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HANADA laboratory
Logbook:Yoshiaki Hanada
2006年7月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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環境・建築デザイン学科公式ブログ
PRAXIS on the WEB

2006年-7月31日(月)

 大学へ。いろいろと主任仕事。ゼミ生の相手。

 25日に書いた青木君の2冊目の作品集についての感想のうち、彼の巻頭文について、補遺。
 僕の言いたいことは、要するに、<モノの構成についての解釈の二重性>を<「意味」の二重性>に重ね、そのことをもって「青森」の豊穣さと説明するのはいかにも勿体ないということだ。
 <モノの構成についての解釈の二重性>からは、どうしてもアイゼンマンのテラーニ解釈(とくにカサデラファッショについての有名な分析
)や『OPPOSITIONS』に書いていたスターリング分析などを思い出すわけで(あるいは多少「意味」に踏み込んだヴェンチューリの「複合と対立」)、そこには多分に問題の矮小化があったと思う。そして言うまでもなく、そのすぐ先にポストモダニズムなる奇妙な時代が待っていたわけだ。
 しかし「青森」が見出したものは、そういう「二」重性や(対立する「二」項のあいだの)揺れといったカウンタブルな構図ではなく、アンカウンタブルで分節不能な「ずん胴」(僕の『青木淳論序説』参照)の物語性なんだと思う。そこには、「意味問題の矮小化」を回避する別の道が見えている。そのあたりをうまく説明する言葉を見出したい。


 ところで、西宮の御前浜整備計画の一環で、今年も夏のイベントがおこなわれます。昨年は「浜辺の幻燈会」でしたが、今年は「作戦いろいろ、わいわいACTION」。8月5日の土曜日です。詳しいことは、ここをご覧下さい。ポスターは、これこれ。お近くの方、ぜひ来てください。

2006年-7月30日(日)

 日曜日だが大学へ。昨日と今日はAO入試。僕らの学科は昨日だけだったが、今日は入試関連の主任仕事。
 卒業生の訪問もあった。僕が芸工大に赴任する前の卒業生。造園関係の仕事をしているかただ。ロール式の芝生なるものを教えてもらう。芸工大の中庭に敷き詰め、夕方になるとスプリンクラーが散水する光景を想像した。涼しそうでいいなあ。

 今週は、人事関係の主任仕事、前期最後の学科会議、前期最後のゼミ、千里ニュータウン研究関係の調査などをこなした。
 
 28日(金)は、院生T君と大阪に出た。千里ニュータウン関係の図面探し。
 そのついでに、炎天下、御堂筋を南下し、本町の御堂ビルで「TAKENAKAデザイン展 2006・大阪 −御堂筋から− モダニズム16人展-竹中工務店設計部の源流 現代16作品展-竹中工務店のいまとみらい」と、心斎橋のキリンプラザの「ニュージオメトリーの建築〜もうひとつのモダニズムをめざして〜」および「澤田知子展 MASQUERADE(マスカレード)」の3つの展覧会を見た。

 竹中工務店の展覧会は、組織と個人のあいだのいかにも竹中らしい関係を見せつけている。
 「源流」の16人と「現代」の16人。いずれも、組織人ではなく個人の建築家と言ってよいほど個性的。とくに「現代」の16人のうちには、文字通り「個人」としての仕事まで納めた小冊子を並べている人もいた。若手になればなるほどプレゼンテーションも凝っているし、デザインの傾向も伝統的ないわゆる竹中調からは離れている。プロによる卒業制作のプレゼンテーションといった趣だ。
 しかしそこには、N建設計でもなくK島の設計部でもなく、竹中調と呼ぶしかない何かがある。実に不思議だ。
 大きな組織の中で、どうしてこういう自由が保証されるのだろう。あるいは、自由であろうとする気風が、どうして個人のあいだで継承されるのだろう。
 若手のひとたちが展示している大きなパネルや自分で編集した手作り作品集を見ていると、文字通り「自己」表現である。変な言い方だが、そこにはいつでも(竹中を)辞めてやるぞというような気概が漂っている。ある意味で「危険な」そういうエリートたちと巨大な組織が、互いに他を利用しているということか。
 いろいろな意味で、学生諸君は見ておくべき展覧会だと思う。

 最近買った本の中のちょっと毛色の違う本。『ヒト 家をつくるサル』と『ぼくのしょうらいのゆめ』。

 

