Logbook:Yoshiaki Hanada
2004年12月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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2004-12月28日(火

 「宿題1」の細かな校正。「校正」はほぼ終わったが、最後の部分はいろいろと書き加えが必要。少し新規の原稿を書き始める。けっこう長いですから我慢して読んでくださいねと、今から予防線。

 校正中に、ある建築家の名前で検索をしていたら、このページに行き当たった。もとページはこれ。さらにもとを辿るとここになる。で、気がつくとそこではこんな企画がある。メンバーを見ると、八束・彦坂・菊地というラインナップで、これはもう僕らの世代にはなんとも懐かしい名前だ。

 夕方、本屋へ。『住宅建築』の1月号と、思潮社から刊行が始まった「詩の森文庫」から2冊。田村隆一の『自伝からはじまる70章』と辻征夫の『私の現代詩入門』。「詩の森文庫」は良い企画だと思う。帯色が青の「クリティック」、茶の「エッセー」、緑の「詩」の3ジャンルに分け発行するらしい。第1回配本は、青帯5冊と茶帯5冊の計10冊。僕が買った2冊はどちらも茶帯。学生諸君が言葉についての感覚を養うにはもってこいなのではないだろうか。ちょっとちくま新書にデザインが似ているのが気になるけど・・。

 今日は寒い。東京は雪が舞ったとか。スマトラ島沖での地震と津波の被害、昨日の倍くらいの数字になっている。

2004-12月28日(火

 家にこもって「宿題1」の細かな校正。終わりに近づいてきた。ここ3日ほど、大学の仕事から解放されて自分のことだけやっている。こういう状態、何か月ぶりだ?寝るのが惜しい。先週末、「ほんとうにごめんなさい」という内容の葉書が届いたかた、その主な原因はわたくしの「宿題1」の遅れです。すみません。でもたぶんもう大丈夫。3月にはきっとお届けできるでしょう。とにかく細かくチェックして、ミスの無いようにしなくてはいけない。

 スマトラ島沖での地震による津波の犠牲者の数、ついに3万9千人とかいう数字が流れている。アフリカでも死者が出たとか、波が地球を3周したとか、とにかく自然の力のすごさには驚くしかない。

2004-12月27日(月)

 大学へ。ゼミ生の卒計の話し相手。
 本屋でいろいろと仕入れる。年末で雑誌も早めにいろいろ出ているし、単行本も正月休み用を意識してか、面白そうなものがいっぱい並んでいた。そのうちの1冊、工藤幸雄の『ぼくの翻訳人生』は、有名なポーランド文学の翻訳者の自伝だ。帯に「言葉に精通するためには人生はあまりにも短すぎる」とある。満州での少年時代から占領下での翻訳仕事などの思い出は、ちょっとした映画を見るような興奮を味わえる。

 夜は「宿題1」の細かな校正。

2004-12月26日(日)

 家にこもって「宿題1」の細かな校正。

2004-12月25日(土)

 岡本の住宅の現場へ。今年最後の打ち合わせ。
 家にこもって「宿題1」の細かな校正。
 自宅の敷地周囲の排水溝の勾配がとれてなくて、夏、雨のあとの水たまりが蚊の発生源になっていた。以前から気になっていたので、家をやってくれた工務店に頼んでモルタルでかさ上げ工事。150分の1くらいの一定勾配にはなった。

2004-12月24日(金)

 午前中、学科の設計課題の見直しの打ち合わせ。お昼、AO入試2期の判定教授会。午後いろいろ雑用。夕方某新聞社の記者がいらして、ニュータウンの高齢化や阪神大震災やらの雑談。ゼミ生の卒計の話し相手に少しなって終了。

2004-12月23日(木)

 久しぶりの休日。11時過ぎまで目が覚めず、あとは部屋の片づけと模様替え。宿題1の最後のまとめ体制だ。年内に校正と追加部分を書いて完成予定。

 やっと冬らしくなった。外はぐっと冷え込んでいて風がごうごう鳴っている。年末という気分がやっとしてきた。慌ただしい1年だったなあ。来年は良い年になりますように。


2004-12月22日(水)

 午前中は9時半から学内の委員会。午後は大学院の共同プロジェクトの発表会。夕方抜け出して、受託研究の打ち合わせとカリキュラムの検討。18時からは22時まで長い長い学内の会議。
 研究室に戻ると、今日はゼミ室で打ち上げの鍋パーティーがおこなわれており(先生不在で敢行された!、笑)、残り物をありがたくいただく。
 毎日遅くまで事務的な仕事や会議や打ち合わせばかり。世間とも家族とも接点無しで生きている。

2004-12月21日(火)

