アクセス解析

HANADA laboratory
Logbook:Yoshiaki Hanada
2006年12月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
御意見、御感想等ありましたらこちらまで。研究室TOPはこちら
環境・建築デザイン学科公式ブログ
PRAXIS on the WEB

2006年-12月16日(土)

 またまた3週間近い空白。
 昨日、花田研卒業生で東京の設計事務所で働くN君と電話で話す機会があり、毎日書くようにと注意された。卒業生諸君と大学とをつなぐ糸くらいにはなっているらしいと自分を励まし、身辺の出来事など、日々の暮らしのまとめ書き。
 
11月26(日)・27日(月)
 八幡浜へ行って来た。26日の午後、日土小学校でこの夏おこなった現況および構造調査の結果を住民の方々へ報告する集会が、市の教育委員会の主催で開かれたのだ。
 この調査は八幡浜市から建築学会に委託されたもので、その代表をつとめる東大の鈴木博之先生、構造調査のまとめ役の東大生研助教授・腰原幹雄さん、学校建築が専門の東京電機大教授・吉村彰さんにも来ていただいた。松山の学会・JIA関係の方々はもちろん参加。地元の方々は40〜50人くらいいらっしゃった。会場は日土小学校の体育館。
 鈴木先生の挨拶のあと、松山の建築家・武智さんが現況調査の報告、腰原さんが構造調査と構造的な診断結果、吉村先生が学校改修事例や新しい学校建築紹介などをおこなった。さて、住民の皆さんにはうまく伝わっただろうか。松村建築の文化的意義を尊重しつつ、地域の皆さんと一緒に日土小学校を甦らせたいと心から願っている。

 翌27日は、いつもお世話になっている地元のまちづくり運動家・Oさんの案内で、未見の松村正恒物件を2つ見ることができた。奥様の実家の住宅と法華津峠(西予市、旧・宇和町)の展望台だ。いずれも興味深かったが、とくに後者は珠玉の名品。コンクリート造の小さな展望台なのだが、配置計画が絶妙なことと、いかにもモダニズムという微妙なバランスの造形が素晴らしい。ちなみに法華津峠は「ほけつとうげ」と読み、こんな碑が立っている。展望台建設の詳細は、その後、Oさんが調べた結果いろいろとわかってきた。日土小学校の完成の翌年、1959年の竣工らしい。松村さんには、こういう隠れ仕事みたいなものが結構あって、なかなか全貌が見えない。そろそろ松村正恒論なり松村正恒伝なりをまとめたいのだが・・・。

 法華津峠にある展望台

 その後、私がすぐ近くの町で育ったことに興味をもったOさんが、私が小学校3年までいた旧・野村町へ(現・西予市)車を走らせてくれた。通っていた小学校などを訪ねる。40年ぶりの友人の情報などが手にはいり感激。
 さらに同町坂石の旧・船戸川橋へ。ダムに水没した昭和5年竣工の見事なコンクリートアーチ橋だ。Oさんが懸命に再評価の運動を進めている。地域を支えるのは、ひとだ!

 ダムの渇水期に姿を現すコンクリートアーチ橋

 内子町で降ろしてもらい、電車に飛び乗って松山へ。若干の打ち合わせの後、神戸へ向かった。収穫の多い2日間だった。

●11月28日(火)
 大学院の講義、3年生のエスキース。夜は大阪へ。御前浜についての打ち合わせ。

●11月29日(火)
 新校舎のギャラリーで、大学院の作品発表会「Inversio」がスタート。今日は会場での講評会。全体に内容もプレゼもおとなしいものが多く・・、これじゃあまずいぞ、と思う

●11月30日(水)
 ゼミ。卒業制作について進捗状況を聞くがまだまだだ。もっと深く考えてほしい。午後は3年生のエスキース。夕方、主任仕事。

●12月1日(金)
 非常勤校でエスキース。

●12月2日(土)
 大学院の修論の進捗状況を聞く発表会、だったが、疲れがひどく欠席。

12月3日(日)
 日曜日ですが、某自治体の某委員会で大阪へ。

●12月4日(月)
 大学。卒論の副査の査読締切日で、講評等を提出。

●12月5日(火)
 大学院の講義、3年生のエスキース。

●12月6日(水)
 学科会議、それに続けて主任仕事がらみの会議が3つ。おかげで、構造家の新谷真人さんの特別講義を聞くどころか、御挨拶もできなかった。

●12月7日(木)
 3年生のエスキース。途中から、東大建築学科のOBで関西在住の方々の見学対応。夜はその懇親会。

●12月8日(金)
 1時間目の「キャリアデザイン」という全学の1年生向けの授業を、学科教員3名で担当。要するに、環境・建築デザイン学科で学ぶとどういう分野への就職や展開があるのかというお話をする。学生さんのモチベーション向上キャンペーンですね。新校舎の吉武記念ホールで初めて授業をした。1年生中心で学科はいろいろ。500席のホールにたくさんの学生。しかし、私語はゼロ。気持ちよかったなあ。くせになりそう(笑)。

