Logbook:Yoshiaki Hanada
2004年4月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
御意見、御感想等ありましたらこちらまで。研究室TOPはこちら

2004-4月30日(金)

 某病院で消化器の検査。なんの異常もなかった。今年は大学での胃の検診(バリウムを飲むやつ)を受ける時間がなかったのと、昨年やってけっこう癖になった感があり、「上と下」両方からの内視鏡検査である。終了後、自分の体内の実に鮮明な映像を見せてもらう。人間はチューブなんだとつくづく思う。

2004-4月29日(木)

 家で静か暮らす。夕方、現在設計中の住宅のご一家来訪。

2004-4月28日(水)

 2年生向けの「建築空間のデザイン」3回目。建築空間の記述方法について。珍しく映像を使わずほとんど黒板だけの日。午後は、昨年度の卒業制作買い取り作品についての宿題をすませたり、事務的な用事。

 今日買った本。『戦後思想の一断面』『鉄道ひとつばなし』。『戦後・・』は、哲学者・廣松渉の軌跡を弟子・熊野純彦が追った本だ。門外漢としては、難解な廣松哲学についてなにも書くことはできない。ただ、学生時代のミーハーな思い出が少しあるだけだ。本書の中でもふれられているが、廣松が東大教養部に赴任してきたとき、教養学部報に書いた「私の履歴書」という挨拶文。そこに早熟な政治少年であった廣松の中学生時代の思い出が記されていて、「丸腰で出歩くようなはしたない真似」はしなかったという一文があったのだ。喧嘩で負傷し停学をくらいながら共産主義運動へのめり込んでいく九州の少年。そのイメージにうっとりした。理科1類の落ちこぼれ学生でも(だから?)廣松の名前ぐらいは知っていて、しかしいざ読もうとすると難しくてなんともならなかったのだが、ともかくこのひとがこの駒場にいるのだと思うと感慨深かった。この文章は岩波の同時代ライブラリー『廣松渉哲学小品集』にはいっていたが、長く品切れになって
いる。熊野の本の引用源も『小品集』だから、著作集にもはいってないのかもしれない。一部を写しておく。

「中学校(旧制)一年生のときの停学処分?ああ、あれはガキの喧嘩ですよ。教室でしたから、匕口(あいくち)は抜かなかったんス。九州男児の風下にも置けませんや。刃物?ええ、それア丸腰で出歩くようなはしたない真似は決してしませんでしたよ。硬派とはいっても、僕百姓の孫ですから、大の方が刃渡九寸の白鞘、小の方は、厭だなあ御女中の懐剣でしたね。どのみちその後まもなく青共(民青の前身の前身)に入っておとなしくなりましたけど。」

 こんな名調子で自己紹介がなされていたのだ。カッコイイ、と今でもミーハーなことしか言えない自分が情けない。

 「木霊の学校 日土会」から、会報第1号や各種イベントのパンフレットが届いた。どれも楽しい仕上がり。ホームページを見たら掲示板もスタートしていた。地元の人たちががんばっている。素晴らしいことだ。

2004-4月27日(火)

 1年生向けの「環境形成の歴史と人」の3回目。僕の担当の最終回。日土小学校の模型制作のことなどを紹介し、大学では学生が社会的に意義のある活動をなしえるぞという感触を伝えた、つもり。午後は2年生の実習。敷地模型と敷地分析の講評、および、次のステップの説明。そのあとは学科のパンフレットづくりの打ち合わせ。宿題1に関して編集者のかたとやりとり。編集方針が少し変わり、期待と不安が錯綜。つ、つかれた。

2004-4月26日(月)

 非常勤校へ。ある条件の下での敷地選定からが課題の一部になっていて、今日は学生が選び出した敷地の説明を受ける。が、どうも課題の主旨が理解されてないのと、なにより、その敷地への提案を同時に考えていないので、どれも説得力と迫力を欠いた。大げさに言えばまさに構想力が問われているということだし、簡単に言えば「落ち」のある話をつくれるかどうかだ。長時間の会になりすっかり消耗。

