震災からもう2ヶ月経ちましたね

2011年5月21日 06:42【未分類

皆さん長らくご無沙汰していました。新年度も早くも一か月が経ってしまいました。本年度が皆さんにとって充実した一年となりますこと期待しています。
今年は3月11日の震災があり、きっと不可思議な新学年の始まりだったのではないでしょうか。私も遠くオランダに居ながら、大変ショックを受けて、正直なところ一か月余りあまり何も手につきませんでした。頼りになる二人のスタッフの献身的かつ力強いサポートがなかったら事務所の仕事に支障が出ていたでしょう。
3月11日何も知らずに仕事をしていた私に友人から電話がかかってきて「すぐにテレビを見ろ」というのです。事務所にテレビはないのでまずはとりあえずツイッターをみると、中学生がNHKをストリームしているという情報が。それからというもの私は昼も夜もインターネット漬になり、テレビ、岩上安身さんのユーストリームを介した東電や原子力安全の記者会見の中継、原子力資料情報室の会見を並行して見て、フェリックスと手分けしてニューヨークタイムス、ガーディアン、ルモンド、南ドイツ新聞といった信頼できる新聞をネットで読み漁りました。日本のメディアとは違う情報、見解をツイッターにつぶやき続けました。「安全」を繰り返す日本政府とメディアの情報だけでなく、しがらみのないメディアから発信される複数の情報から複眼的に状況を判断することが必須だと私は考え、それを日本に向けて発信することぐらいしかオランダにいる私にはできないと思ったのです。今から思うとあれがいわゆるインターネット中毒というものなのでしょう。ネットを見る以外に何も集中できず、夜もよく眠れない。ベッドから出るとラップトップを開き、気付くと数時間すぎているという感じでした。

一か月ほどそういう状況が続いて、ある日震災以来始めて建築学会の建築雑誌の編集委員会にスカイプで参加したのです。すると編集長の早稲田大学准教授の中谷礼仁先生が、ラップトップのスクリーンに登場して、にっこりと「吉良さんのTLストレスたまってるから、早く日本においでよ。」と。建築会館の会議室におなじみの編集委員の人たちが座っているのが見えました。なんだかほっとして、涙が出てきて、あの瞬間私のストレスは半分消えたかな。そしてゴールデンウィーク前、もう余震もほとんどなくなり、スーパーや駅の照明が少しくらい以外は一見いつもと何も変わらない東京に戻って3週間ほど過ごしました。先週オランダに戻ってきたところです。震災の復興への道はまだ遠く、原発も問題解決の道のりさえまだよく見えません。でも日本をネット経由ではなく、フィジカルに体験して、少なくとも私の心は復興したように思います。やっと先に進めそうです。
この2カ月ネットを通して見、聞き、そして考えたことは圧倒的でした。大袈裟だけれど、私の人生はもう以前とは違う。日本も違う。10年前、テレビで崩れ落ちていくワールドトレードセンターの中継を目にして、ああ、世界はもう昨日までの世界とは違うのだ、と確信した時の感じと似ています。自分でもそれがどうしてなのか、どういうことなのか、わからないのですが。9.11以降世界は本当に違う場所になってしまいました。日本も変わる。どうなるかは分からないけれど、それが流動的で、開放的なプロセスであることは間違いない。言い換えれば、誰もが「どうなるか」に否応なく影響を与えていく、ということのです。それは選挙を通してかもしれないし、コミュニティ活動、あるいは建築家の活動を通してかもしれない。

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