2006年-7月25日(火) 青木君の『青木淳 COMPLETE WORKS 2』について

 大学へ。試験期間中なので、静かなキャンパス。構造力学を教え合う学生がいたり、レポートのことで研究室を訪ねてくる学生がいたり。こちらはいろいろと事務仕事。


 青木君の『青木淳 COMPLETE WORKS 2』が昨日手にはいった。彼が送ってくれたのと柳々堂さんに予約していた分と。

 撮影を担当した鈴木理策さんの写真が特徴的で、『COMPLETE WORKS 1』がもっていた新しいタイプの建築作品集としての力強さとは別のものが追求されている。むしろ、建築に対するひとつの解釈を示した写真集、という趣だ。
 鈴木さんの写真は陰影のないフラットな印象のものが多く、さらにディテールから全体写真までが一様な大きさに焼かれてもいて、全体として建築のスケール感が消えている。
 特に印象的なのは、展示室の写真が少なく、しかもあの空間の壮大さをまったく伝えようとしていないこと。展示室等の内部写真はどれもカメラの位置が高く、空間を「見上げる」のではなく「見下ろす」感じに撮られている。あるいは、技術的なことはよくわからないが、写真の上部をトリミングしたのかもしれない。要するに本を逆にして見ると落ち着いた感じになる。おそらくそれが壮大さが消えたようにみえる大きな要因のひとつだろう。
 つまり、天井より床が多く写っている。下を向いて歩いている。写真の手前にいるひとの存在を意識させる写真である。
 雪の乗った木に始まり、桜の花弁のアップで終わる構成は、冬から春への時間の流れのわかりやすい表現。
 主人公と時間が組み込まれていて、普通に言えば、情緒的な物語づくりだ。

 もちろんそれらすべてが青木君たちの狙いだろうし、「この建築の空気のようなものを見事に写し取った」というような評価もありえるのだろう。またもや「別の」青木君を見せられた感じだ。
 鈴木理策さんの写真は、『関西のモダニズム建築20選』のときにたっぷり見た。不安定なアングルと陰のない平板な写真が、モダニズム建築の強さと合わないなあと思ったことをよく覚えている。しかし今回は、全くタイプの異なる建築が相手であり、しかも青森奇譚とでもいうべきナラティブな描写が意図されてるだろうから、ぴったりといえばぴったりだ。
 あとは好みでしょうね。
 僕はというと、こういう写真はちょっと苦手。見事な計算だなあと頭ではわかっても、身体がついていかない。そんな感じ。もちろんこれは批判ではない。

 巻頭の青木君の文章は面白い。ファンズワース邸から話が始まるのでどうなるのかと思ったら、モノの構成における見えの揺れという「意味作用の行き来」という共通点を「青森」との間に示す筋書き。設計者本人に言うのも妙なことだが、彼の「青森県立美術館」理解は全く正しいと心から思った。「意味の宙吊り」による「現前の飽和」。その通りだ。あの煉瓦の白はそういうことだったんだとつくづく思う。すべての謎に答を与える文章である。モノの構成や素材に焦点を絞った議論であり、美術館論も、歴史の話もまったくない。なるほどなあ。
 ただ、モノの構成における見えの揺れを「意味作用の行き来」と呼ぶのはおかしい、という批判はありえるだろう。文脈の問題を避けただけじゃないのか、と。
 しかしさらに、「意味に満ちた物語としての建築」というありがちな解釈を退けた点はさすが、とも思う。それは何しろ鈴木さんの写真がたっぷりと見せてくれているのだから。

 あれやこれや考えながら行ったり来たり。

2006年-7月24日(月) ドミニク・ペロー氏のワークショップ

 大阪大学が、建築家・ドミニク・ペロー氏を招聘しておこなっていたワークショップの最終講評会へ(大阪大学千里キャンパス銀杏会館)。すでにこういう講演会がおこなわれ(ポスター)、講演会と同タイトル「Would you like to wrap it?」というテーマで学生たちが設計してきたオペラハウスの講評会だ。大阪大学の学生・院生に加え、関西の10の建築系大学にも声がかかり、各校1名ずつも参加した。それらのメンバーが6つのグループに分かれ、3週間くらいの作業で完成した。芸工大からは、僕のゼミのM1・U君が参加。
 短期間の作業としては力作揃いといってもよい出来だった。
 ちょっと残念かつ不思議だったのは、短期間故にオペラハウスそのものへの提案はペロー氏からは要求されず、それを「覆う」デザインに主力が注がれていたこと。当然のことながら、学生の提案は付加的・装飾的になる。つまり、オペラハウス特有の十字形のボリュームのまわりを、ひらひらとした布状のものが「覆う」というパターン。僕などはそのことばかりに目がいってしまい、しかもそういう前提条件だったとは知らず、オペラハウスへの提案の無さへの不満をコメントしたりしてしまった。
 いわば、本番の勝負ではなく、詰め将棋的課題だったんだなあ。局所的なトレーニング。そういう課題の出し方を珍しく思った。
 ペロー氏のコメントの中では、こういう課題を繰り返すことで学生がデザインを決定するトレーニングになると言ったことが印象的。決める、決めた、という経験の積み重ねの重要性はまったく同感だ。
 ある案に対しての「君たちの案は形態の奴隷ではない点がいい」という言葉も記憶に残った。「形態の奴隷」。日本語の話し言葉だとちょっと気恥ずかしいけど・・。

