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HANADA laboratory
Logbook:Yoshiaki Hanada
2006年1月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
御意見、御感想等ありましたらこちらまで。研究室TOPはこちら

2006年-1月29日(日)

 久しぶりに暖かい日曜日。今日も一般入試ですが、他学科の日なので休み。

 午後、運動不足解消に、JR住吉駅まで歩いて下りた。ちょうど35分。本屋をうろうろした後、バスで戻り、少し手前の生協前で降りておやつを買い、ビニール袋をぶら下げながらそこからさらに坂道を歩いて帰ってきた。まるで徘徊老人だ。

2006年-1月28日(土)

 一般入試の前期。少子化による厳しい状況は続いているが、昨年並みには受験生が集まった。

 ここ数日、筑摩文庫の新刊で『世界でいちばん美しい物語』。宇宙の誕生から人類の進化までの長い長い時間の出来事を、フランスの科学者たちがわかりやすく語った啓蒙書。こういう本は掃いて捨てるほどあるわけですが、僕には実にフィットした。テレビの優れた海外科学番組のナレーションを聞いているような感じで、実にわかりやすい。文章だけなんですが、ビッグバンの瞬間から人類誕生までの仕組みが頭の中で描けます。

 amazonから注文していた洋書が届く。そのうちの2冊は、THE PORTFOLIOTHE DISSERTATION。それぞれ、建築の学生向けに、ポートフォリオのつくりかたと論文の書き方をまとめた本だ。Architectural PressのAN ARCHITECTURE STUDENT'S HANDBOOKというシリーズの一部。これ以外に、CRITPRACTICAL EXPERIENCEという本があるようだ。それぞれ、講評やプレゼ、および実務についての入門書です。こんなシリーズは日本にはないなあ。感心。表紙に「Seriously Useful Guides」とある。詳しくはamazonの「なか見 検索」で目次などを見てください。

 夜、珍しくテレビを観る。10時58分からのNHKの番組「つながる」テレビ@ヒューマン」で、六本木ヒルズのライブドア本社から社員への中継インタビューと、竣工した表参道ヒルズから安藤忠雄の中継インタビュー。「ヒルズ」つながりは笑ってしまう。ライブドアっていう名前を初めて聞いたのは、たしか4、5年前。コンピューターに強かった当時の院生・K君が、メールだかホームページだかの無料サーバーとして教えてくれたんじゃなかったかな。違うかもしれないけど、「ライブドア=生き生きとした扉、新鮮な扉」という語感がいいなあと思った記憶がある。表参道ヒルズはもう竣工したんですね。なんだかあっという間だ。番組では、あんな古い建物は全部壊せという住民に対し、安藤忠雄が懸命に抵抗し、かろうじて1棟のレプリカが残ったという構図を強調した説明だった。安藤忠雄は完全に風景の保護者として描かれていた。

2006年-1月27日(金)

 昼間は大学で週末の一般入試関係の準備。
 夜は大阪へ。昨年東京でおこなわれた「ドコモモ100選展」を、今年の秋、大阪に巡回させる企画があり、その第1回目の打ち合わせ。ひょっとしてと心配しながら出席したが、今回は新たな模型づくりは無し。ほっとした。他大学のひとと大学情報の交換。組織の運営方法は学校によって違うもんです。神戸芸工大は私学としてはかなりリベラルだ。

2006年-1月26日(木)

 年末の慌ただしさから比べると久しぶりに平穏な日々。
 担当の3年生の実習は終わり、4年生の卒業制作に茶々を入れる。
 勘違いしちゃ駄目だよ、重要なことは模型の格好良さじゃないよ、筋だよ、ストーリーだよ、問題から答えにいたる論理の階梯の美しさだよ。

 DOCOMOMO Japanの会報用の短い原稿が完成。大学での建築教育とドコモモやモダニズム建築との関係というようなお題が与えられ、芸工大でやってきた授業や模型づくりのことなどを紹介した。


 最近はまったく買った本のことを書いてないが、もちろん山は隆起し続けている。
 昨年の暮れに買ったものだが、その中の一冊でぜひ紹介しておきたい本。伊達得夫の『詩人たち ユリイカ抄』(平凡社ライブラリー)。言うまでもなく、今も出ている青土社の『ユリイカ』という雑誌の源流を始めたのが伊達得夫。多くの詩人を世に出した名編集者であり、名出版人であり、名装幀家でもある。その遺稿集を単行本化した『ユリイカ抄』が平凡社ライブラリーにはいり、読みやすくなった。自分では決して詩を書かなかった詩人という趣のひとだが、この本には3編の創作童話が収録されている。これがとてもいい。詩人たちとの交友記も秀逸。伊達得夫は昭和36年に40歳という若さでなくなった。大岡信の解説文の中で、当時小学生だった娘さんの伊達百合さんがお父さんの思い出を綴った作文が紹介されていて、じーんとした。「詩人」という言葉の美しさを改めて思い出させてくれる素晴らしい本だ。

