Logbook:Yoshiaki Hanada
2003年5月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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兵庫県立美術館で、神戸芸工大の教員による「環境デザインの新世紀」という公開講座が開かれます。5月から8月まで全10回。ぜひ御参加ください。
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2003-5月31日(土)

 今日は神戸で結婚式。毎日いろんなことがある。以前勤めていた女子短大のゼミ生の式だ。僕とずっとつきあいが続く仲良し5人組の最後の式だ。僕のお祝いのスピーチもこれで打ち止め。嬉しいような淋しいような。既婚の3人とも久しぶりに会い、華やかな気分になりました。
 夜は大阪へ。アーキフォーラム。今日は林昌二さんである。掛川市庁舎などの初期の作品から最近のポーラ美術館まで、スライドたっぷりで楽しい会だった。終了後の飲み会も談論風発で盛り上がる。日本の戦後問題についてきわどい発言も飛び交った。僕も、吉武さんの死を引き合いに出しながら以前から思っていた質問をさせていただいた。
僕は、林さんの語り口にたいへんに興味をもっている。ニヒルな戦後民主主義とでもいえばよいか。建築と言葉の関係を考える一環として、いずれ林昌二論を書きたいと大それた野望を抱いております。

2003-5月30日(金) 吉武泰水先生の葬儀ミサと告別式

 吉武泰水先生の葬儀ミサと告別式に参列するために上京。東京カテドラル。吉武先生は1956年に洗礼を受け、洗礼名がフィリッポであることを初めて知った。弔辞は建築家の高橋テイ一さん、九州芸工大の佐藤優先生、神戸芸工大の土肥博至学長の3氏。それぞれ、設計活動、九州芸工大と芸術工学会、学生時代から神戸芸工大の学長引き継ぎまでの半世紀のつきあいなどを通し、吉武先生のお人柄を見事に語られた。あらためて偉大な戦後知識人のひとりを失ったのだということを実感した。

2003-5月29日(木)

 3年生は「小学校」の設計解題の最終講評会。僕は2年生の実習のエスキスの途中でちょっと参加。いくつか面白い案あり。

2003-5月28日(水)

 2年生向けの講議。冒頭で吉武先生の訃報を伝え、業績などを紹介する。
 午後は、修士論文・修士制作の中間講評会。多くのひとはまだまだ。

2003-5月27日(火) 吉武泰水先生の訃報

 2年生の実習、小講評会。

 芸工大の初代学長である吉武泰水先生の訃報がはいる。昨夜8時のことらしい。
 僕が芸工大に赴任したのが1997年の4月。最初の1年が吉武先生の学長としての最後の年だった。辞令は吉武先生からいただいた。大阪商大にある谷岡学園本部の理事長室だ。転びそうになるくらいふわふわの赤絨毯で、控えのロビーにいるあいだそのことを面白そうに語る先生の茶目っ気たっぷりのお顔が印象的でした。僕らの世代にとっては学生時代に接する機会もなく雲の上のかただったので、とても安心したことを覚えています。たしか、われわれ新任教員に対し、キャンパスライフを楽しんでほしいとおっしゃったように思います。そのカジュアルな感じも心に残りました。その後、もちろんなんどもキャンパスや学会でお目にかかりましたが、いつもユーモアに溢れ、ゆったりとした語り口が素晴らしかった。最後の大学づくりの仕事を少しでもお手伝いできたかもしれないと思えることは、僕自身にとって限りない喜びであり誇りであります。心から御冥福をお祈りします。

2003-5月26日(月)

 梅干し屋さんプロジェクトと次の住宅の打ち合わせ。「設計」が動いていると楽しい。

2003-5月24日(土)

