NEWS

第1回 『学長の庭』 2008年08月04日

2008年05月22日 学長の庭

戸矢崎教授寺門教授

「神戸での出合い」

齊木学長…

今日はファッションデザイン学科の戸矢崎さんとビジュアルデザイン学科の寺門 さんを第1回「学長の庭」にお招 きして、今お二人が何に興味を持って制作を展開されているのか、大学への期待などをお伺いできればと思います。戸矢崎さんとは、芸工大創設期から20年共 にやりとりしてきました。専門分野のことだけをやっていたら出合いは無かったですね。

戸矢崎教授…

そういう意味では、自分がやっていたことに留まる気はなかったので、ここの ファッションデザインに期待した んです。自分はファッションデザインをやってきたわけじゃないから、ファッションデザインを通して違うことが出来るのかと思って。それが当初結構裏切られ ましたが、でもここに来たことで杉浦康平さんとか様々なジャンルの出会いがあり、考えても見なかった大きな出来事でした。他のジャンルの人と共有しあえ て、たまに会ったら飲みに行こうかとか、繋がりがありましたね。

齊木学長…

寺門さんは来られて3年目ですね。先日、寺門さんに絵を学長室の壁面に提供して頂きたいとお願いしたら、大きな絵を新幹線で運んでいただきました。

寺門教授…

運び屋なんですよ。作品がデジタルじゃないので、宅急便でも良いんですが、運べる範囲であれば自分で運んだ方が安心なので。

齊木学長…

制作は東京で?

寺門教授…

今はほとんど東京ですが、なんとか大学でも制作できるようにしていきたいです。ただ、東京の仕事時間との兼ね合いでどこまでできるか、どうしたらできるかという問題はあります。

「制作することは快楽か苦か」

戸矢崎教授…

僕は学校である時期制作活動をやってたんですが、相当つらかったですよ。もちろん人によると思うんですが、作品を作っているときは苦しくて僕は単純に辛いんです。楽しいのはほんのわずか、ちょっと乗り始めた時で、その他の99%は辛い状態なんです。

寺門教授…

僕は、絵を描くことが快楽なんで、その楽しんでる姿を人にさらすのが恥ずかしい。

戸矢崎教授…

僕と寺門さんは対極な人じゃないかと思うんです。僕は、作品を作ることは苦しいんだけど、人生は楽しみたいんです。芸術というひとつの価値観に自分を閉じ込める気は全く無いんです。芸術を追求する僕の先生は、求道者みたいで芸術との戦いに見えます。

齊木学長…

寺門さんの作品は、今の楽しんでいる姿がそのまま作品にありますね。僕は一人 で作品を作らず、必ずメンバーが いてさまざまなやり取りの中で作り上げる。町のデザインや住宅の設計の時には準備に2・3年、設計に2年で計4・5年のスパンの中で作る。そのプロセスの 中で変化し、その中で自分が生まれ変わっている。終わったときには次の事を考えています。仲間の中で刺激を受けて何かをやっているんです。

「遠回りは近道か」

寺門教授…

僕は、同業の友人はわりに少ないんです。高校・大学と8ミリフィルムで自主制 作映画を作っていました。映画や 演劇に興味があって、絵はその一要素というか、いろんなものを表現するごく一つとして、映画を撮ったらポスターを描いたり、演劇のちらしを頼まれて作った りしていました。本当はそちらに進みたかったんですけど、なんとなく挫折とかありまして、集団を率いてなにかするのには力不足だなと思い、一人だけででき ることの修行をしようとその世界から撤退しました。たとえば映画監督とか演出家とか、もっともっと良い男じゃないと無理だなとか思っちゃったんですね。 で、一人で狭い範囲で力を出していく方が自分には向いているかなと。2つ選択肢が残って、人形と絵だと。その両方を勉強しに東京に出たんですけど、まず人 形で挫折して、最後に絵が残りました。他の事にも色気が出てついついやるんですけど、上手くいかなくって、絵のことをしているとちょっとずつでも進んで、 続いたんです。気がつくと周りには、昔憧れていた演劇や映画とかの人達がいて、そんな人と一緒に仕事ができるという状態にだんだんなってきました。

戸矢崎教授…

遠回りが近道っていうものね。

寺門教授…

そうかもしれないですね。ほんとに遠回りばかりなんです。

齊木学長…

戸矢崎先生の個展で印象に残っているのがボタンですよね。

「ボタンとの出合い」

戸矢崎教授…

モノを作るときはいろんな材料の負担がかなり大きいんです。大量に材料を買っ て作るのに疑問を持っていて、 今この時代だし公害とか、ごみのこととかも考えました。初めにボタンの工場から買って、それを染めたんです。ピンクに染めてギャラリーに振りまいて桜の 散った風景をつくったんです。それから素材を考えるようになって、独自のものを集めなきゃならないと。作品を思いついて材料を集めると限界があるから、ま ず集めることからに変えたんです。展覧会をするときに地域の人に呼びかけたりもします。

齊木学長…

寺門さんの作品の中には天使がありますが、何かのテーマ性ですか。

「天使との出合い」

寺門教授…

わからない部分です。それなりにあるのでしょうけど、とりあえずわかんなくし ています。元はといえば、女性像 を描いていくうちに、背中に放射状に光を描き加えたときに天使に見えたんです。かなり早い時期にコンピュータで絵を描いていました。コンピュータで、光を 操って絵を描けるのが快感でした。昔から光が好きなんです。向こうから来る光が。コンピュータにはずいぶんのめりこみましたが、次第に生で描く絵が描けな くなってきて、それで、コンピュータ断ちをして、神戸へ越しました。光を使わずに、紙やカンバスや絵の具といった物(ブツ)を使って、それでも絵が光って 感じられたらいいなと、その方が光を使って光っているよりすごいかなと。モチーフとして天使は光を表現しやすかったんだと思います。