2006年-1月25日(水)

 妻のひどい風邪による家庭崩壊から何とか生き延びたと思ったら、ゼミ面接やセンター入試監督やらで落ち着かないうちに10日間が過ぎてしまった。

 3年生のゼミ選びは、例によって教員は学生を選べないシステム。今年は各研究室の定員(上限)は8人。これはその年の学生数に応じて、研究室ごととのゼミ生の数に極端な差が出ないように設定する。もちろん、きちんと割り切れはしないので、今年はどこかが0になる可能性はあるが、どこにも行けない人が出ない最小値である。学生は希望する研究室の教員と事前面接をし(その研究室に応募する必須条件)、希望研究室をひとつ提出する。で、ふたを開けてみて8名以内なら確定。8名をこえた研究室は希望者どうしで抽選をし(もちろん学科のコントロール下で)8名を決める。その結果、抽選にもれた学生は空席のある研究室に再度応募する。あとは全員が決まるまでこれを繰り返す。じっさいは2次募集でほぼ決まります。今年は昨日1回目の抽選会がおこなわれた。花田研は1回目に応募してきたのは5人で、彼らはすでに確定。2次募集で誰か来るかどうかというところ。溢れもせず少数精鋭主義の花研か。あれ、五七五だ。毎年いろんな傾向があって面白い。今年も1回目の結果はとても特徴的(学生も読んでいるので分析は避けますが・・、笑)。

 センター入試はすでにいろいろ報道されたが、21日(土)、僕も例のリスニングの監督を担当した。わずか30分の試験でも公平にやろうとするとああいうことになる。50万人分の使い捨ての機械、たいへんな量のマニュアル、多くの時間と人力。どうなんでしょうね。見合っているのかなあ。文部科学省による教育システムの支配が一層強化されただけという感じがする。マニュアルどおりに進行する試験の一員になってみると、自分自身もその支配下にいることを痛感する。各大学が好きなようにやっていた頃は受験生でしかなかったからよくわからないが、あれの何が悪かったんだろう。

 住宅の設計の仕事が舞い込み、22日(日)は山隈君と敷地を見に行ってきた。今度は奈良。今までのなかでは最も家族構成員の数が多く、しかも、ロック系というかそういう方面の楽器演奏ができる部屋がほしいというご希望だ。同時に、コストや容積・建ぺいも今までで一番厳しい。帰りがけに新しい山隈事務所で打ち合わせをし、ちょっとしたアイディアが浮上。そうそう、新しい文化はすべてガレージから生まれたんだ!

 21日(土)夜は、センター入試の監督から19時頃に解放された後、痛む腰をさすりながら大阪は梅田のCommon Cafeへ。「けんちくの手帖プロジェクト準備イベント〜architects’ BAR 「けんちく本つくりたい人集まれ」〜vol.6」をのぞくためだ。昨年の卒業生・カモメようこ嬢から出てこいという指令があった。「初代沢マン調査隊隊長」の東京理科大卒業生・加賀谷哲朗さんによるレクチャー。遅れて着いたら会場は立ち見もでる満席。4、50人いましたね。芸工大の学生や卒業生もいっぱいいてびっくり。助手の柳沢さんまでいてさらにびっくり。卒業生と在校生はもちろん互いに顔を知らず、後半はカモメちゃんもパネラーになったが彼女が芸工大の卒業生だとは在校生は全く知らず、レクチャー終了後そのへんをみんなに教えてつないであげる。在校生、みんなびっくり。主催者の方と話すと僕自身とのいろんなつながりもあって僕もびっくり。あの場にいた人々はいったいどういう糸でつながっているのか、不思議な夜だった。

2006年-1月15日(日)

 先週は大学再開で、あれやこれや。3年生に対するゼミ選びのガイダンス、短期課題の出題、大学院希望者の面接、その他学科の事務仕事いろいろ。僕のゼミは明日から面接。しかしゼミ選びは、例年通り教員には学生を選ぶ権利のないシステムだ。だから「面接」といっても、こちらが選ばれる立場のお見合いのようなさぐり合いだ(笑)。

 最近、花田研のホームページへ「卒業制作」とか「卒業設計」というキーワードで辿り着いている人がちょくちょくいる。季節柄でしょうね。でも、タイトルだけで画像は載せてないのでお役には立ってないだろうな。いずれにしても、そのへんにヒントはころがっていないはず。自分で深く考えるしかないです。

 エイドリアン・フォーティーの『言葉と建築』
のことはこの日記でも二度ふれましたが、掲示板に監訳者の坂牛卓さんから書き込みをいただき、やりとりが生まれました。ご覧いただいた通りですが、日建に勤めていたということ以外にも接点があったようで驚きました。こういうやりとりを瞬時に生んでくれるインターネットってやはり優れた道具です。