 親戚の結婚式で東京へ。披露宴終了後、同潤会青山アパートの解体の様子を見ようと思い、表参道へ。
 ハナエモリビル(でいいのかな)の前を通るときにポスターが目につき、まずそのなかにあるtnproveの「GROUNDSCAPE展」へ。大量の薄いコルク板を重ねて等高線を表現した模型は迫力があるけど、肝心の橋などのデザインをもう少し詳しくみせてほしかった。
 同潤会青山アパートの敷地は工事用の塀で囲まれ、解体工事がどんどん進んでいた。躯体を壊す棟はさらに全体にパネルで覆われているので、通りから中の様子はあまりわからない。歩いている人の様子を観察していたが、立ち止まって見上げている人もほとんどいない
。淡々と壊されている感じ。阪神大震災のあと、三宮の阪急の駅の解体はいつもたくさんの市民がじっとみつめていたことをよく覚えているが、ああいう空気は流れていない。ちょっと淋しい。
 1周して通りに戻ったら偶然の出会いがありました。最近、研究室の掲示板に書き込んでくださった渡邊さん石丸さん、それに建築遺産というサイトをやっておられる田中さん御一行とばったり。渡邊さんが僕を見つけてくれた。あまりのタイミングの良さに驚きました。青山アパートのことなどいろいろとお話をうかがう。みなさんは青山アパートをずっと追いかけている。仮囲いが立ち始めた頃には、見上げたり、壊されるんだってと話したりするひともいたそうだ。
 5時過ぎに皆さんと別れ、ギャラリー間の「妹島和世+西沢立衛/SANAA展」へ。今日が初日。白い空間に白い模型を並べただけの展示である。金沢はけっこういい。「なかへち」のアイディアが効果的に実現される可能性あり。このひとたちは大きな建物のほうが向いていると思いました。「マルチメディア工房」のようなことにならないようきちんとしたディテールでつくってほしい。カタログも書店に出る前に売っていたが、とにかく真っ白なイメージでいっぱいである。
 帰りは『研究する意味』の後半を読もうと思っていたのに八重洲ブックセンターに寄ったらこんな新刊が目にはいり、つい買ってしまった(笑)。

2003-5月23日(金)

 1年生の見学授業で櫛田先生と竹中大工道具館へ学生を引率。ここの元館長で現在芸工大の非常勤講師でもある沖本先生の解説つき。僕自身もはるか昔に行ったきりだったので、いろんな大工道具の展示はとても新鮮で面白かった。でもまあこの歳になって見るからかもしれない。

 『建築の終わり』読了。それぞれの学生時代のことを語る前半はちょっと退屈だが、最後3分の1くらいの議論では北山、岸、内藤という3人の建築家の立場がよくわかって面白かった。とくに内藤さんの(表現は難しいけど)「右傾化」は、2年前の東大での建築学会で聞いた講演の説教臭さから予想していたこととはいえ印象的。僕としては、それをしつこく批判する岸さんの建築原理主義にかろうじて共感を覚える。ただ全体として、言葉と建築との対応が直接的すぎるように感じるのは彼らと僕との世代差ゆえか。さらに若い日埜、笠原による親切なキーワード解説頁はあまりにも近い過去についての話なので奇妙な感じ。学力低下問題や大学での補修授業なんかを連想した。つまり、親切過ぎないかということと、そもそも70年代的な事象は果たして基礎教養科目に値するのかという問題。
 『研究する意味』。あまりにもズバリのタイトルだけどとても面白そうな本です。 冒頭の小森陽一、高橋哲哉、金子勝による対談は強烈な全共闘世代批判であり、若い世代に対する激励でもある。『建築の終わり』と比較していろいろと考える。後半は、世代的に近い人文社会系研究者の生々しい思いがわかって興味深い。

2003-5月22日(木)

 午前中、1年生向けオムニバス授業の最終回。毎年3回目は内容を迷うのですが、今年は阪神大震災と神戸市という行政体の体質について話しました。先日「人と防災未来センター」へ1年生の一部を連れていき、地震のことを話しておくべきだと思ったゆえ。午後は2年生のデザイン実習。なんだか慌ただしい日々が続いてきたが、今日は珍しく夕方でお仕事終了。
 梅干し屋さんプロジェクトはいい反応が返ってきた。模型つくってくれたゼミ生の諸君、ありがとう。さあこれからだ。

 同潤会青山アパートが解体されていく様子を追っかけるサイトを見つけ、掲示板で紹介したらさっそくその主宰者のかたの書き込みもいただいた。とうとうなくなってしまうんだ。
 久しぶりに本屋へ。『自由を考える』『ことばを鍛えるイギリスの学校』『サービス・プロバイダー』『趣都の誕生』『建築の終わり』。少し前には、『建築における「日本的なもの」』『一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』など。

2003-5月21日(水)

 午前中、2年生向けの講議。今日から建築の意味論です。午後は学科会議、教授会、公開講座の打ち合わせ。
 今日は朝から4年生がゼミ室用の棚の制作にとりかかり、ついに完成。なかなかの出来です!

