぼくらがごくごく普通に体験している風景が、もっともっと豊かな風景にふくらまされていたように感じたものです。
ふつうの学校の廊下だって、そこにぼくたちの思いが詰まっています。
でも、日土小学校の廊下には、そこで過した人たちそれぞれ別々の思いがもっといっぱい詰まっているのではないか、と感じたのですね。

今回の課題を通して、ぼくがまず知りたいと思っているのは、今の学生たちが、町のなかのどんな場所に、彼ら彼女らのいろいろな思いを込めているのか、ということです。その場所というのは、必ずしも「好きな場所」というのではなくて、いまの自分の生活をシンボライズする場所、といった方がいいかもしれない。
もっと簡単に言えば、自分(たち)の今の生活をテーマとして、自分(たち)を主人公とする映画を撮るとして、そのなかの重要なシーンとして使ってみたい場所、ということ。

いまの学生たちにとって、どんな風景がヴィヴィッドなのかな。

対話編10 花→青 05

2010年8月28日 23:32【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
「風景から建築へ」と言ったときに関わってくる問題を、ランドスケープというか外部空間と建築との関係というふうにとらえることもできるような気がします。これまでに取り上げた事例にも、もちろんそういう問題が含まれていますが、今日、今月の『住宅建築』(10月号)の「堀口捨己の思想的背景」という特別記事の中の、磯崎さんの「一本の線、一枚の壁、一組の立方体」という文章を読んでいて、とくにそう思いました。

磯崎さんは、有名な岡田邸(1933)の洋風の部分と和風の部分を区切る「一本の線」、秋草の庭の背景を成すコンクリートの「一枚の壁」、それに洋風の部分の中に隠れていたコンクリートの「一組の立方体」、それらによって、堀口は「日本という問題構制」と立ち向かったと書いています。「一枚の壁」については一般にもよく取り上げられるわけですが、今回磯崎さんは、最後のRCのフレームについてはこれまで意識しておらず、藤岡洋保『表現者・堀口捨己―総合芸術の探求 』(中央公論美術出版)のなかに描かれているアクソメ図で気づいたとのことで、とくに強調していました。近代の圧倒的な制度としてのコンクリートの立方体フレームを、堀口は、岡田邸の中に見事に「隠蔽」したというわけです。

でまあそれはともかく、あらためて岡田邸の8畳間から池と芝庭を見た有名な写真を眺めていると、これこそ「風景」を考えることで「建築」を作った例に思えてきたわけでした。
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構成的なコンクリートの壁、その間を埋める草庭と芝庭と水と玉砂利、そしてそれらに重なる畳とシンボリックな木の丸柱。まさに、西欧的な近代と日本の伝統という問題を掛け合わせるとはどのようなことかという思索の果てに生まれた「風景」が「建築」になっている、ような気がします。

つまり、「風景」をどこかからもってくるのではなく、「風景」と「建築」を、若干のタイムラグを置きながらも(前者が後者より少しだけ先)、ほぼ同時に、自分の頭の中で構築しているすごさ、ということです。

こういう思考の現代版、見たいです。

対話編10 花→青 04

2010年8月27日 00:48【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
夏休みで時間があるのをいいことに、恥を忍んでひとり投稿を続けています。
間違いを矯正する機会がないので結構な恐怖感。誰か相手して(笑)。

いちおう「風景論」なるものを話題にはしておきましょうね。
いうまでもなく、「風景論」はいろいろな領域にあります。
アマゾンやグーグルに「風景論」と入れて調べりゃいいわけですが、学生諸君への情報提供の意味も込めて、思いつく本の一部を書いてネタを提供しておきましょう。

まずは建築や土木分野。
ここでは、特に最近、土木や都市工学系の分野から、すでに書いた「建築から風景へ」路線での具体的な分析や提案が多いよね。
中村良夫の一連の風景学。『風景学入門』(中公新書)が最初かな。最近のものでは『都市をつくる風景』(藤原書店)。西村幸夫の一連の研究や実践はもちろんだけど、読みやすいものとしては『西村幸夫風景論ノート―景観法・町並み・再生 』(鹿島出版会)。中川理の『風景学 -風景と景観をめぐる歴史と現在-』(共立出版)は、「風景」を巡る議論のいろんな枠組みを見渡すのに便利です。
一方、建築分野では、増田友也(『増田友也著作集 IV 風景論 存在論的建築論』等)に代表される京大系の一連の難解な思索型の議論がありますが、正直言って僕はきちんとは読んでいません。
もちろんこれ以外にも、槇文彦や陣内秀信らの東京論・江戸論、京都に代表される景観論争論等々、いっぱいあるわけね。