 10時から1日かけて3年生の設計課題の最終講評会。力作、というか大作がいくつかあり、感心した。夜7時半頃からワインパーティー。これもかなり話の花が咲き、盛り上がった。なかなか期待できるメンバーがいる学年だ。
 終了後は受託研究の打ち合わせ。ふー。

2004-12月20日(月)

 「宿題1」と書いてきている仕事の打ち合わせを大学で。東京からわざわざ関係者お二人がいらっしゃった。来年3月に出版を目指している本です。詳しくはいずれ。三宮で簡単に食事をして新神戸へお見送り。

2004-12月18日(土)

 福岡へ日帰り。九州大学芸術工学部の非常勤。昨年までは九州芸術工科大学ですが、九大と合併したわけですね。恒例の1年生に20分の1の住宅の模型をつくってもらう課題です。今年はやり方が少し変わって、今日はスタディー用の100分の1の模型と、作りかけの20分の1の模型を見せてもらい、これからの方針等についてアドバイスした。九州大学芸術工学部になって最初の学年なので、学生気質に変化があるかどうか興味があったのですが、少なくとも今日はこれまでと同じ印象。力作を期待しています。

 ところで、博多の地下鉄のホームには、写真のような自動開閉する柵が設置されていました。東京の地下鉄では見たことあったけど、地方では初めて。大阪にも神戸にもまだないですよね。これなら安全。神戸市も、がらがら路線を延ばすのじゃなく、こういうことにお金を使ったらどうだろうか。ちなみに福岡は、新路線をつくり、そこにはこの柵をつけたので、既存の路線にも設置したとのことでした。

 

 往復の新幹線の中では中島らもの『今夜、すべてのバーで』。ぐっとくる。人間とは何かに依存しなくてはいられな
ない生き物だという哀しさが全編に溢れている。自分と他者を観察する中島らもの冷静で明晰な眼が痛ましい。学生諸君、ぜひ!

2004-12月17日(金)

 忙しい。曜日の感覚がない。相変わらず学内のいろんなお仕事。

12月12日(日):入試関連の仕事で終日大学。
●12月
13日(月):車で大阪での所用を済ませ、ついでに山隈事務所へ寄って岡本の住宅の模型を届ける。それから大学へ。
●12月14日(火):大学院の授業。今日からDOCOMOMOが発行した論文集から選んだ英語論文の輪読。午後、3年生の実習のエスキス。大学院の共同プロジェクトの発表会の打ち合わせ。
●12月15日(火):学科会議、教授会。19時半からは、CAP HOUSEでレクチャー。朝日新聞の「住まいいろいろ」の連載をテキストにして、それに映像を加え、住まいをめぐるいろんな話をさせてもらった。ご存じの方も多いと思いますが、この組織の活動はとても興味深い。藤本由紀夫さんも聞いてくださっていたが、僕の子供の頃の家の平面図の中のイチジクの木にこだわっておられたのが可笑しかった。そういえば昔の家の庭には、しかも、どちらかといえば裏の隅っこにイチジクの木がありましたよねえ、というような話。ほんと、そうですよね。美術家のこういうこだわりや観察眼は面白いなあ。
この建物を訪れるたびに、僕の中のアートコンプレックスが少し改善される。
●12月16日(水):3年生の実習のエスキス。夜は三宮で学科の忘年会。終了後、芸工大メンバーがよく行く「でっさん」というバーへ。82歳のおとうさんがひとりで切り盛り。前回、アイシオールの酒豪女性編集者お二人をお連れしたら閉まっていたので心配だったが、一安心。

 ・・・で、本日は卒業制作の中間講評会。はっきり言ってまだまだである。もっと深く考えてほしい。提出は2月8日。これからの1カ月半、気を散らしてはいけない。卒業制作のことだけを考え続けなくてはいけない。それができるかどうかで、自分の自分に対する評価が決まる。個別相談に応じます。いっぱい喋りにきてほしい。言葉とスケッチの思考をぎりぎりまで追いつめて、その先にふっとイメージが浮かび上がる瞬間を体験できるかどうか。学生諸君には、そういう体験の有無が、今後の人生を大きく左右すると思ってほしい。

2004-12月11日(土)

 午前中、岡本の住宅の現場。断熱材がはいった。山隈君、伴さん、工務店のひとたちとサッシュの細かな打ち合わせ。午後は大阪へ。御前浜整備計画についての打ち合わせ。そのあと、18時からは、昨年大阪大学を退官された舟橋國男先生の編著書『建築計画読本』の出版記念パーティーへ。間もなく書店に並ぶでしょうが、ここにほんのちょっと情報あり。人間と環境との関係を考えるときの必読書です。いろんな人に会えて、また舟橋先生の楽しい人柄もよくでて、楽しいパーティーだった。
 帰り、中之島から梅田まで歩いていたら、乾さんがやったルイ・ヴィトンに遭遇。いろんなところで写真は見ていたが、あ、ここにあったの、という感じ。いけませんね、こんなに世間知らずでは。