2004-4月25日(日)

 気持ちの良い日曜日。草引き、掃除、家の中の模様替え。1階の食卓を吹き抜けの方へ移動し夏場モードに切り替え。同時に、2階にコーナーをつくり子供の勉強場所をそちらへ移動。宿題から何からいっさいがっさいを食卓でおこなう習慣をそろそろ止めてもらおうという魂胆です。

 本屋へ寄ったら松田哲夫の『編集狂時代』が新潮文庫に入っていたので購入。筑摩書房のひとつの顔をつくってきた編集者ですね。

2004-4月24日(土)

 掲示板でもお知らせしていた映画「ニュータウン物語」を見に千里へ。千里ニュータウンの住民の方々が裏方を支えていた。阪大の鈴木君たちもスタッフとして協力。ストーリー等はホームページを見てください。僕としては、この内容で「ニュータウン」の物語というタイトルをつけるのはいかがなものか、というのが正直な感想。「ニュータウン」ってもっと巨大な開発のことでしょう。これはむしろ日本のどこにでもある地方都市の抱える問題を描いた映画というべきですね。「ニュータウン」特有の問題や可能性は、もう少し別のことではないだろうか。
 そのまま大阪へ。柳々堂へ寄り、お店の松村さんに淀屋橋に最近できたCaloBookshopに連れて行ってもらう。日建時代によく行っていた蕎麦屋の入っているビルの5階だった。本屋をやるって、最近、若いひとに人気なんです、よ、ね・・。しかし、その理由は正直言ってもうひとつわからないまま。ともかく、本屋に対する僕の関心事は、何らかの大きさというか圧倒するような迫力というか迷宮性というか本の森にさまよい込んだような感覚というか、そんな感覚をそこで味わうことができるかどうかということだけだ。
そのあと山隈事務所へ。設計中の住宅の減額案の相談。わが家の改装のことも相談するが、山隈君は階段の位置の変更を主張。そ、そう言われても(笑)。

2004-4月23日(金)

 10時半からゼミ。卒論のテーマについての発表、1回目。まだまだです。「知識」ももっとふやさなくっちゃ。1時半まで。けっきょく3時間喋ってた。疲れるはずだ。
 この春修士を終えたS君登場。京都で某書店に勤めることが決まったという報告。ゆっくりと夢の実現に向かって歩いてほしい。

 『MOD EAST』。モダニズムの建築と空間のノスタルジックな写真集。「住宅」の章で「香川県営一宮団地」の格好良さに驚いた。1984年完成の丹下作品。丹下事務所のホームページでは外壁が白いが、本書では打ち放し。今度四国へ行くときには見てみよう。
 

2004-4月22日(木)

 Glasgow School of ArtからSally Stewartさん来学。本学の木村博昭さんが同校に留学していたときの友人で、別件で来日したついでに芸工大でもレクチャーをしてもらった。グラスゴーの歴史と建築のデザイン教育の紹介。とくに後者は興味津々。課題内容や学生作品がとても面白かった。学科の規模や設備、そして教育のシステムはわれわれとそう大きくは違わなかった。CADだけではなく、手書きも重要視しているとか。ドコモモにも参加しているとのことだったが、グラスゴーには近代建築がないのよね、とか。1時から3時頃まで。お茶とお菓子も出して、楽しい午後。学生も、1年生から院生までかなり参加。今年は帰国子女入試ではいってきた1年生がいて、さすがに英語がうまい。うらやましい(笑)!
 2年生の実習。まず敷地模型と敷地分析図を1週間でつくるステップ。

2004-4月21日(水)

 2年生向けの「建築空間のデザイン」2回目。建築空間を構成するモノの単位をツリー図を使ってどうとらえるかというようないつもの話。構成は例年より整理できたが板書に大きなミス。ちゃんと指摘してくれる学生がいるのが頼もしい。あわてて訂正掲示をだす。
 学科会議、教授会と続き、今日もふらふら。講義って、けっこうエネルギーを使ってるんだなあと思う。新学期からの疲れがたまっていて宿題が進まない、と泣き言。