文学や評論の分野でも「風景」は重要なキーワード。
志賀重昂『日本風景論』(岩波文庫)は代表的な古典。評論家たちも「風景」という言葉を手がかりに、さまざまな文学作品を読み解いてきた。奥野健男『文学における原風景―原っぱ・洞窟の幻想』(集英社)は建築界ではあまりにも有名。加藤典洋『日本風景論』(講談社学芸文庫)等)、切通理策・丸田祥三『日本風景論』(春秋社)等々、「風景、文学」でアマゾンに入れればいろいろな本が出てくる。

社会学方面でもいっぱいある。
まず手にするなら、佐藤健二『風景の生産・風景の解放―メディアのアルケオロジー』(講談社選書メチエ)あたりからか。佐藤さんとは教養課程の頃の読書会で身近に接したことがあるが、思えばあの頃から空間的に社会を見る人だった。これも「風景、社会学」×アマゾンで調べてみよう。

写真の分野も興味深い。写真論という分野は、作品も批評もすべて風景論じゃないかと思うくらいだ。
荒木経惟のすべての活動、森山大道『犬の記憶』(河出文庫)、中平卓馬『なぜ植物図鑑か』(ちくま学芸文庫)等々、もちろんきりがない。
僕が初めて「風景」を抽象的にとらえるということを意識したのは森山大道の写真を見たときだったかもしれない。中学生の頃、写真部の暗室で白黒フィルムの現像や引き伸ばしをやっていた。その頃買った『アサヒカメラ』で初めて森山大道のいわゆる「ブレボケ」写真を見て、なんのことやらわからなかった。どう撮ればすればこんなにブレたりボケたりするのか、そもそも何のためにそんなことをやるのか、田舎の中学生には見当もつかなかった。1970年代の初めのことだけど何の写真だったかな。ただ、ともかく街の「部分」を思い切りアップした粒子の粗い白黒写真が、なぜか街「全体」を感じさせることの不思議さくらいは感じたからか、自分でも真似をして商店街の閉じたシャッターなんかを撮ってみたけど、もちろん似ても似つかぬ写真だった。

ところで、いうまでもないことだけど、今回僕らが考えなくてはいけない問題は、「風景」論ではなく、「風景から建築へ」論。こんな言葉を書き連ねていても仕方ないよと青木君には叱られそうだ。まあこういう本たちは、「風景」の捉え方の参考まで。

では、「風景から建築へ」論はどこにあるか。

磯崎新の「空中都市計画(新宿)」はそうかな。戦後の焼け跡の風景とのコラージュ。
菊竹清訓のスカイハウスや東光園などの上に帽子のような載るHPシェルの屋根は、富士山のメタファーじゃないかと思ったことがあるのですが(たしかスカイハウスのスケッチには遠くに富士山らしき山が描かれている)、だとしたら「風景から建築へ」の実践例?急にマイナーな話ですね。
青木君の『原っぱと遊園地』(王国社)は、まさに「原っぱ」という「風景」から「建築へ」論というわけか。

歴史的にさかのぼっていくと、「見立て」の世界なんかにはいろいろとありそうだ。

洋物を挙げるときりがないけど、ロッシの『都市の建築』(大龍堂書店)や『アルド・ロッシ自伝』(SD選書)、ヴェンチューリの『ラスベガス』『建築の多様性と複合性』(SD選書)、Herzog & de Meuronの『Natural History』なんかは「風景から建築へ」論ではなかろうか。海外の建築家は、案外素直に実践しているのかもね。

以上、役に立ちそうもないメモ。

自分の中にある「風景」で「建築へ」つながりそうなものを思い浮かべてもいますが、またそれは次に。

対話編10 花→青 03

2010年8月24日 23:39【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。授業で使う写真の中から拾い出してじっと眺めてみた。
そこまで。
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対話編10 花→青 02

2010年8月23日 16:01【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
前便へのおまけ。

5年前、久しぶりに江古田に行きました。僕が住んでいたアパートはなくなっていたけど、あちこちの路地はそのままだった。「東京」というと、僕は、コンクリートブロックやセメント板の塀に挟まれ、アパート1階のすりガラスの窓にテレビの明かりがちらちら映っているような「風景」が一番懐かしい。そのときの写真です。森山邸を雑誌で見たときに思い出したのはこの風景でした。
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対話編10 花→青 01

2010年8月20日 17:27【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
暑いねー。
今日は8月20日。
いつもなら、お盆明けには秋の気配が漂い始める山の上のわが家ですが、今年はまったくだめ。
特に、L型に突き出し、しかもピロティなので5面が外気に面した2階の僕の部屋は、空間全体が蒸し焼きになったような感じで、夜になっても熱のかたまりのままごろんところがっています。
というようなわけで、頭も身体もぼんやりとしたままだらだら書き。
例年以上の「ああでもないこうでもない」になるでしょうが、お付き合いください。
それにしても昔はこんなに暑くなかったなあ。30度超えると「ああ夏だ」と思ってたもんなあ。地球は大丈夫なのか。

