対話編10 青→花 08

2010年9月13日 15:27【青木淳×花田佳明 対話

『「風景」をどこかからもってくるのではなく、「風景」と「建築」をほぼ同時に構築する。』
まあ、そういうことですね、きっと。

本当のことを言えば、どんな建築にもどんな都市要素にも風景はある。
たとえば、煮ても焼いても食えないような、もうどうにもつらい空間がありますね。
歩道橋とか。
そんな歩道橋が、映画によく出てきます。
北野武の『その男、凶暴につき』。
歩道橋をこちら側から捉えたシーンがあって、小学生の子供たちが向こうに向かって走っていく。サティの「グノシエンヌ1番」が流れはじめ、小学生が消え去ると、向こうに、高速道路。下から、北野武がこちらに向かって黙々と登ってくるのが視界に入ってきて。主人公の吾妻の登場ですね。
そして、ラストも歩道橋。今度は、吾妻でなくて、後輩の菊地が登ってくる。
こういうのを、ぼくはいちおう、「風景」と呼んでおこうと思うのです。

「風景」というのは、
ある物理的な環境が、誘発してしまうなんらかの感覚をもったシーンのこと、
とでもしておきましょうか。

そう、『その男、凶暴につき』では、
歩道橋という風景は、
「煮ても焼いても食えない、もうどうにもつらい」静かなくらいの暴力という感覚を誘発するシーンとして描かれているのでした。

そういう「風景」と「建築」のセットをあなた独自でつくりだしましょう、というのは、あまりの難題です。

だから、ぼくは、前の書き込みで書いたように、
自分(たち)の今の生活をテーマとして、自分(たち)を主人公とする映画を撮るとして、そのなかの重要なシーンとして、皆さんがどんな場所をどんな感覚の場所として使ってみたいのか、
それを知りたいのです。

具体的であればあるほど、いいですね。