 『中央公論』2月号は「大学の失墜」という特集。受験生の減少は最も身近な大問題なのでつい買ってしまう。大きな有名大学の問題が神戸芸工大のような小さな大学の課題とすべて重なるとは思えないが、しかし、入学してくる学生の生きている(生きてきた)状況は重なっているはず。もし僕がいま大学生だったら、何を考えていたんだろう。今はあの頃より「生きにくい」世の中なんだろうか。

 安岡章太郎の『僕の昭和史』を少しずつ読んでいる。とても面白い。文字通り昭和史の記録としてもですが、それよりは、迷える若者の日々の暮らしを淡々と語っていく文体がいいです。
 小川洋子の『博士の愛した数式』、あれだけ評判だとつい毛嫌いしていましたが、とうとう読んでしまいました。とても面白かった。これも、家政婦の女性の日々の生活を描く文体の良さにひかれました。
 曖昧な言い方ですが、建築も、こういう「文体」で生活を描いたような印象でありたいと思った次第。

 妻が風邪で家庭崩壊。おかげで宿題できず。この時期の恒例行事になってきた。

2006年-1月10日(火)

 今年最初のゼミ。卒業制作の状況報告をしてもらうが、まだもうひとつ。
 現代において設計されるべきものとは何か、提出されるべき空間的イメージとは何かということを、とにかくじっくり考えてもらうしかない。いつも書くことだが、解くに値する問題を見つけることこそが卒計の最大のテーマだ。

 去年の卒業生N嬢が院生T君と来研。そうかあれからまだ1年も経ってないんだと不思議な気分になる。時間の流れと身体の動きがずれてきたか。歳をとった証拠かもね。かもめようこさん、赤めがね君、妄想君などなど、みんな元気?

 前川展の感想はないかと検索していたら、DOCOMOMO Japan事務局長の兼松さんのブログで発見。学生諸君、喜べ、紀伊國屋書店の写真だ!
 ついでにトラックバックのページをのぞいていたら、吉阪隆正についての本を書いた倉方俊輔さんのブログに出会う。12月の分に前川展のことが書いてある。さらに1月分には、僕も先月ふれたエイドリアン・フォーティーの『言葉と建築』についての賞賛と監訳者の坂牛卓さんとのやりとりも読める。お二人とも面識はないが、ネット上でこんな情報をキャッチできるのはとても楽しい。

 お薦め本!『地べたで再発見!「東京」の凸凹地図』(技術評論社)。東京の起伏のある地形を、赤と青の眼鏡をかけ見る飛び出す写真で実感させてくれる本。面白いです。実はこの本、以前僕らの学科の事務室にいらした女性Tさんの今年の年賀状で知ったもの。彼女の息子さんが執筆に参加しておられるのです。で、またまたネットつながりですが、建築家の秋山東一さんのブログでも取り上げられているのを発見(1月6日)。秋山さんは例のOMソーラーで有名だし、『植田実の編集現場』の評もブログで書いたりトークショーに来てくださったりした方。メカ好きの秋山さんの目に止まった本です。これは間違いないです。

 短い原稿ひとつ完了。次はDOCOMOMO Japanのニュースレターの宿題。

2006年-1月5日(木)

 明けましておめでとうございます。
 本年も神戸芸工大と花田研をどうぞごひいきに。

      今年のわが家の年賀状のカット犬

 さて、久しぶりの寒い正月。
 元日の夜から高知の実家に帰り、昨日の夜神戸に戻ったが、途中の高速道路脇にも珍しく雪が少し残っていた。夕刻の青くなった山並の一部に三角形の白い雪の部分がある風景。ああそうだ、愛媛の田舎にいた頃の冬ってこうだったと、車を運転しながら小さい頃の記憶を懐かしく思い出した。
 高知では、牧野富太郎記念館で、家族旅行で来られた建築家Tさん御一家とばったり。

 年賀状で、昨年生まれていたいくつかの「接点」を知った。
 学生時代のクラブの友人で、都市工学科から大手鉄鋼メーカーに就職したN君の年賀状に、昨年、愛媛大学の曲田先生とやった対談「生きつづけるモダニズム建築−八幡浜市立日土小学校」を読んだとあった。掲載されたのが、三晃金属のPR 誌『Sanko』No.278なので、金属メーカーつながりで目に止まったようだ。
 また、学生時代に知り合った、当時は某女子大の学生で、その後、英文学の研究者になった女性は、池袋のジュンク堂での植田実さんとのトークショーの情報はキャッチしていたが所用ありで行けなかった書いてきた。僕が東京を離れて以来会ってなくて年賀状の交換だけは続いている方なのでとても残念。
 もうひとりは、日建時代の後輩で、『STORY』10月号で「岡本のb」の住み手インタビュー記事を見たという女性からの感想。ああこういう雑誌を見てはるんだと、なぜか関西弁になる。
 こういう思わぬ「再会」はとても嬉しい。今年はどんな出会いをばらまけるだろうか。