 『新建築 住宅特集』5月号を購入。実はこの雑誌を買うのは本当に久しぶり。どうして買ったかというと、2月7日の日記で書いた住宅が掲載されているからだ。「積層の家」。日建の大谷さんの自邸。表紙にもなっています。プレコンを使った驚異的な構成です。誌面でそのことが十分に伝わったかどうか。76.35m2という延床面積の狭さ、134万円という坪単価の高さ、家具・棚・照明等で400万円という予算配分、そういった数字もこの家の凄さをよくあらわしている。この雑誌の編集方針や写真の撮り方のせいもあるでしょうが、結果的に他の作品とのいろいろな意味での差がきわだちましたね。道路を向いて撮ったキッチンや階段の写真ばかりが大きく扱われているけど、実際に体験すると、その逆の位置にある居間や書斎の居心地の良さに驚きます。モノをここまで少なくして生活しておられることも驚異的。まさに宝石のような住宅だ。

 「メイのアメリカ日記
」に、彼女の大学院入試体験記第1弾が届きました。今後も随時書いてもらう予定。留学考えている人の参考になれば。

2004-4月20日(火)
 1年生向けの「環境形成の歴史と人」の2回目。阪神大震災の話をする。地元出身の女子学生から、スライドを見ているのがつらかったという感想。ごめんね。しかしあれからもうすぐ10年。新入生にはこの映像を重ねながら神戸の街を歩いてほしい。
 2年生の実習、トレース課題を終え、今日からいよいよ本格的に稼働。課題内容とスケジュールを聞いて座がどよめく(笑)。がんばってほしい。
 夕方6時からは学内の委員会。遅くなってふらふら。

2004-4月19日(月)
 非常勤校で設計の授業。ちょっと学生さんの覇気がないのでわーわーと言ってきた。雨。湿度の高い夕刻の通勤電車で妙に疲れる。

2004-4月18日(日) 「木霊の学校 日土会」のホームページ
 日土小学校の保存について、いろいろな動きがあり、僕も関わっていることはときどき紹介している通りです。そのひとつ、地元・日土地区の人々によって、昨年、「木霊の学校 日土会」という組織が結成され、日土小学校の今後について考えるという素晴らしい運動が始まりました。今日は、そのホームページを立ち上げたというお知らせが舞い込んだ。
 日土公民館のホームページ内に置かれています。表紙中央の日土小学校のスケッチをクリックしてください。えひめ街並博と連動した計画などがさっそく書いてあります。このうち、8月6・7日の催しは、僕も参加している建築学会四国支部の委員会も協力し、大いに盛り上げたいと考えています。詳細は現在検討中。
 このホームページのさらなる展開を期待しています。

2004-4月17日(土)
 某喫茶店復興計画に参画要請がありゼミ生Y君とでかけたがなかなかの難問である。

2004-4月16日(金)
 ときどき覗いている(ネット上でしか知らない)某氏の日記で、ケルトミュージックのインターネットラジオを知る。Trad&Forkのチャンネルをぜひ。心にしみるメロディーばかりが次々と流れてきます。アイルランドの田舎のやうなところへいってしまいたい・・。

 宿題1に復帰するつもりがなかなか気分がついていかない。
 『柴田元幸と9人の作家たち』『行動主義 レム・コールハース ドキュメント』。どちらも生き生きとしたインタビューで面白そう。前者は、村上春樹の部分の紹介をここで見て知った本ですが、あらためて村上の思考スタイルと青木淳君が似てると思った次第。一見古典的な物語を全く新しい方法でかくこと。

2004-4月15日(木)

 午前中は学内の某委員会。9時半からお昼まで。長いが内容もいっぱい。午後は2年生の実習。まだ最初のトレース課題。嵐の前の静けさ。来週から本格的な課題が始まる。夜、研究室にH大学S先生登場。

2004-4月14日(水)