●12月9日(土)
 土曜日ですが、某自治体の某委員会で大阪へ。これで終了。
 その足で、御前浜の打ち合わせでコンサルタント事務所・Sさんへ。面白いプロジェクトが実現しそうだ。。

12月10日(日)
 村野藤吾の「西宮トラピスト修道院」と吉阪隆生の「浦邸」の見学会。京都工繊大の村野展シンポにいらっしゃった藤森先生や文化庁の堀さん、それにドコモモ100選関西展に関わったメンバーなどが参加。
 トラピスト修道院は西宮市の山の上。阪急の甲陽園駅からタクシーで10分くらい登ったところにある。むかし日建の夙川寮(駅でいうと一駅手前の苦楽園口)に住んでいた頃、前まで行ってみたことがあったが、戒律の厳しいトラピスト女子修道院ということで見学はすっかりあきらめていた。
 当然のことながら内向的な空間だけど、厳しさだけではなく、どことなく可愛らしさのようなものが漂っているような気がしたのは村野建築ゆえか。ここで長く暮らす修道女さんお二人の案内で、気持ちもすっかりゆったりとした。ここに住み、畑を耕し家畜を飼い、神に奉仕をする生活を何年も送る、ということをできるだけ具体的にイメージしようと試みる。
 浦邸は二度目。前面道路の拡幅で前庭が削られるとは聞いていたので、道路に直に面した姿にはさほど驚かなかったが、隣にそっくりの建物が建っていてびっくりした。聞くと設計者は吉阪さんのお弟子さん筋。帰ってから検索するといくつかの日記で話題になっていた。たとえばそのひとつ。ともかく驚いた。言葉を失うとはまさにこのことだ。

 
 左/西宮トラピスト修道院の屋上から甲山(かぶとやま)を望む
 右/浦邸(左)と隣接して建った保育園(右)

●12月11日(月)
 大阪で、異業種間交流の勉強会の座長仕事とその忘年会。

●12月12日(火)
 大学院の講義、3年生のエスキース。

●12月13日(水)
 御前浜の件で行政との打ち合わせ、午後は大学へ。学科会議、夜は学科の忘年会。

●12月14日(木)
 3年生の最終講評会。実に楽しかった。多くの作品がどれも面白く、プレゼンテーションもできていた。おのずと講評も長くなる。予定より大幅に遅れ、1時半スタートで7時半頃までやっていた。下級生や上級生、院生も覗くほどの盛り上がりよう。建築的テーマを見つけたと思える人が何人かいて嬉しかった。

●12月15日(金)
 非常勤校でエスキース。芸工大とは学習環境も入学する学生の気質もかなり違うとはいえ、若い人と無駄口たたきながら案を考えるのは楽しい。まるで老後の楽しみみたいだな・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■最近の本からいくつか。
鈴木成文先生の『51C白書』(住まいの図書館出版局)。編集は植田実さん。文文日記で、完成までの様子は逐次報告されていたので、「ついに完成」という感じを勝手に共有してしまう。戦後の建築学の流れを知る上の必読書が誕生したといえるだろう。
 僕は「建築計画学」という分野には何となく距離を置いたままやってきた(つもりだ)が、あらためてそれについての知識と立場を整理するのに絶好の書だ。
 文文日記では植田実編集長と中野照子さんによる実に細かな編集作業がレポートされていたが、さすがに植田さんがこだわっただけのことはある。巻頭に置かれた年表、見やすい図版ページ、詳細な注釈、栞ページの座談会も面白い。『植田実の編集現場』を書いたときは、本の構成については放し飼い的の印象だったけど、東京と神戸で遠く離れていたことや中野さんが防波堤になっていたことのお陰だろうし、何より僕が鈍く結局は植田さんの掌の上で踊っていたのだろう、きっと。
 この本は住まい学大系第二期の始まりでもあるらしい。今後どんなラインナップが続くのだろう。植田実論を書いた者としては興味津々だ。

・『建築家山田守作品集
 建築会館での展覧会に合わせて出版されたもの。その生涯を通してみると、山田守というのは不思議な建築家だなあ
ととあらためて思う。そのあたりのことを、青木淳君がこの本の中でうまく書いている。

『Ahaus』No.4
 青森で出ている例の雑誌の第4号。今回はスポーツ施設の特集で、いかにも北国という力強い風情の競技場がいい。

・鳥越俊太郎・しりあがり寿『本当は知らなかった日本のこと』(ミシマ社)。

 その他、いろいろあるが、とりあえずここまで。