 終了後の懇親会では、参加したいろんな大学の学生たちも運営した阪大のスタッフの皆さんも、一様に安堵と開放感に包まれていた。
 こういう場が継続できるといいですね。

 

2006年-7月23日(日)

 こんどは3週間近い空白。
 大雨が各地で猛威をふるう毎日。神戸も雨が多いけど、そこまでひどい降りはない。
 久しぶりに土・日と何もない休み。昨日は何をしたか覚えてない。それくらいぼんやりしていた。前期の疲れがたまっている。
 今日は久しぶりに部屋の掃除。散らかった本と雑誌と書類が限界を迎えた。わが家の平面図をご存知の方もいると思うが、南北に長い部屋の真ん中に、幅45cmのスチールの棚を3本並べた。その中にとりあえず本と雑誌を放り込み、いくつかの書類をファイリングした。それにしても本ってどうすればいいんだろう(買わないとか、捨てるという答えはノー)。
 さて、またも打ち合わせ記録のようなメモ。

●7月5日(水):午前中、ゼミ。午後は学内の会議、主任仕事。

●7月6日(木):夕方は阪大へ。千里ニュータウン研究の会。終了後は阪大・鈴木毅助教授といつもの雑談。チラシで知った「ハチミツとクローバー」なる映画原作漫画について講義を受ける。美大で学ぶ学生たちの恋の物語。映画はまだなんとかついていけそうだが、漫画の方は典型的な少女漫画。こりゃ無理だ。こういった方面への鈴木君のアンテナは学生時代からまったく錆びない。どうなっているのか。舞台は武蔵美らしい。芸工大もだれかこんなのを一発かましてほしい。
 彼と話したもうひとつの漫画ネタは西原理恵子『ユリイカ』7月号が特集を組んでいる。僕は彼女の漫画が大好きだ。子供の頃に感じたうら悲しさ。何に対してだったのかわからない、でも思い出すことだけはできる、そんな感情。

●7月7日(金):阪大の大学院でやってきた設計課題の最終講評会。

●7月8日・9日(土・日):部屋にスチールの棚を2本買ってきたことを覚えているのみ。

●7月10日(月)〜14日(金):淡々と日々の業務。講義、学科会議、卒論中間発表会、1年生の講評会・・・。

7月16日(日):西宮の御前浜整備計画の今年の企画・「メッセージプロジェクト」
の実験を兼ねたプレイベント日。アーティストの藤浩志さんによる「かえっこプロジェクト」の第一弾や、砲台の内部での映像上映実験などをおこなう。今年は芸工大側は、院生・T君ら学生がどんどん動いてくれている。実に頼もしい成長ぶりだ。したがって今年はあまり実動をしておらず、今日はせめてもの運送係。朝7時半に大学へ車で行き、機材を積み込んで学生と一緒に浜へ。夕方まで外にいてふらふら。

 砲台内部と「かえっこ」の様子。

7月17日(月):海の日で休み。昨日の疲れで終日役立たずのまま。

●7月18日(火):1・2限続けて「建築空間のデザイン」の補講をする。今年はいろいろあって休講がはいったので、初めて補講なるものをした。建築設計のためのいろんな「ものさし」を提供するというねらいの講義で、最後は、オランダ建築紹介と青木淳論を少し。建築文化アイナジー・『青木淳1991-1999』の宣伝も兼ねて。この本を通読したら、建築設計のひとつのやり方を体感できると思う。
 2年生の公園の設計課題の最終講評会。