 2年生向けの講義「建築空間のデザイン」スタート。3年に編入した諸君もきいてくれている。夕方の委員会中止でたまっている雑用を処理。

2004-4月13日(火)

 オリエンテーション週間が終わり、昨日から授業開始。さっそく今日は1年生向けに4人の教員で担当するオムニバス講義「環境形成の歴史と人」の1回目。今年は僕が1番バッター。1年生も学科の専門科目は月曜日にはないので、まさに初めての専門の授業。そんな初顔合わせを意識しすぎて、スライドも僕の喋りも多すぎたかも。しかし私語一つない80人ほど相手の講義は気持ちいいなあ(笑)。終了後、男子学生が『素顔の大建築家たち』で僕の名前を知ったとやってきた。浪人でもしていたのかと思ったら現役とのこと。こんなマニアックな建築少年、いるんだなあ。嬉しい!
 韓国からの女子留学生からは、「この授業には教科書はないのですか」という質問。毎回手製のプリントを配りますと答えたら、「事前にもらえないでしょうか」とさらに質問。べつに予習しなくてもいいよと、あわてて答えたものの、熱心さにびっくり。まだ日本語に自信がなくてあらかじめ読んでから授業を聞きたいということだったのかな、とはあとで気がついた。ごめんね(ここ読んだりはしてないだろうけど・・)。
 午後は2年生の実習の初回。いよいよ本格的なお勉強開始です。ハードな2か月だけど、ついてきてね。
 ともかく、新入生のいる春のキャンパスは、あちこちに初々しさが溢れていて気持ちがいい。食堂では、入試の面接等で見覚えのある新入生たちと雑談。小さな大学ならではですね。 夕方はあいかわらず次年度の入試・広報関係の仕事でばたばた。

 ここ2、3日で買った本。植田実さんの『集合住宅物語』、『追悼の達人』、『ニッポンキッチン』、『こんな家に住みたい12』。植田さんの本は、ああやっぱり植田さんだ。住まいに対するリリシズムで溢れている。学生諸君、必見、必読。『追悼・・』は、紹介されている作家たちを巡るいろんな事件やエピソードがなんとも面白い。

 掲示板にも書きましたが、映画「ニュータウン物語」上映会が4月24日に千里であります
 業務連絡:花田研の諸君は、都合がつく限り、この上映会、予定に入れておいてください。

2004-4月10日(土)

 新学期。明るい春の光に満ちたキャンパスに学生が戻ってきた。例年のことですが、怒濤の新学期オリエンテーション週間でした。教師にとっての本当の「師走」はこの時期ですね。
4月6日(火):芸工大の入学式、1年生全体オリエンテーション、新年度最初の学科会議、新旧教職員歓送迎会
●4月7日(水):大学院と学部1年生オリエンテーション
●4月8日(木):3・4年生オリエンテーション、花田研ゼミ1回目
●4月9日(金):2年生オリエンテーション
 それぞれの日に、さらに事務局との入試や広報関係の打ち合わせや大学案内や入試ガイドの原稿の校正その他がはいり、追いまくられた。小さな大学はいろんなことに目が届くぶん、いつの間にか仕事がふえて、自分で自分の首を絞めている感じがする。教育と研究だけに専念したいなあ。

 昨日、今日で買った本。『戦争が遺したもの』『僕たちは編集しながら生きている』『読むことの力』『10+1 No.34』。『戦争が・・』は、鶴見俊輔が戦後の自身の活動を、裏話も含めて詳細に語ったもの。強靱な記憶力にあらためて驚く。『読むこと・・』は、東大駒場での複数の教員による連続講義の記録。以前の『知の技法』シリーズのような嫌みがなく、個々の講義も具体的で面白い。学生諸君にお薦めします。

 イラクで日本人3人が武装勢力に拘束され、自衛隊の撤退を要求している。当然予想された事態だろうが、そのときの解決方法までは予想されていたとは思えない。いくら自衛隊派遣は人道的なものだと言ったところで、あるいは、3人はイラクのために善意で乗り込んでいたのだと言ったところで、無駄だろう。なにしろ現地は戦争をしているのであり、「解釈」の問題ではなく、敵か味方かということだけが問題なんだろうから。残りあと1日。どうなるんだろう。