「オープンスタジオ 青木淳と建築を考える」の企画も3年目を迎えました。
「模型から建築へ」「ドローイングから建築へ」というこれまでの課題を通して、参加した学生も僕もずいぶん多くのことを学びました。さらには、青木君の頭の中を垣間みる(たぶん・・)という貴重な経験もすることができたように思います。心から感謝しています。
「模型から建築へ」「ドローイングから建築へ」という課題は、正直言うとね、うまくいかないのではと心配したのです。でも、どちらも「問題」としての面白さに脱帽、という結果に終わりました。
ああいう問題を問題として出題し、その後不安がらないという青木君の姿勢自体が、僕にはたいへんな勉強だったのです。

さてしかし今回は、テーマ決めで青木君もちょっと悩みましたね。
「○○から建築へ」というスタイルは継続することにしたあと、いくつかの候補者を挙げてもなかなか決まらず、そのうち、<「模型」「ドローイング」とモノ寄りのテーマが続いたので今回はコト寄りにしよう>という判断が出て一気に解決。
それでも「記憶」とか「言葉」とか候補者があり、迷ったあげく最終的に青木君は「風景」という言葉を残しました。
僕は、「風土」ほどではないにせよナショナリズムのようなものを感じさせる「風景」という言葉と青木君の組み合わせに驚いたのですが、そのあとすぐに届いた課題文には、「そこに様々なものを感じてきた場所」くらいの意味だとあり、なるほどというか、まあそういうことかと思った次第でした。

「風景から建築へ」。
おそらく普通に考えると逆なんでしょうね。
「建築から風景へ」。
小さな「建築」という単位が集合して、より大きな単位としての「風景」ができる。一般的には「建築」の方が先に出現する。実際、その言葉を副題にした「風景」の研究者などによる『環境の解釈学―建築から風景へ』という本があったりもする。

でも今回の課題は、「風景」が先で「建築」があと。
大きな単位である「風景」を、それを構成する小さな単位としての「建築」へ凝縮せよ、というようなことでしょうか。あるいは、「凝縮」なんていう大げさなことではなく、さらっと「風景」を感じさせるというような?
もちろん、提示する「建築」が取り上げた「風景」じたいの構成要素かどうかはわからない。全く別の時空に置かれることだってあるでしょうし、むしろその方が普通かも。

少なくとも青木君の言う「風景」は、「建築」の加算によって生まれるようなものでもないのでしょうね。
たしかにね。
一見、加算的に見える美しい集落の「風景」も、そんな単純な原理で生まれているのではないでしょうね。

ところで「風景から建築へ」と言われて、僕がまず連想した現代建築は、原さんの自邸とか、アルドロッシの建築とか、SANAAの金沢21世紀美術館とか、西沢立衛さんの森山邸とか、スイスの建築家たちの作品でした。
この中では、原さんの自邸が一番「凝縮」度は高いですね。生まれ故郷の長野の谷間を模した下降する亀裂の空間を挿入し、その谷底で暮らすかのような住宅が生まれている。
ロッシの建物は、その中に立っていると、あたりがまさに「書き割り」みたいにイタリアの都市風景に思えてくる。
金沢21世紀美術館は、SANAAの建物の中で最もわかりやすい建築ですね。金沢という都市の迷路が埋め込まれている、という解釈を許してくれる。
西沢さんの森山邸を見たときは、学生時代に住んでいた江古田の木造2階建アパートから銭湯までの路地の記憶が甦った。
スイスの現代建築は、一番「風景」的存在なんだけど、むしろそれ自体では「風景」の凝縮体とは思いにくく、「風景」の中に置かれて初めて「風景から建築へ」的建築に見えるという逆説も含まれている。

青木君の作品の中ではね、僕には「i」と「G」と「ルイ・ヴィトン」の一連のもの(とくに表参道)が一番「風景」的に見えます。

美しい風景を形成している単位としての伝統的な民家や町家それ自体はどうなんだろうと考えてみると、「風景から建築へ」をテーマとした建築には見えないですね(順序関係からして当たり前かもしれないけど)。
青木君が「風景」の例として挙げた「2階建て木造アパートにくっついている軽量鉄骨の外廊下や階段や、駅前の屋根付自転車置き場」から構想された「建築」って、どんなものになるんだろうね。
石山さんの「世田谷村」みたいな感じ?まさか?
文脈的ということとは違うんだろうなあ。
文字通り「軽量鉄骨の外廊下や階段や、駅前の屋根付自転車置き場」を組み合わせた建築といえば、直島にある大竹伸朗の「I♥湯」や「はいしゃ」???

・・・とか考えているだけじゃあだめだということは3年目ともなるとよくわかる。
「じっさいやってみないとわかんないじゃん」と、ちょうど今、You Tubeの画面で大竹伸朗が言ったぞ。

暑い、もうだめだ。気にせず投稿。