Logbook:Yoshiaki Hanada
2004年11月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
御意見、御感想等ありましたらこちらまで。研究室TOPはこちら

2004-11月28日(日)

 一日家でぼんやりしていた。こんなことではいかんな。

2004-11月27日(土)

 午前中、岡本の住宅の現場。山隈君と伴さんも。木造部分のサッシュがはいった。
 
 午後は大学へ。AO入試2期の相談会。何人かの高校生と話す。それぞれ自分の進路をそれなりにいろいろと考えている様子が伝わってきた。
 夕方、突然、AO入試1期で合格している大阪の男子高校生が来訪。AO入試は入学までに時間があるのでレポート等を課す特別プログラムを組んでいるのですが、その2回目のレポートを持参し、かつ、返却した1回目のレポートに添えたコメントについて質問に来た。いろんな図も書いたりしてあれこれ説明。2年生の住宅の作品が展示中なのでそれも案内。面白がってくれました。家に帰ると、同じくAO入試1期で合格した大阪の女子高校生からメールが来ていた。研究室のホームページをチェックしているようで、昨日アップした朝日新聞の連載記事をさっそく読んだらしい。で、嬉しい感想が書いてあった。あんまり嬉しかったので、掲載。

 「朝日新聞の記事をHPで読ませていただきました。私たちでも理解できる内容で、とても面白かったので一気に全部読んでしまいました。『リフォーム』の記事で書かれていた事には多く共感し、そう言われてみれば・・・。と考えてしまいました。連載が終わってしまうのが残念ですね。先生は大変だったみたいですが。(笑)」

 高校生から「私たちでも理解できる内容で、とても面白かったので一気に全部読んでしまいました」と言ってもらえたなんて、書き手としてはほんとに嬉しい。
 高校生との接触がやたら多かった一日。元気な高校生の相手は楽しい。


 『編集とは何か』『「51C」家族を容れるハコの戦後と現在』『室内12月号』『SD2004』。


2004-11月26日(金)

 朝日新聞の連載「住まいいろいろ」の僕の担当分16回の記事を、ホームページにアップしました。ご笑覧下さい。 掲載は西日本版だったので、東日本の方々、お待たせしました!・・・、誰も待ってないか。

 最近、研究室の花研日誌とか画像の貼れる掲示板がにぎやかだ。けっこうけっこう。わーわーやってるうちに何か出る。設計や論文も同じだ。黙り込むとだめ。わーわー言いましょう。学生諸君。

2004-11月25日(木)

 午前中、学内の委員会。

 午後は3年生の実習のエスキース。
 2年生は住宅の課題の最終講評会。ここ3、4年、後期は3年生を担当しているの住宅の講評会にほとんど出られない。今日も、ちょこっと覗きに行き、終わってからゆっくり見た。面白い案がたくさんあって驚いた。たいしたもんだ。僕にはこんなアイディアでないなあ、というようなの
がかなりあった。この調子で頑張ってほしい。ワインパーティーも盛り上がる。非常勤で教えていただいた吉井歳晴さんも学生に大人気。夜遅くまで教えてもらった様子。ありがとうございました。

2004-11月24日(水)

 大学院の修士論文の中間発表会。M1とM2。自分の研究室のY嬢の発表がある午前中のM1だけ聞いて午後は失礼する。入試やカリキュラムや、いろいろとお仕事がたまってるんです。
 『コンクリートの文明誌』『物は言いよう』『地球のはぐれ方』。

2004-11月23日(火)

 勤労感謝の日。休み。

2004-11月22日(月)

 連休の谷間で、大学は学生が少なく静か。住宅の課題が提出目前の2年生だけが、廊下に掲示された先輩の作品の前やコピー室をうろうろしている。
 自分の研究室の卒論を読了して副査へ。先週末が締切でしたがちょっとフライング。さっそく副査分が届いた。毎年のことだけど、論理というほど大袈裟なことじゃなく、これをやったらこれがわかる、あるいはここまで
しかわからない、といった簡単な筋書きを組めない人が目につきます。年々増えていると困るけど、そういう感じでもない。世の中には、一定の割合でそういうひとがいるということかもしれない。学生に限らないもんなあ。