2003-5月20日(火)

 午前中、まず、来学された某高校の先生と会う。大学は広報活動に懸命だけど高校とて同じ。こういう状況を逆手にとった面白い教育システムがつくれないだろうか。そのあと4年生とゼミ。卒論について。やっと何人かのひとのテーマが見えてきた。午後はオープンキャンパス。実習の授業風景を見てもらおうという企画である。入試委員の私はガイド役。担当している2年生の中間講評会を見てもらう。おかげで講評会は欠席。夕方から例の梅干し屋プロジェクトの模型づくり。4年のゼミ生にやってもらっている。深夜完成。その後、模型と図面で企画されているかたと打ち合わせ。ふー。

2003-5月19日(月)

 午前中は院生とゼミ。M2村山君の修士設計について。4年生とは梅干し屋プロジェクトの打ち合わせ。第1案の模型づくり。学生たちの手作り部分を残した案にしたい。書評の依頼がひとつはいる。H大学S先生が登場し二人でとらぬタヌキの皮算用。合間をぬって1年生のレポートのチェック。感想等をできるだけ書く。台湾の医者によるSARS持ち込み問題ではらはら。

2003-5月17日(土)

 今日は花田研で住宅の見学会をおこないました。
 わが家から4軒隣で建築家・前田由利さんが設計した草屋根の家の工事が進んでいて、その現場を見せてもらいました。4年生9名、院生・研究生各1名、それに阪大の鈴木毅君ところの院生M君(家も近所)が参加。今週、ちょうど屋根に土がはいったばかり。うっすらと芝が貼られていました。初めて見た草屋根のディテールは思いのほか簡単で、これなら機会があればぜひやってみたい。学生諸君の多くは木造住宅の現場は初めて。ホールダウン金物から断熱材や建具の納まりなど、いろんなことをお勉強。
 次にわが家へ。今度はJパネルとDボルトによる木造の仕組みを解説して、同じ木造でもいろいろあることをお勉強。さてわが家の空間はみんなの眼にどう映ったか。
 最後は坂道を下り、阪急御影駅からすこしいったところにある前田さんの御自宅兼アトリエへ。途中、このあたりの住宅地の構成をお勉強。
 前田さんのお家はこれ。屋根の上の草むらがじつに気持ちがいい。土や木をうまく使った居間も居心地がよく、なんだか身体がとろけそうになる。つくり込まれた小さな空間の魅力について、一同、じっくりお勉強。
 お天気にも恵まれ、学生諸君にとって収穫の多い一日だったに違いない。


この2枚は、ゼミ生の佐伯さんからさっそく送られてきた写真。前田さんの自宅です。屋根の上がまさに草むらになっています。爽快!

居心地のいい居間でお茶と手作りのバナナケーキとプディングをごちそうになり、みんなすっかりくつろいでしまう。

2003-5月16日(金)

 1年生を連れた見学授業で、HAT神戸にある「人と防災未来センター」へ。阪神大震災が起った瞬間の建物等の崩壊を再現した映像と音は大迫力。かなりのショックを与えてくれます。要するに、円谷プロの特撮とかUSJ。さらに、当時の町を実寸で再現したコーナーや、姉を地震で亡くしたという想定の女性が語る映像や、当時のパンフレットや写真などを展示したコーナーなど、どれもいやらしいといえば言えなくはない演出ですが、学生諸君の心にはかなり大きな衝撃を与えたようだし、こういう方法による継承は必要だと(一応)思うことができました。
 それに比べ、4月末にオープンしたという隣接する「ひと未来館」は全くいただけないですね。要するに自然の大切さを訴えるねらいでしょうが、コンセプトも展示内容も信じられないくらいダメでびっくりしました。案内の女性もやたらたくさん立っていて、しかもデパートの店員のように寄ってくる。水色の制服も安っぽい。一見の価値ありです。
 5時に解散。急いで大学に戻り、模型を車に積んで今度は大阪へ。山隈君と住宅や梅干し屋さんの打ち合わせ。深夜12時半におよぶ。ふうー。でもアイディアちょっとでてきたぞ。4月から山隈事務所で働いているゼミOG・伴さんも元気そうで安心。柳々堂さんに寄ってルイヴィトンの『LOGIQUE/VISUELLE 』購入。『BRUTUS』の最新号がクリエーター御用達の本屋の特集を組んでいるが柳々堂さんは取り上げられていない。不思議です。