2004-12月10日(金)

 『住宅建築』『ちるちんびと』『CASA BRURTUS』それぞれの最新号を買って大学へ。カリキュラム関係の資料づくり。あーあ、大学で研究や勉強をしないでどーする。15時からは学部生による自主的な勉強会に顔を出す。夜は久しぶりに早めに帰宅。ふー。

2004-12月9日(木)

 午前中、卒業制作について、ゼミ。まだまだという印象。学生のあいだにどこまで深く考えられるかは自分を知るためのバロメーター。がんばれ。
 午後は3年生のエスキース、途中、共同プロジェクトのレポートや、カリキュラムについての事務局等との打ち合わせ、就職相談などが割り込む。夕方からエスキース再開。スタジオに陣取って寄ってきた学生を、脅したりなだめたりおだてたりあやしたり。わーわー言ってるとあっという間に時間がたつ。終了後、さらにカリキュラムや入試の打ち合わせ。たしかに師走だ。
 明日は、学部の学生たちが始める読書会に顔を出せといわれている。言葉と建築について考えたいとか。こういう自主的な動きはとてもいいことだ。

2004-12月8日(水)

 ・・というわけで、午前4時40分にゲラのチェックを終えて消灯。3時間半ほど寝て大学へ。9時半から学内の某委員会。大学院の講義関係、先日来の就職関係のことをばたばた処理し、編集者Nさんと電話打ち合わせ。午後2時頃、植田実さん到着。2時40分から特別講義「集合住宅・解題」開始。戦前の集合住宅のスライドをたっぷりと見せてもらいました。学生たちとのワインパーティーのあと、三宮のいつもの台湾料理店で植田さんを囲んで食事。

 学生諸君!とにかく図書館で『都市住宅』を見てね。植田実という名前で本を検索してみてね。そのことによっていかに
世界が広がっていくか、びっくりしてみてね。

2004-12月7日(火)

 取り込んでしまっていたゲラの校正を開始。しかし午後は3年生のエスキース。その間に、急に舞い込んできたいくつかの求人情報の整理などの連絡仕事。18時から学内の重要会議。研究室に戻ったのが21時半くらいか。そのあとさらに就職の件を処理して家に帰ると23時。夕飯を食べ風呂に入り、さらに就職関係のメールをあちこちに打ち、ゲラに向かおうとしている今は8日の午前2時22分だ。

2004-12月6日(月)

 日記を書く気にもなれず、またそんな時間もない1週間。
 気がつくと12月にはいっていて、しかもすでに1週間たっている!
 日建時代に逆戻りしたように毎日遅くまで大学に残り、何をしていたのか思い出せないくらい慌ただしかった。
 ほんとに何をしていたんだろう・・・。

 入試関係、広報関係、受験希望の高校生の相手、大学の組織関係のことなどに追いまくられた。
 その合間に講義とその準備と3年生の設計の相手。
 週の後半は住宅の模型づくりの追い込みをゼミ生に頼み、その対応も加わった。徹夜までしてくれたみんな、ありがとう〜(永ちゃんふうに)。
 あ、そういえばインフルエンザの予防接種にも行ったな。
 4日(土)5日(日)は岡本の住宅の現場。住み手を交えて仕上げ関係の細かい打ち合わせ。

 「夏の建築学校 in 日土」のまとめの報告書用原稿は、ちょっとフライングで、本日、研究室にたてこもって完成。松山のT先生、M先生、
すみませんでした。
 昨日・5日は、現場打ち合わせの後、やっと時間ができて大阪へ。国立国際美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展キリンプラザ大阪でので
アトリエ・ワンの「街の使い方」展。後者は最終日。ミニハウスはやっぱり小さいな。塚本君ご本人が会場の写真を撮っていた。昨日のアーキフォーラムで喋りに来たとのこと。なるほど。立ち話。宿題1のことをご存じで、なかなか出ませんねと言われてしまう。

 そんなこんなで今日は日土の報告書用原稿に立ち向かい、合間にゼミ室で学生に茶々を入れ、届くメールに返事を出し、そうこうしているうちになんとか神様が降りてきてくれて完成した。

 最近買った本では、『らもチチ わたしの半生 青春編』と『らもチチ わたしの半生 中年編』が出色。悩める子羊たちよ、これは必読です。

 さてと、これからやっとあるゲラに立ち向かう、なんてかくとぶっとばされそうだな。




どれもこれもすごいね。