 その他、いろいろとたまった仕事を静かな大学で。
 朝日の連載がないとこうも気持ちが安らかかと自分でも可笑しくなる。何本も連載を抱えているプロの物書きの方々はどんな生活なんだろう。日建を辞めて学校に移ったときの感じを思い出した。『新建築』と『jt』の月評で、毎月締切があるというのは2回経験してあれもしんどかったけど、毎週というのは当然のことながらもっとたいへん。しかし、ちょっとくせになる感じもあった。刺激に対する閾値が上がるのはよくないですね(笑)。
 掲載しても大丈夫そうなので、もう少ししたら16回分のコピーをホームページに載せます。
 
 最近買っていた本、追加。忘れてた。矢作俊彦の『あ・じゃ・ぱん』。1冊にまとめた方。リンク張ろうとしたら、amazonもbk1にもなし。ジュンク堂三宮駅前店にはあった。買っといてよかった。上下分冊もあった。そっちも買っておくべきか(笑)。

 金曜日にやったレクチャー関係で、面白かったという嬉しいメールが届く。こういのがわたくしの生きる支えです。

2004-11月21日(日)

 朝日新聞の連載16回目は、孤児たちの別荘 落書きに見た家族の本質」。エリザベスサンダースホームの子供たちのための別荘だった「鴎鳴荘」の話です。エリザベスサンダースホームに設立された小学校と中学校は、聖ステパノ学園という名前で、今も一般の私立の学校として現役です。このホームページに校舎の写真が載っていますが、それはかつて三宅敏郎という建築家が設計したもの。小学校は木造モダニズム、中学校は鉄骨にコンクリートブロックです。いずれもたいへん気持ちの良い建物。それ以外に、家庭科室や寮などが広い敷地に点在しています。講堂は最近建った様子。ホームページの写真からは、周囲の環境とマッチしてとてもいい感じです、設計はどなたなんだろう。
 「鴎鳴荘」を設計したのも同じく三宅敏郎。電々にお勤めだった建築家で、澤田夫妻と縁があり、設計を担当した。以前インタビューをしました。ご自宅は本郷の東大のそば。剣持日令(←日偏に令)の設計のコンクリートの建物です。

 これにて連載終了。8月1日から16回。1回目は6月末から記者に送っていたので、約5カ月の作業でした。8回目までが、現在東京本社へいる神田記者。それ以降は森記者に交代。たいへんいい勉強になりました。頭の整理と文章修行。最後の4、5回は貯金無しでの自転車操業だったので、それなりの緊張感も味わいました。僕にも火事場の馬鹿力は少しはあることを確認。読みやすかったのは記者の方々の添削のお陰です。今日の解放感の大きさには、自分でも苦笑。

 夜は三宮で研究室の飲み会。というか、前期の研究生だったS嬢の遅ればせながらの歓送会。まずは飲んで食べて、その後、ボーリングへ。僕はボーリングを一度もやったことがないといったものだから、みんなが面白がってこんなことになりました。どうなることかと思ったけど、1回目は100を少し超すスコアで、ピンが全部倒れるのも1回あり、けっこうほめてもらいました。が、当然のように2回目はその半分くらいに成績ダウン。「住みコミ」の現場仕事を終えたOBや院生4名も参加で、盛り上がった。みんなのお気楽ぶりは、間もなく花研ゼミ日誌に載ることでしょう。

 最近書いてなかった最近買った本。『数量化革命』『言葉の常備薬』『建築家が建てた幸福な家』『マンガを解剖する』『評論家入門』『中学生からの作文技術』。最後の2冊は、レポートや卒論を書こうという学生諸君、必読ね。1冊目は、世界を分節していった近代的なさまざまな尺度=モデルについての総覧。2冊目はいかにも呉智英らしい言葉のトリビアの泉。