2003-5月15日(木)

 午前中、1年生向けオムニバス授業の2回目。ドコモモと日土小学校の模型制作プロジェクトの紹介。大学における学生の活動が社会的な意味をもち得るというようなことを伝えた、つもり。午後は、キャンパスに高校や予備校の先生をお招きしての入試説明会。実習の様子を見てもらう。夜は大学院の共同プロジェクトの打ち合わせ。で、あっという間に1日が終わる。しかも疲労困ぱい。まずい。

2003-5月14日(水)

 午前中、ゼミ生と梅干し屋さんプロジェクトの模型の打ち合わせの後、2年生の講議。実習の参考になったのでは。午後はあれこれ雑事。ゼミ室の棚づくりの材料手配、模型の相談、卒論の相談、広報関係、公開講座のこと、研究室に訪れてくる熱心な2年生の相手、などなどであっという間に夜。 中国や台湾のSARS、一向におさまらず。

2003-5月13日(火) メイのアメリカ日記、スタート!

 梅干し屋さんプロジェクト、敷地模型制作をゼミ生に依頼。午後は2年生のデザイン実習。その他、学内の打ち合わせいくつかであっという間に夕方。

 本日から「メイのアメリカ日記」というコーナーをスタートさせました。トンプメニューのオレンジ色のボタンです。メイさんとは、2002年3月に環境デザイン学科(花田研)を卒業した蓑原明(みのはら めい)さんです。現在、アメリカの大学の大学院をめざして語学研修中。ウィスコンシン州のマディソン市にいます。どうかお楽しみに!

2003-5月12日(月)

 2時まで、以前から相談を受けていた梅干し屋さんの設計の打ち合わせ。ただし建物ごとではなくて、いわゆるテナント設計です。わずか15坪ですが、この計画の背後にある活動や人のつながりがとても面白いので精一杯のことをしたい。いずれ詳しく書きます。ゼミの学生諸君および例によって山隈君を巻き込んで進める予定です。
 そのあと夕方まで、ギャラリー心(掲示板の方にいろいろ書いています)のオーナー・安藤さんを芸工大にご案内。ギャラリー心でいずれ芸工大の教員や学生の展覧会を開こうという魂胆である。希望者いたら、遠慮なく申し出てください。
 10日の「背取り」の話題について鈴木毅君から掲示板に書き込みあり。アメリカのM嬢から滞在記のアップについていろいろ問い合わせ。やる気満々とみた。ホームページのリニューアル係さ〜ん、その後どうかな?

2003-5月10日(土)

 今年度のさまざまな入試関連行事が早くもスタート。今日はオープンキャンパスの第1回目である。今年も入試委員で、さらには広報委員まで拝命した私としては、なんといいましょうか、興奮、溜息、期待、不安、緊張、いろんな思いが交錯する多忙な日々の始まりなのであります(大袈裟)。
 今日は、外部のコンペに参加するという4年生の演習科目の講評会も午後に設定。やってきた高校生にその様子を見てもらおうというねらいです。私も何人かの高校生を連れて学科の中を案内しました。面白そうな女性陣がいて楽しかった。お見合いですね。
 オープンキャンパスとはいえ通常の授業もおこなっていて、今日はちょうど建築学科の同級生で阪大の鈴木毅君に非常勤でやってもらっている授業の日。終了後、彼にゼミ室で学生のコンペ案に意見をもらい、みんなで「本」についていろいろ話す。「新しい時代の図書館」という妙に古臭いテーマを、あの「メディアテーク」の設計者・伊東豊雄が出題しているのだから不思議なコンペだ。 そのへんにヒントがあるかも。
 「ブックオフ」という古本屋の話になり、そこの値段設定が本の中身や専門家の評価などとは別のところ(綺麗さ、発行年等)でおこなわれているので、ここで掘り出し物を買い別の古書店に高く売って生計を立てそのことで本を書いた人がいるという話を鈴木君から教えてもらった(名前を鈴木君が思い出せない!みんな歳だ、笑)。もちろんこういうことは「背取り」と呼ばれ昔からあるわけですが、それが、古書店側との智恵比べ的なこれまでの構図とはまったく違う状況の中で成立しているというわけです。本というものへ何の思い入れもない書店の出現を象徴する話ですね。「ブックオフ」的方法によるのではなく、眠っている本を集める装置としての図書館が僕は欲しい。昨日の「大量の棚」を思い出した・・。ふむふむ。コンペの1等賞金は200万円!授業とは別に誰か学生か院生と組んでやろうかな(笑)。

