バオ イーシャン→花田先生/電話ボックスのことなど

2010年11月25日 18:52【青・花×登録者 エスキス

花田先生

ご返事ありがとうございます。
先生の電話ボックスに持つイメージや具体的な例まで紹介していただいて、私も今までと違う視点に立つことができたような気がします。
確かに先生がおっしゃった通り、電話ボックスの「ガラスの壁というバリア」によって私的空間が作られた安心感が生まれるはずです。私にとってもすごく居心地のよい場所でした。しかし、ある出来事によってそのイメージが壊れたのです。
携帯電話では確かに「何のバリアもないまま個人的な表情や振る舞いを他人の前にさらしている」のですが、それはさらし出してもいい話をしている時で、街で歩きながら話す人群れに巻き込んで、姿を消しているように思います。逆に人に知られたくない話をする時には人目を避けてどこかに隠して話すことができると思います。電話ボックスにはそのような逃げ場がないのです。人に見られたくない感情が展示箱に入れられ街にさらしているように思います。
また、外から見る立場について、携帯電話の場合、内容(の一部)と表情が同時に伝わってくるのに対して、電話ボックスの場合は表情のみになります。内容がわからない分想像が働くと思います。例えば中にすごく怒っているような人が話しているとしたら、通りかかってこれを見た人は、この人は誰に何を怒っているのとか様々な妄想が一瞬膨らむだろうと思います。
私が言う緊張感はこのような特定な場面にしか起こり得ないものかもしれません。ガラスや透明性というのは個人と世界に距離を置きながら繋ぐ手段ですが、スケールや場所、そして使う人の状況によって時には暴力的までに感じさせる力があるものだと、その両義性に面白さがあるのではないかと思いますが、どうでしょうか。

先生のイメージにフィットした「逢妻交流館」を実例として教えていただきました。それはまさに先生のイメージ通りで大変わかりやすい例です。私がそれを見た瞬間に、今まで矛盾しながら複雑に考えたことを全部捨てたくなりましたね。自分のイメージを本当に空間化できるのか、他の解を見つけるべきではないかと負けそうです。(笑)しかし、先生の意見を聞くことは、今まで完全に主観的に考えることに対する不安から解放されることでもあります。客観性を入れつつ考えて行きたいと思います。どんどんご指摘や批評をお願い致します。

バオ イーシャン, 2010年11月23日 16:21