齊木学長…

瞳って大切ですよね。

寺門教授…

話をしていても、なにか思いついた瞬間に瞳の色がすっと変わったりしますね。瞳に限らず、生き物として、僕たちは色も変わるし、光ったりくすんだり、そういうことに敏感な方ですね。

戸矢崎教授…

高校の時に本を見たらシルクスクリーンの作品が出てて、自分で作ってみたんで す。絹を木枠にはって、ペンキ で絵を描いてから版をつくって、ごしごしやっていたらずれて、意図しない良いものが出来ました。大学ではシルクスクリーンは3年生くらいからやりました。 正確さとかボカシとか、浮世絵に憧れて、最後100何十版とか作って、過剰にまでやってしまってから違うと思ったんです。1年半くらい悶々として、シルク スクリーンをやめる決意をしたんです。その後、個展をしたときに見に来た人に「戸矢崎さんの作品どこにあるんですか」って言われました。そのときが、脱皮 だったんです。

齊木学長…

お二人とも、あるとこまでは行き着いて、生き方と関係があるんですかね。

「原画の力」

寺門教授…

僕の世代は、テレビも白黒からカラーへ、8mmフィルムからビデオへ、レコー ドからCDへ、アナログからデジ タルへの時代で、メディアがどんどん全部が変わってしまう只中にいて、若い頃は先端を走りたくてしょうがなかった。コンピューターによって絵の最先端へい けると思ってたんです。生の絵が描けなくなって、コンピュータを使ってやっているのが本当に絵を描くことになってるのか疑問になってしまいました。そこで 大きく方向転換があって、結局、生で描く、物(ブツ)としての絵を描いていくことに戻っていきました。

戸矢崎教授…

若い時って感性が豊かで、本物に触れてない時は、本の方が本物より良かった り、ポスターが圧倒的にかっこ良 く思ったりしたんだよね。ところが、いろんな経験をして、本物を見はじめて、ニューヨークの美術館に行き始めて、印象派の部屋に入って粒さに本物を見たと きに、びっくりしたんです。きれいで。学生の頃に上野で印象派展を見て、良く思えなかったのに、ニューヨークで見たときに、オリジナルが良いと思いまし た。本物が良いと。

寺門教授…

イラストレイターに憧れたのは、印刷されるのが素敵なことだという理由でし た。コンピュータで絵を描くことは 原画がなくそれ以上に浮遊感のあることでした。反動でしょうか、神戸へ戻り絵をアナログで再開してからは、僕の絵がこの世に1つしかない物(ブツ)として のフェロモンを最大限にして、触りたくなるようなものとして、色気が出てくることばかりに注意していました。

戸矢崎教授…

印象派に近いものを感じます。ルノアールの傑作はどんなに逆立ちしてもかけな いです。富士山とかの絵は知っ ているけど、高速を走っていて富士山を見たら、実際を知らなかったとたじろいだりね。昔は、大学の先生になったら終わりと思ってた。でも、ここにいると仕 事は増えるけれど、本当にやりたい作品だけはやれるんですよ。仕事するのも辛いけど、何も期待されないのも辛いしね。そういう意味では、いくら時間があっ ても創作ができるわけではないし、どうしてもこれはしたいんだというものがあれば良い。思い切って自分のやりたいことをしたいです。

齊木学長…

この大学で教育に従事して20年になりますけど、僕も個別化した部屋には入ら ず、大部屋でメンバーも一緒に研 究やデザインを続けて、それがいろんな世界を超えて制作を可能とする刺激を生んでいます。それぞれの分野で、制作やデザインのスペースや係わり合いは違う んですけど、そういう多様な場面があったらと思うんですけど。

「学生達との本気の出合い」

戸矢崎教授…

専門教育の場合は、自分が最先端じゃないにしても、ある一線に立ち向かってないと伝えることが出来ない。本にあることだけを伝えても意味がない。講義って難しいですよね。

齊木学長…

学生は、先生が意欲を持ってやってるかどうかを判断してしまいますからね。講 演会とかいろんなところでお話を するときはスタイルを持ってやればできますが、授業は怖い。毎回が真剣勝負だし、彼らも真剣だし、こちらから投げたら反応が来ますからね。この面倒見の良 いといわれる神戸芸術工科大学でどういう教育を展開したいですか?

寺門教授…

どうしてもジレンマとしてあるのは、イラストレーターに、絵本作家になるため に4年制の大学に来るという選択 の価値を自分の中でどう捉えるのか。僕自身、美大経験がないので今も手探りで模索中という感じです。ただ、ここの学生達は立派だなぁという印象で、真面目 で感度もいい。僕が、絵を描くことだけで長年社会とわたりあい、生き続けている本物の絵を描く生き物として、その生態を学生の目の前にさらせられるといい なと思っています。

齊木学長…

学生との出会いが、将来へチャンスを作っていくという事もあるんでしょうね。研究室のメンバーにデザインやアートの本物をどう示していくかが課題です。

戸矢崎教授…

本気だって事ですよね。杉浦さんも、もうちょっと引けてるのかと思ったら、大 真面目でした。やなぎみわさん だってね。やなぎさんが本気じゃないと学生も演劇なんかやらないですよね。世間で認められている人が本気で学生に対応しているのがすごいですよ。僕ら学生 のときは無かったですもの。

齊木学長…

今日、お二人事にお越し頂いたことも出会いだと思います。これからいろいろ面 白いことにチャレンジできるよう にまず健康でありたいなと思いますね。今日はお二人の作品を制作するときの「生」の姿勢を語っていただきました。その常に感動を大切にする姿勢や新しい出 合いを求めるという姿勢には共通したものを感じました。ありがとうございました。