Logbook:Yoshiaki Hanada
2005年1月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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2005年-1月31日(月)

 朝パソコンを立ち上げると、さらに詳しく千里開発当時の様子を記したメールが届いていた。感激です。ちょっとした研究になるかも。近い過去の記憶を継承していくことの必要性を痛感。貴重な資料がいつの間にか消えていくことを、少しでも阻止しなくてはいけない。

 大学へ。ある建築家のかたから、模型づくりのバイト募集の連絡があり、元気そうな2年生に声をかけてみたところ、何人も興味を示してくれて一安心。春休みも近いし、大学の外でじっくり過ごすのも良い経験のはず。
 卒業制作の提出まであと1週間。しかしいつも思うが、段取りが遅い。卒制はプレゼに2週間をかけなくてはいけない。しかしまあ、ゼミ室や製図室がやっとそれらしい雰囲気になってきた。今年は大きな模型が多い。下級生の手伝いもうろうろしている。僕はそういう製図室をひやかして回るのが大好きだ。学生から、また来ましたねと言われた。4年生の諸君、もっと緊迫感を。最後の1週間の集中力、スピード感と緊張感、そして下級生を拘束する腕力。それがすべてだ。「太陽は自分のために昇ると思って頑張れ!」とは、学生の頃先輩から聞いた早稲田の伝説的な人物の言葉。
 次年度の学科案内の文章づくり、年度末の予算処理の書類づくり、レポートの出題などをやって、あっという間に夜。

2005年-1月30日(日)

 千里ニュータウンの開発に関して調べたいことがあり、以前、千里のことでお話をうかがったKさんに問い合わせをしたところ、当時の同輩の方々へメールを回していただき、今朝、さっそくお二人の方からメールで貴重なお返事をいただいた。そのうちのおひとりとは、さらに夜までメールのやりとりが続き、貴重なお話をうかがった。こちらの不勉強を恥じ入りつつ、しかしそうやって、自分より20歳ほど年上の方と、しかもお目にかかったことのない方から、メールでいろいろなことを教えていただけるなんて、やはり時代は進んでいると実感した。しかし皆さん実に迅速な対応で、びっくりしました。

 戸田山和久『科学哲学の冒険』。NHKブックスの新刊。論理的な思考のトレーニングにも、卒論を書く準備としても、なにより科学哲学という分野への入門書としても、とてもいい本だ。次年度のゼミは最初これをみんなに読まそうかな。

2005年-1月29日(土)

 一般入試(前期)。ふー。

 空き時間に、千里ニュータウンの某資料についてのメールのやりとり。

 『妹島和世+西沢立衛読本-2005
を拾い読み。よくこんな不思議な世界を見つけたもんだ。

2005年-1月28日(金)

 1年生の小さな課題の講評会。きちんとやっているひとが多く、一安心。
 明日の入試を受ける受験生が下見に来ていて、製図室を案内する。
 2月12・13日に金沢の21世紀美術館を見に行く予定で、院生と宿取り作業。

 内田樹の『先生はえらい』。筑摩書房が新しく始めた「ちくまプリマー新書」の第一回目配本の1冊。編集長はこの人
 先日、阪大の友人・S君から、「荷宮和子のことどう思う」と聞かれ、知らない名前だったが、書名を聞くと「ああ、あれ」と思った。読んでなかったが、本屋ではよく見かけたもの。『若者はなぜ怒らなくなったのか』『声に出して読めないネット掲示板』『なぜフェミニズムは没落したのか』の3冊。ぱらぱらやってみましょう。
 大塚英志
『戦後民主主義のリハビリテーション』。おたく論、マンガ論は苦手だが、これは読めそう。帯に「空気に抗え!「サヨク」の矜持」。
 原田多加司『屋根の日本史』

2005年-1月27日(木)

 2年生の最後の課題(町並のデザイン)の最終講評会。楽しかったです。元気のいい学年で、講評のし甲斐がある。ワインパーティーを終え、4年生の卒計をひやかしているとあっという間に9時だ。

2005年-1月26日(水)

 来年度のゼミ生決定。僕のところは6名。みんなそれぞれに特徴のあるひとばかり。楽しみです。
 夕方、大阪へ。以前、僕が喋った勉強会で、今日は阪大の鈴木君。「居方」研究の一端を見せてもらって勉強しました。
 『文化資源とガバナンス』と『近代建築遺産の継承』をぱらぱらやっている。日土小の保存を考えるための理論武装。

2005年-1月25日(火)

 午前中、大学院の講義。午後は受託研究の打ち合わせで西宮へ。

2005年-1月24日(月)

 『デザインの生態学』。アフォーダンス理論のデザインへの応用。なんとなくおまじないを聞いているようだ。

2005年-1月23日(日)