●7月19日(水):午前中、千里ニュータウン関係の調査で某役所へ。午後は大学へ戻って、教授会、他。

●7月20日(木):3年生の集合住宅の課題の最終講評会。なかなか面白かった。

●7月21日(金):某自治体の外郭団体が主催する勉強会の1回目。いろんな企業の方々と、都市の見方について勉強していくというもの。僕が「座長」というわけだが、さてどんな展開になるか。

2006年-7月4日(火)

 午前中、講義。2年生対象の授業だが、今日の午後がデザイン実習の中間講評会というわけで、出席率が悪い。な、なさけない、と思うものの、自分が学生の頃、設計課題と建築史の授業しか出てなかったなあと思うと、大きなことは言えない、が、中間講評会やろ、やっぱりなさけないぞ。
 午後はずっと主任仕事。「主任仕事」ってなんだろと思われるでしょうが、要するに学科を運営するための人事や施設やらに関する書類作成、事務局との調整、そんな仕事です。こういうこと、まんざら嫌いでもない自分に気づくのがこわい。大学を見学に来た高校生の相手もしました。

 『住宅建築』7月号がでました。「林雅子という建築家」という特集です。海のギャラリーの頁に短いコメントを書きました。
 この号には、東京建築士会の住宅建築賞の記事があり、そこに、先日トークセッションをやってくれた卒業生・今津修平君らの「水戸-i」という住宅も載っています。また、「新田園都市実験」という連載は、僕らの学科の齊木教授によるもの。つまり神戸芸工大関係者が3人もいる。編集のH嬢(花田研卒業生)も加えると4人だ。たのもしいぞ。

2006年-7月3日(月)

 以前勤めていた短大でのゼミ生が来研。結婚して買ったマンションのリフォームの相談である。とにかく仲良くなった年のゼミで、その時の数人の女性たちとは今もやりとりがある。それぞれの結婚式では名スピーチをしてあげた。本日登場のS嬢も大の仲良し。昔の先生を使い倒そうという魂胆だ。こちらもいくらでも応援してあげようという気持ちになる。が、僕の方で図面を引く時間もなく、それにマンションのリフォームとなると細かいノウハウもあるだろうから、彼女が選んだあるリフォーム専門の事務所から出てくる図面でアドバイスすることにした。今日はその1回目。聞くと、その事務所の担当者は神戸芸工大の卒業生らしい。僕の赴任前の方だから直接の面識はなさそうだけど、もしどこかで会ってたらお許しを。あれやこれや雑談。楽しい。
 そのあとは授業準備。できるだけスライドからパソコンにデータを移すべく、奮闘。

2006年-7月2日(日)

 はっと気がつくと2週間の空白。途中、いちど書きかけたのですが、いろいろと気ぜわしく、こんなありさまです。
 しかしけっこういろんなことのあった2週間。今日は久しぶりにのんびりとした一日なので主な出来事を書いてみます。しかしなんだか打ち合わせメモみたいだ。学科のマネージメント仕事が増えて自分の勉強がさっぱり手つかず、という状況がまるわかり。

●6月14日(水)学科会議

●6月15日(木)デザイン教育センターの特別講義で入江経一さんに久しぶりに会う。『建築文化』1993年11月号の「世界とかたちのモデリング 」という特集をつくったとき以来かも。だとしたら13年ぶり!

●6月16日(金)ドコモモ100選・大阪展の打ち合わせで住まいのミュージアムへ。

●6月17日(土)兵庫県立美術館のKEN-Vi建築セミナー「美術と建築の交流」へ、青木君と西沢さんの話を聞きに行く。間際になって申し込んだら、追加募集になんとか滑り込み。500人くらいかなあ、東端の展示室いっぱいに椅子が並べられ、若い人であふれかえっていました。芸工大の学生もずいぶんたくさんいたなあ。芸工大の学生さんのお父上、僕の建築学科の同級生(県美の近くの某公的組織の偉いさんになっていた)、非常勤で教えた関西大学の学生さんなどいろんな人にも会う。今回の人選の集客力の大きさを実感。青木君は「青森」で考えたこと、西沢さんは自作とアートを引っかけた話。シンポでは、会場からの質問も含め、けっきょく青木君の方法論に話が集中。終了後、彼とふたりだけで三宮の台湾料理屋で飲む。あれやこれや。