2004-11月20日(土)

 午前中、岡本の住宅の現場へ。山隈君と伴さんも。サッシュがついてきた。
 午後は掃除と子供の相手。朝日の記事、細かい最終確認のやりとり。最後、確認のファックスを受け取って、すべて終了。

2004-11月19日(金)

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜、ほんとに忙しい2週間だった。墜落寸前、間一髪の低空飛行。

● 9日(火):大学院授業(丹下さんの話)、午後は3年の実習・マスタープランの講評会、遅くまで。ふ〜。学生諸君、もっと大胆な構想を!
●10日(水):学科会議、判定教授会、石山修武さんの特別講義、遅くまで研究室で朝日新聞の原稿、他。ふ〜〜。石山さんは初めてお目にかかったが、講義での優しい(易しい、ではなく)語り口が意外であり、印象的だった。「・・・だからね、・・・なんだからね・・・」と、柔らかいイントネーションの「ね」が記憶に残る。子供に話しかけるような感じ。
●11日(木):朝9時から夕方6時半頃まで卒論発表会。司会役。ふ〜〜〜。学生諸君、もっと論理的な思考を!
●12日(金):午前中、お客さん、来研。そのあと朝日原稿、夜というか早朝まで、カットのスケッチ。ふ〜〜〜〜。
●13日(土):9時、子供の小学校へ。音楽会。途中で抜けて岡本の住宅の現場へ。山隈君+伴さん。夕方、親戚との会食。ダウン。
14日(日):やっとのことで宿題1のゲラ直しにとりかかる。終日、家で作業。朝日新聞の連載15回目は、記憶に残る家 ささいなことが原風景に」。高校まで暮らした高知の古い家のことを書いた。
●15日(月):午後から夕方まで、西宮市民会館で御前浜再生会議の2回目。夜は宿題1のゲラ直し。ふ〜〜〜〜。
●16日(火):大学院授業(吉武研が設計した「あすか保育所」(奈良県櫻井市)と「青渓中学校」(兵庫県八鹿町)を紹介し、戦後の建築計画学の果たした役割について少し話した)、3年生の実習、夜はゼミ室で鍋パーティ。終わってからさらに書類づくり。宿題1のゲラ、やっと返送。ふ〜〜〜〜〜。
●17日(水):9時半から学内の某委員会、午後、学会会議、教授会、夕方6時からはさらに学内の委員会。ふ〜〜〜〜〜〜。
●18日(木):午前中、お客さん来研。午後、3年生の実習のエスキース。夕方までびっしり。夜、研究室でやっと朝日の原稿書きを始める。担当のMさんから心配電話。家に帰って、早朝ほぼ完成。ふ〜〜〜〜〜〜〜。

 ・・・で、本日。
 午前中、朝日原稿の手直しとカット写真の調整。メールで送る。午後は大阪へ。某所で建築の見方についてのレクチャー。聴き手は一般の方々。スライドもたっぷり。どうだろう、理解していただけたか。朝日の原稿、M記者の直しがはいり、家に帰ってからやりとり。深夜、調整完了。これで最後。8月からの連載終了。どっと安堵感が込み上げる。最後の記事をお楽しみに。

 なにしろ大学での仕事のうち、教育・研究業務以外のことが多すぎますね。上に書いてないけど、これにそういった学務用の書類づくりや打ち合わせがさらに加わっている。もちろん仕事だからちゃんとやりますが、それにしてもたいへん。多くの大学でも似た状況だろうか。じっくり何かを調べ本を読みということがまったくできない。これでは研究者だなんてとてもいえない。

 メイのアメリカ日記であちらの課題や講評会の様子が届いています。

2004-11月8日(月)