 ここしばらく書いては直ししていた日土小学校関係のある文章が完成した。さてどうなるか。この建築とも長いつきあいになった。

 水仙とキンカンの木を買ってきた。庭に植える。
 辻征夫の『私の現代詩入門』をぱらぱら。このひとの解説はほんとうに優れているな。

2005年-1月22日(土)

 九州大学芸術工学部へ。もとの九州芸術工科大学だ。大学名は変わったが、恒例の20分の1の住宅模型を作る課題の講評会。今年も立派な模型ができあがりました。で、例によってその写真をここに掲載するつもりだったのですが、デジカメからパソコンに取り込んだ後、消してしまうというミスをやらかしてしまいました。現在、写真をいただけないか九大の先生に問い合わせ中。しばらくお待ち下さい。九大の諸君も、ごめんね。

 新幹線の中で田中一光の『田中一光自伝 われらデザインの時代』。有名なデザイナーの名前がどんどんでてくる。建築の世界との違いですね。60年代の華やかさがよく記録されている。

 ・・・で、九大の大井先生からデジタル写真のデータを送っていただいたので、それを貼ります(2月7日)。力作揃いです。
 ところで、それぞれの模型は何の模型かわかりますか?正解は、大井研のホームページのここにあります。

















2005年-1月21日(金)

 所用で大阪へ。ついでに、grafgraf media gmでやっている奈良美智展「Shallow Puddles」へ寄ってきた。8角形のお堂のようなものが展示スペースの隅に置かれ、その周りをぐるぐると回るようになっている。お堂の中も展示スペース。ベニヤの簡単なつくりで真っ白にペンキが塗られている。8角形の周囲の細い通路が迷路のようでとても長く感じたのが面白かった。奈良美智の展覧会は初めてという相変わらずの不勉強ぶりですが、これまでの展覧会で会場に作られた小屋とか部屋のようなものはどれもいいなあと思っていた。今回の8角形が生み出した距離感はとてもいい。こういうセンスって学ぶべきだな。

 大阪に行ったので大阪の本を買った。『大阪・新長屋暮らしのすすめ』、『飛田百番』、『大阪人』2005年2月号(特集「モダニズム 心斎橋」)。「百番」は日建時代に友人たちと行ったことがある。別の日の昼間、ひとりで周辺の町を写真に撮ってたら、怖いお兄さんに怒られた。ゼミの宴会、ここにしようか。
 『en-taxi』08号。始めて買ったが、磯崎さんが中国を論じている。不思議な雑誌だ。

2005年-1月20日(木)

 午前中は岡本の住宅の現場。午後は大学でゼミ生の卒業制作の相手など。3年生は今日が希望ゼミ登録日。さて、来年度はどんなメンバーだろう。

 『観覧車物語』(福井優子、平凡社)という本がでていて、思わず買ってきた。というのも、「観覧車」というテーマは、昨年僕のところで修士を終えたS君の、修士論文の当初のテーマだったからだ。僕もまったく知らない世界だったが、なんかありそうな感じがした。が、なかなか進展をみず、結局、建築ジャーナリズムの方へ関心を移し、雑誌『都市住宅』についてのいい論文をまとめた。著者の福井優子さんは、いうまでもなくたいへんな観覧車マニア。追っかけだ。貴重な写真、楽しい写真がいっぱいの本。

2005年-1月19日(水)

 午前中、学内の委員会。午後、学科会議→教授会→終了後、学科会議の続き→18時から学内の別の会議、21時頃まで→残務処理→帰宅。

 深夜、珍しくテレビをつけるとNHKで震災後10年のシリーズ番組をやっていた。記憶にある映像や顔が映る。当時取材した町や人の10年後を追った番組だ。震災後の1年くらいはテレビで震災関連の番組をよく観た。録画もした。10年たって、当時74歳で妻を亡くした男性は84歳になっていた。10歳で父親を亡くした小学生の男の子は、20歳になって工場で働いていた。その母親は、テレビに映ることは拒否し、10年たっても傷が癒えないというメッセージだけを寄せていた。そうか僕も38歳だったんだ、とあらためて思った。この10年やってきたことをいろいろと思い出した。

2005年-1月18日(火)

 午前中、大学院の授業。
 夕方、3年生の短期課題の講評会。2課題からの選択で、ひとつはアイディアコンペの「A TOWN LANDMARK」。ランドマークとは何か、自分なりの定義をどう拡張するか、より広い概念のシンボルとはどう差異をつけるか、そのへんの解釈力が試される。3年生はこれで設計課題はすべて終了。

2005年-1月17日(月)

