Phone Booth エスキス

2010年11月20日 14:00【青・花×登録者 エスキス

青木先生・花田先生
 先日、質問に対してご丁寧に説明していただいてありがとうございました。そして返事が遅くなったことにお詫び申し上げます。この一週間で考えたことを報告して、少しアドバイスをいただけたらと思いますが、よろしくお願いします。

まず電話ボックスに感じるものをもう一度整理してみると、本来いかにも脆くて頼りない印象を与える透明な箱だが、中に入ると誰にも見られてはいないのにどこかから視線を感じ、監視される牢獄にいるような感覚が生じます。
 これは360度丸見えという性質からの感覚で、しかもそれが街中においた時に生まれてくるのです。外から受ける印象と中にいる感覚とのずれが同時に伝わってくると、私はその矛盾さに混乱しながら、不気味な視線のようなものをいつも感じてしまいます。

 これをどうやって具体的な空間に持ち込むかを考えた時、まず「視線」というキーワードから形にしてみたいと思いました。そして私を混乱させる矛盾さを解くため、あえて透明性とは全く逆の性質を用いて、感覚だけを直訳して空間化するとどうなるかを実験してみました。
 監視される牢獄の感覚をコンクリート打ち放しの箱にたくさんの「目」をつけることに訳しました。それは同じように並ぶ打ち放しのセパ穴を一つまたは複数を開け、視線を通す小さな開口です。ここで本来監視するために付けた「目」は、街のど真ん中においてみると、それらは内部からの「目」と変わります。中にいる人が街を見るという行為が生まれます。それは見せられるのではなく、自ら見るという意志によるものです。最も牢獄的な空間において、視線の自由だけを獲得したとも言えるかと思います。
 つまり私にとって透明ということは見られること、見せられること、見えることを自由にしたものであるのと同時に、見る意志を奪うものでもあると考えるのです。これは今の情報化社会において言えることではないかと思います。
 電話ボックスの感覚から生まれたセパ穴のあく箱が、道を挟んで電話ボックスと対峙するような風景が視線の自由と束縛、そのどちらともとれる両義性を示し、新たな視点の在り方を考えさせるものにならないかと考えました。

 まだ言葉がうまく整理できていませんし、電話ボックスのもう一つ重要な性質「繋ぐ」というものも今回まとめられませんでした。これから考えて行きたいと思いますが、このように矛盾を統一するのではなく、新たな矛盾を生みだす考え方はどうでしょうか。また先生が電話ボックスに持つイメージなどもよろしければお聞きしたいです。
 是非ご指導やご意見よろしくお願い致します。
 みなさまも何かアドバイスやご感想があれば是非教えていただきたいですので、よろしくお願い致します。


バオ イーシャン