2004-4月4日(日)

 雨の日曜日。
 卒業式のあと31日まで、愛媛から高知を旅してきた。松山、内子、宇和島、宇和、大洲、八幡浜、野村、高知。どこも
菜の花と桜が咲き、のどかな四国の春。お遍路さんもちらほら見かけた。子供の頃行った場所もあり、しかも、まだ残っている昔住んでいた家を見たりもして、なかなかのセンチメンタルジャーニーであった。初めて訪れて感激したのが、大洲の臥龍山荘。崖っぷちのロケーションと建物との関係が素晴らしかった。
 八幡浜では日土小学校にもおじゃまして、この春卒業した6年生たちがつくった校舎の模型も見せてもらった。川側のバルコニー、ゆったりした階段、透き通る下足入れを大きなスケールでつくったもので、実施設計図から図面をおこしての作業だったらしい。どれも愛らしい力作。コンクリートの標準設計の校舎ではできないことだ。この作業を通して、子供たちの記憶にはいろんなことが焼き付いたに違いない。

2階の教室に入る手前に展示してある      バルコニーと下足入れ             下足入れ

階段                     バルコニー           日土小学校についての解説

 帰ってきてからは
 1日:東大阪の学園本部で辞令交付式→山隈事務所へ立ち寄り靱公園でお花見のお昼→柳々堂
 2日:日建同期のS君とO大学M先生と梅田で飲む。非常勤つながりの不思議な縁。大学や設計業界のいろんなお話。新入社員と思しき集団にいくつも出会う。
 3日:日土小学校についての報告書原稿の校正。「日土小学校および松村正恒に関する評価の変遷について」というタイトルで、日土小学校と松村正恒に関する評価の変化をまとめることで両者の位置づけを整理し、日土小学校の今後のありかたについて若干の考察をおこなった、というものです。

 嬉しいメールが一つとどいた。花田研のホームページで「メイのアメリカ日記」を書いてくれている卒業生・蓑原明さんから、University of California, Berkeleyの大学院(Department of Landscape Arechitecture)に合格したとの知らせ。おめでとう!!僕の研究室としては初の海外留学。2年越しの夢が叶った。これからの活躍を期待しています。大学の様子、引き続き書いていってね。

 最近買った本と雑誌。『白土三平論』『指が月をさすとき、愚者は指を見る』『海と毒薬』『住宅建築4月号』『北欧スタイルNo.4』『住む#9』『pen 4/15号』。今年は四方田本がすごいスピードで出ている(前2冊)。『海と毒薬』は急に思いついて。遠藤周作ですね。戦時中の捕虜の生体解剖の話。高校生の頃「小説」を読むといったらこういうことだったんだけど、今はなにかが違ってきてるよなあ。各住宅雑誌はどれもインテリア空間への興味から。我が家をどう改造しようかと悩んでいます。それにしても、こんなにきれいな住宅雑誌が毎月いっぱい出版されているって、どう理解すればよいのでしょうね。4冊もいっぺんに買うとあらためて不思議な気持ちでいっぱいになる。

 昨日、ふとつけたテレビで「情熱大陸」の再放送をやっていた。1979年生まれの上原ひとみさんというジャズピアニスト。ひとりでアメリカに渡り、デビューを果たした。ジャズのことはまったくわからないが、実に心と身体に響く曲と演奏だった。そしてなにより、海外でのしっかりとした生きっぷりに感激した。自分の才能だけを頼りに生きていく若者の姿はたとえようもなく美しい。誰にでも真似のできることではないだろうが、しかしこの推進力だけは見習わなくてはいけない。やはり若者は正しいのだ。けっきょくそういう冒険の出来なかった僕としては限りなくうらやましいし、これからの人生のお手本にしなくちゃいけない。