  所用で大阪へ行った後、大学へ。ゼミ希望者の面談やゼミ生の卒制の相談など。面談者は、今日は3人。僕の予定日はこれで終わりで、全部で15人。定員は各ゼミとも9人。たしか一昨年くらいまでは、第二志望まで書かせて、しかも第二志望の先生とも事前面談を義務づけていたから、かなり面談者が多かったが、昨年から第一志望の先生との面談だけが義務になり、急に訪問者の数が減った。ちなみに、当学科では教員が学生を選べないようにしてあり、9人を超えた場合は抽選である。

 阪神淡路大震災から10年目。10年前の今朝の午前5時46分だった。10年という時間の長さをしみじみと実感する。


 その瞬間の恐怖感や、まだ真っ暗なあいだの不安感はもちろん鮮明に記憶しているが、それらとは別に、あの日の朝の自分の不思議な行動でよく覚えていることがある。それは、日が昇ったあと、僕が室内の掃除を一生懸命やっていたということだ。東灘区の山の上のマンション。周囲にはとくに変わったことはないように思えた。壊れた家具を片づけ、破片をベランダにほうり出し、倒れたテレビを戻し、ドアが開かなくなった部屋の中の様子には気がまわらず、とりあえず居間や台所をもとに戻そうと掃除をしていた。でもとても片づけきらない。家具なんかがばらばらに壊れてしまっているのだから。そのことにいらいらしていたことをよく覚えている。
 そうやってふつうに掃除をし、部屋が片づけばそれで一段落、みたいな、ごく日常的な気分でいたような気がする。つまり、まだ、山を降りていった先で何が起こっているのか、想像すらできていなかったのである。
 音が消えていたこともよく覚えている。ふだんなら山の下の方からわーんという感じで聞こえてくる街のいろいろな音が消えていた。まわりも、自分の頭の中もしーんとした中で、ひとりごそごそと部屋を片づけていた。
 それが午前中の行動だったか。日常と非日常のあいだの、実に不思議な感覚だった。
 それから次第にいろんなことがわかってきて、僕は不安の谷底に落ちていった。

2005年-1月16日(日)

  センター入試2日目はお仕事無し。家でなんとなくぼんやりしていた。

2005年-1月15日(土)

  大学入試センター試験の監督。神戸芸工大も今年からセンター入試を利用した入試をおこなうことになった。幸か不幸か試験会場にはならなかったが、近くの流通科学大学でおこなわれる試験に参加。初めてのことでもあり、大したことはしてないのに、疲れました。

 帰り、久しぶりに本屋。夏目房之助『あの頃マンガは思春期だった』、沼野充義『屋根の上のバイリンガル』、内田青蔵『「間取り」で楽しむ住宅読本』、増田真樹『超簡単!プログ入門』。ばらばら。「あの頃・・」は、マンガには詳しくない僕にも共感できる青春記だ。「屋根の・・」は、博覧強記のロシア文学者による言葉を軸にしたエッセイ。何の本といいにくい。あとがきにも「これはいったい何についての本か、と聞かれたら、われながら分類しにくい妙な本だとは思いつつも、やはり「コトバ」を扱ったもの、としか答えようがないだろう」とある。語学はからきしだめな僕でも、「それについての」議論としてはついていける。論じ方じたいがとても面白い。プログについて、学生諸君、だれか教せーて!このページも移行しなくてはいかんかなあ。最近、ホームページ(の表紙)がプログになっているひとが多くて、しかも面白いんですよね。

 宿題1が手を離れたせいでしょうね、ちょっと気が抜けている。

2005年-1月14日(金)

 少し寒さが和らいだ。

 大学へ。日土小学校関係の某書類の草稿書き。
 ゼミ面接はひとりだけ。2階の製図室を覗きに行くと3年生が何人かゼミ選びでわいわいやっている。壁に紙を貼って各自第1希望先を書こうという自主企画。事前調整をしようという作戦らしいけど、さてどうなるでしょうか。この時期の一番のお楽しみだ。僕のところは、互いの雑談の相手になれる人希望ということにしてある。 ゼミ生の卒計にアドバイス。これも雑談係のお仕事。とにかく見せに来てね。見せないと損、損。

 某編集部から某取材仕事の依頼。正月早々でお年玉という感じだが、もらっていいかどうか手が震える感じのもの。

 青木君の青森の美術館の現場にいる花田研卒業生の村山君のサイトで、僕のリクエストに応えてくれて雪に埋もれた現地の様子を伝えるページが始まった。いやあ、すごいね。当たり前のことだけど、完成しても冬になるとこうなるんだ・・。

2005年-1月13日(木)

 4年生とゼミ。卒業制作の様子を聞く。あれこれアドバイス、というか、盛り上げ係。

 昨年の夏、日土小学校でやった夏の建築学校のまとめの冊子の校正。愛媛大学の学生さんたちが、2日間の記録をとてもたのしくまとめてくれている。その他の原稿も読み応え満点。もう少しで完成です。建築学会四国支部からの発行になる冊子ですが、これで日土小や松村正恒関係のものが3冊できた。再編集してどこか本にしてくれないかなあ。