2003-5月9日(金)

 「長年の宿題 こんどこそ版」を家で書く。少し進む。 妻の実家に小さな書庫を増設する工事の打ち合わせ。住居に必要なものはけっきょくは「大量の棚」なんじゃないかと思う。

2003-5月8日(木)

 6日(火):午前中は学部ゼミ。宿題にしておいた論文2本について担当者に報告してもらう。ねらいは、「論文」というものの意味や仕組みを理解してもらうこと。午後は2年生の実習。夕方5持からは4年生の演習課題のエスキス。
 7日(水):午前中講議。1回の授業の分量としては多すぎたか・・。午後、学科会議。夕方から某委員会。7時半までかかり、7持からの学科の新教員歓迎会に1時間遅刻。

 本日は、まず午前中講議。1年生向けに4人でやるオムニバス授業の担当分1回目。いくつかの住宅の映像を見せて「建築とはオブジェではなく関係の調整装置だあー」と新入生の無垢な頭脳に刷り込む作戦。午後は2年生の実習。模型をいじったりスケッチを書いたりして案づくりを実演する。毎年のことだが、これをやると学生諸君にとっても尊敬してもらえる(笑)。夜は建築家の藤木庸介さんを招いて学科のトークセッション。
 
ゼミ卒業生のM嬢からアメリカ日記の第一弾が届いたがこちらの態勢がまだ整ってない。現在、ホームページのリニューアルを院生諸君に依頼中。ちょっと待ってね。『武士の家計簿』(磯田道史、新潮新書)、歴史音痴の私にも面白い。資料の力!

2003-5月5日(月)

 5月になり、爽やかな天気が続いています。
 1日(木)は院生とのゼミ。修論・修士設計について、コンペ参加についてなど。午後は2年生の実習。いよいよ初めての「設計」が始まりみんな頭を悩ませています。
 2日(土)は小野市にある国宝の浄土寺へ。学生のとき以来、20数年ぶり。
 4日(日)は近くの小学校でバドミントン。3週皆勤です。ちょっと暑くなり、閉め切った体育館でどたばたやったせいか、帰ったらこれまでとは違ってどっと疲れがでてしまった。あ〜〜あ、情けない。

 今日はほんとに風が爽やかだった。下界に降りると「ああもう夏だ」と思うくらい暑いけれど、わが家のあたりはこの時期とても気持ちがいい。2階の和室の窓を開け放ち、干し終って取り込んだ暖かい布団を背にぱらぱら本をめくっていると、小さい頃に戻ったような気分になる。
 連休中は、数年越しの宿題を少しずつ書き、本を読み、山隈君と設計する新しい住宅の案を考え、妻の実家の書庫の増築図面をつくった。 SARSは中国を襲い続けている。五月といえば寺山修司だ。たしかタイトルに「五月」がはいり寺山没後にでたパンフレットのような小さな本を昔買ったと思い本棚を探すのだが見つからない。

 最近のメールから。1年前のゼミの卒業生のM嬢からアメリカ到着とのメール。大学院をめざしてまずは語学研修の開始である。研究室のホームページでアメリカ日記を書いてくれないかともちかけてある。乞う御期待。今のゼミ生のU嬢からは、青木君の馬見原橋へ行ってきましたとのお知らせ。「こんなふうに使われるといいなーという願いを込めて橋の上で念願の「オセロ」をしてきました」とのことで証拠写真も届きました。勝手に紹介します。