 午後は大学でゼミ。卒論発表会のプレゼンテーションについて。いかに自分のやったことをアピールし聞き手の気持ちを掴むか、という話。

 そのあとの出来事を撮影したのが以下の写真。女王様たちにかしづく男子、ではありません。
 某建築雑誌編集部を大掃除した際に出てきた要らない建築雑誌(70〜80年代の『SD』)が、某編集部員からどっと送られてきて、それを学生諸君が山分けしようとしているの図、なのです。阿鼻叫喚の奪い合い、ではありません。ジャンケンで順番を決めて自分の欲しいのからとっていきました。89(←編集部員のあだ名です)!ありがとうね。どの号を誰がとるか見ているとなかなか面白かった。
 学生諸君、やれ宴会だ遠足だと相談している。卒論からの解放感が伝わってきます。そういう感じっていいですね。嗚呼、センセイもいろんなことから解放されたいぞお〜。


                             「へへ〜〜
、女王様、カモメ様」

2004-11月7日(日)

 我々の学科の推薦入試で大学へ。試験そのものは昨日と今日の2日間。編入試験の1回目も同時におこなわれた。今年も入試委員の私はあれやこれやたいへんでした。

 朝日新聞の連載14回目は、間取り 空間と行為の関係見直す」。最近、一戸建てを計画している親戚と交わしたやりとりをネタにしました。カットは、
僕が親戚に提案した平面図。はじめは、本文の中でふれている業者案も載せて比較していたのですが、業者案の著作権が気になり、自分の案だけにした。こういうシンプルな間取りがどうして一般化しないのか、不思議でならない。

2004-11月6日(土)

 本日の購入本。『平凡パンチ1964』(平凡社新書)、『ユリイカ11月号 特集 藤森照信』、そしてついに『世界の中心で、愛をさけぶ』。300万部だそうだ。

2004-11月5日(金) 卒論提出日

 卒論提出日。13時から17時までが受付時間。学科の会議室に助手連が控え、受け取る。花田研で一番余裕をかましていたのが赤めがね君。午前中に完成していて、昼食をいっしょに食べ、「会議室の前に並んどきましょうか」などと冗談もでる。中身も、きっと大丈夫なんだろう。ゼミ室に戻るが、彼以外、誰も来ない。やきもきしていると、まずS君。梗概にはんこを押してなかったので、それを済ませて提出。次はT君が無事提出。女性陣3名と、男性陣の残りM君が来ない。赤めがね君に電話を入れさせる。M君はまだ家で何事かやっている。とにかく来いと赤めがね君が言うと、迎えに来てくれという返事。3日寝てないので動けない、女の子を用意しておいてくれ、この期に及んでくだらない冗談を言ったらしい。女性陣はT嬢と連絡がつく。電車で移動中とのこと。そのうちN嬢が到着。ファイルにタイトルをつけて完成。無事提出。M君、到着。梗概がまだ書けてない!赤めがね君と隣の研究室のT君がパソコンへの打ち込みと印刷の応援。緊迫した雰囲気が走る、といっても、こっちはニヤニヤして見ているだけ。最後まで連絡のつかなかったカモメ嬢。今から車で大学に向かうそうです、と赤めがね君が知らせてくる(彼女の家は大学のすぐそば)。カモメ、飛来。無事提出。4時半頃、T嬢が廊下をハアハア言って走ってきた。梗概に押印して無事提出。最後になったM君の梗概がなかなかできない。残り10分。本人は会議室にはいっている。赤めがね君が梗概のコピーに廊下を猛スピードで走る。全員、なんとか提出しました。

2004-11月4日(木)

 卒論提出締切前日であります。ゼミ生の梗概用紙のチェックとそれへのはんこ押し。さわらぬ神にたたりなし。いまさら妙な刺激を与えないようにしようと、おとなしくしていた(つもりの)ハナダです。 お願いだから、明日、センセイを困らせないでね

 午後は3年生のエスキース。こちらも月曜日が締切。夕方はカリキュラムの打ち合わせ。で、すぐ夜の8時過ぎ。帰ってから今度の朝日の原稿について電話で打ち合わせ。なんとかなりそう。
 