2005年-1月12日(水)

 寒い。 芸工大はかなり風通しのいい立地である。ここ2、3日は凍るような寒さ。夜は駐車場にとめた車のガラスが凍っている。

 午前中、学内の委員会。 午後は、3年生のゼミ希望者との面談の初日。10人ちょっと来室。そのあと受託研究関係の打ち合わせ。

 ゼミ室では、泊まりの好きな赤めがね君他が卒業制作の作業を始めている。今日の夜は3人でスパゲティをつくってた。こういうことがてきぱきとできる若い人たちって、羨ましいです。

 芸工大の学生諸君がやっている「住みコミュニケーションプロジェクト」のホームページが一新されています。上手。こういうことがちゃっちゃとできる若い人たちって、羨ましいです。

2005年-1月11日(火)

 いまさらですが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします

 本日から本格的に大学がスタート。さっそく大忙しで、夜9時頃まであれやこれや。大学院の授業→カリキュラムの打ち合わせ→受託研究の打ち合わせ→3年生へのゼミ配属説明会→カリキュラムの打ち合わせ→受託研究の打ち合わせ→ゼミ生のお相手・・・。
 ゼミ室では、やっと卒業制作のエンジンがかかり始めた。早くも泊まり込み体制にはいった者、約1名。明日からは、ゼミ希望者との面談も始まります。毎年のことながら、年度末が近づいてきたことを実感する。

 冬休みは、宿題1の校正と追加の文章づくりに専念して、今朝、やっと僕の手を離れました。あと2回くらいゲラが出て、最後の細かなチェックです。ふー。やっとここまできた。
 高知の実家に帰ったついでに、金比羅さんに寄ってきました。鈴木了二さんの設計した社務所や祈祷所がある。鉄、土、コンクリート、木といったさまざまな素材や、現代と過去のモチーフがぶつかり合う様子は、まさに「物質試行」。ただ、なんと言ったらよいか・・、そういう「衝突」にあまり感激しない自分がいるのも確か。時代が変わったのか、自分が変わったのか、歳のせいか。
 最近、実家に帰ると自転車で町中まで出かけることが多い。高知市なんて小さな町だ。家から15分も自転車をこぐと中心部に着く。中・高校生の頃の行動を思い出す。放課後、必ず寄っていた本屋。長い休みにすることもなく走っていた裏通り。あ〜〜あ、歳をとった。

 正月明けの某大学の新年会で、同級生のS君と珍しく建築談義。S君、冬休みに見てきたという金沢21世紀美術館を絶賛。そうだろうなあと僕も思う。「集落のように、都市のように建築をつくる」というアイディアは昔からあるし、学生の設計でも頻出解の代表だ。でも、実際にはそういう空間を、現代建築として、僕らはきちんと見たことはなかった(ように思う)。金沢は、そのアイディアの素晴らしさを証明した最初の建物ではないだろうか。そして、そういうメタファーが、公共的な空間をつくる上でいかに有効であるかということを。
 また、美術館というビルディングタイプには、まだまだ新しい形式があり得たということを証明した点でも画期的だ。磯崎さんの美術館論への反証でもある。彼は何らかの反応をすべきではないだろうか。
 場所にも恵まれた。金沢。日本中からアクセスできる。何しろ、町のイメージとぴったりだ。雪国の白、華やかな文化性。それに何より食べるものが美味しく、温泉郷もある。女性にも男性にも人気の都市だ。一昔前のイメージでいえば、「ディスカバー・ジャパン」にぴったり。あの美術館をモチーフにした観光ポスターがつくれそうだ。リピーターも多く、経済的な貢献度も高いのではないか。妹島さんたちのベストだろう。これで学会賞をとるべきだった。
 S君との話で一番面白かったのは、では金沢の形式をほかの場所で真似してよいのだろうかという指摘だ。愚問かもしれないけど、そんなことを思うくらい、成功しているように見えるということだ。
 S君からは、建築の世界ではどう評価されてるのと質問を受ける。あんたも建築界の人間でしょうがと言いたいが、それはそれ。で、どうなんでしょう。真似をしていいのかという疑問がわくくらいそれは一般性のある答えだけに、容易にほめにくい雰囲気なんかあるんだろうか。僕も建築の世界での評価、よくしらない。
 見もせずにこんなこと書いても仕方ないが、予想がどれくらい当たっているか、なるべく早いうちに確かめてみたい。

 今さら紹介するまでもないでしょうが、『東京ファイティングキッズ』、とても面白いですね。内田樹先生のホームページは毎日チェック。勉強になる。