6月18日(日)芸工大のオープンキャンパスで大学へ。

●6月19日(月)ゼミ。演習のコンペ案を持ってくるよう指示したが、不発。どういうことか理解できず。

●6月20日(火)午前中、
「建築空間のデザイン」の講義。その他、主任仕事。

●6月21日(水)教授会

●6月22日(木)
午後は某高校で授業。そこの卒業生の院生T君にも同行してもらい、後輩にひとこと言ってもらう。こういうのは先輩・後輩ともに、効く。

●6月23日(金)阪大大学院の設計課題のエスキース。終了後、鈴木君と飲む。あれやこれや。

●6月24日(土)ゼミで住宅見学会。僕らの「岡本のb」と大谷弘明さんの「積層の家」。積層の家の一番下の部屋には、娘さんの可愛いベッドが新しく壁の隙間に差し込まれていた。そのあと有志で、同行した建築家・島田陽さんの改修仕事とアトリエ見学も。塩屋の海を見下ろす山の上。生い茂る草木をかき分けて辿り着く桃源郷。

 
 「積層の家」

6月25日(日)大学へ。近くの看護大学から依頼された授業と、自分の「建築空間のデザイン」の準備。平日、こういうことが全くできない。

●6月26日(月)大学で看護大の授業の準備。夕方は大阪へ。青木君が設計した「TARO NASU GALLERY」の大阪のギャラリーのオープニングへ。予想以上に小さなスペースで驚いたが、木繊板をつかったざっくりした内装と精密な仕上がりの可動ワインバーブースとの対比が面白い。こんな小さなスペースをホワイトキューブ以外の空間にしようとした執念とそれを実現したデザイン力に感心する。担当は5月に芸工大で喋ってもらった村山君。青木君、同級生・阪大の鈴木君、村山君で、飲む。あれやこれや。

●6月27日(火)午前中、「建築空間のデザイン」の講義。
神戸市看護大学からの依頼で、「神戸学」という授業の1コマを担当。「神戸の建築」というタイトルが指定されてあれこれ悩み、まさか異人館の案内でもないだろうと思い、「神戸の建築」で挙げるとすれば、阪神大震災で失われた建物と、株式会社神戸市による開発だという話をした。もちろんそれだけだと夢がない感じなので、「住みコミュニケーション」など芸工大や芸工大の学生が関わっている町づくりプロジェクトを最後に紹介。映像たっぷり。80人くらい聞いてたかな。多くは1年生のよう。看護学をめざす学生諸君に、ぜひこういう「神戸」は知っておいてほしい。看護大は学園都市にある5大学のひとつだが、中にはいったのは初めて。学生数も少ないし、女子学生がほとんどだし、校舎はリゾートホテルみたいだし(設計は、一粒社ヴォーリス建築設計事務所だ)、芸工大とは全く違う雰囲気に驚いた。ところで今日で僕は50歳だ。なんてこと。

●6月28日(水)学科会議。そのあと4年生の演習授業の講評会。あるコンペを課題にしたが、提出数も少なく出来映えもさえない。どういうことだ。

●6月29日(木)東京へ。ある本の編集打ち合わせ。最終ののぞみで日帰り出張。車中は『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン、新潮文庫)。とても読みやすい日本語訳だ。

●6月30日(金)夜は、卒業生の今津修平君によるトークセッション。彼はAEという事務所を東京で共同で始めている。それに到る経緯と、最近の作品紹介をしてもらった。3年生有志からのリクエストがあり急きょ企画した。「水戸i」という住宅はなかなか面白い。ますますの活躍を期待!終了後、駅前で何人かの後輩と一緒に飲む。

 
 後輩の質問に答える今津君。映っているのが「水戸-i」。


●7月1日(土)山隈君の事務所へ。奈良の住宅の実施設計の打ち合わせ。

 ・・・・とまあ、読んでいただくようなことも書けず、しがない大学教員の日々の暮らしの記録です。
 今日は何も予定がなく、昼間は家にひとりいてぼーっとしていた。夕方、久しぶりに庭の草引き。昨夜大雨が降ったので土が柔らかくなっている。そのあとホームセンターにフレーム家具を見に行き、ついでに庭に植える花を買ってきた。

 『建築文化』1999年7月号・特集「青木淳 1991-1999」の復刻版がでるようですね。僕は「青木淳論序説」を書いています。少し前に彰国社から許可を求める連絡があり快諾しました。古書市場にもほとんど出ないようで、学生もほしがっていましたから。
 この特集の時点からすると、その後、青木君は予想もしなかった新しい地平を切り開いたと思う。この特集は彼の活動の最初の3分の1をまとめたような感じだろう。まだ「言葉」への古典的なアプローチをしていた頃、そして「B」が完成しそれまでとは違う方角へ舵を切り始めた頃。僕も、「序説」の次を早く書いてみたい。