 お知らせです。これまで花田からのメールは妙な時刻に来ると思っていたみなさん、すみません、パソコンの時刻設定ができていませんでした。あるおかたから指摘を受け、調べると、自宅のMacはロンドン時間、研究室のMacはクアラルンプール時間でした。とほほ。神戸に直したので、もう大丈夫です。それでも変な時刻に届くようなら、やはり私の生活が乱れていると思ってください。それにしても、日本で売るパソコンなら、せめて東京に合わせとかんかい!と他人のせいにする。

2004-11月3日(水)

 朝日新聞用のカットづくりなど。

2004-11月2日(火)

 午前中、大学院の講義。今日は坂倉準三の話。とにかくこういう時代の建築家についての豆知識を増やしてほしい。
 午後、N嬢の卒論の原稿のチェック。そのあと2時40分から6時まで、3年生のエスキース。ある町のマスタープランをつくっているが、まだもうひとつ。全体を貫く物語をでっち上げられる人が少ない。大袈裟な都市計画を拒否しているのかといえば、そういうわけでもない。言葉と空間を関係づける力についてもっと考えてほしい。

 6時から、菊地宏さんを招いてのトークセッション。H&deM事務所の様子、プラダの設計や工事のプロセス、自分のプロジェクトの紹介などを話してもらった。
 僕らの学科では、授業の一環の「特別講義」で年間5人、どちらかというと上の世代のレクチャーを用意しているが、それ以外に、若手の方をよぶ「トークセッション」を5回ほどやっている。授業ではない。今回の企画は、2年生の学生で菊地ファン(?)K嬢が彼と(いつのまにか、笑)交渉をし実現した。いい動きだ。
 菊地さんは今日が誕生日とのことで、講演終了後のワイパーティーの途中、会場の照明が突如消え、ろうそくを灯したバースデーケーキが運ばれてきた。楽しい会でした。他大学からの参加者も多かった。これはランドスケープ6大学展でできたネットワークらしい。これも結構なことだ。

 それにしても、今日の話を聞き映像を見ていると、建築の設計における言葉というものの位置づけが急激に変わっていることを改めて実感した次第。
 何も変わっていない彼の地・スイスでのデザインが、日本を含むその周辺の国の「言葉」度の高さへの飽きが来るなかで急に目に入るようになり、そういう寡黙なデザインを見てみるとやっぱりこういうのいいなあとしみじみみんなが思っているという状況か。まさかそう単純なことでもあるまいと思いつつも、H&deMの70年代の初期作品からの変化の少なさを見ると、慌てているのはまわりだけ、なんて気にもなってくる。最近買ったH&deMの『NATURAL HISTORY』をぱらぱらやっていても、自然、都市、日常生活などからとりだされたモチーフとの類似性が延々と示されている。アルド・ロッシのスイスでの教育の影響とも言えるのかな。青木君の「絶対装飾」も無縁じゃない。そこには、かつての「表層の戯れ」じゃない表層への意識があると思うけど、それはたとえば村野藤吾とどう違うのか(もちろん同じでもいいけど)。とかなんとか菊地さんにも質問してみたら、あとでK嬢から「あれはいい質問だった」とほめられた。

 アメリカの大統領選。「メイのアメリカ日記」に現地レポートが届いています。ブッシュが負けたら小泉はどうなるんだろう。
 " Have you googled?"という言い方があるらしい。日本語では「ぐぐった」と書くのを掲示板では見かける。言いはしないけど。

 卒論書いてる諸君!残り2日です。悔いを残さないように頑張ってください。世間がどんなに馬鹿騒ぎしていようが、そんなものには目もくれず、ひとり論文に向かっていく。俺はすごいことを書いている。私は天才だ。さいごは、そういうヒロイズムがぜったいに必要だからね。

 

2004-11月1日(月)

 赤めがね君とカモメ405さんの卒論チェック。た〜あっぷり注文をつける。今週の金曜日が提出日です。最後の1秒まで書き続けるんだ!

 新潟の地震に関して、建築学会の中にできた情報サイト