対話編10 花→青 04

2010年8月27日 00:48【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
夏休みで時間があるのをいいことに、恥を忍んでひとり投稿を続けています。
間違いを矯正する機会がないので結構な恐怖感。誰か相手して(笑)。

いちおう「風景論」なるものを話題にはしておきましょうね。
いうまでもなく、「風景論」はいろいろな領域にあります。
アマゾンやグーグルに「風景論」と入れて調べりゃいいわけですが、学生諸君への情報提供の意味も込めて、思いつく本の一部を書いてネタを提供しておきましょう。

まずは建築や土木分野。
ここでは、特に最近、土木や都市工学系の分野から、すでに書いた「建築から風景へ」路線での具体的な分析や提案が多いよね。
中村良夫の一連の風景学。『風景学入門』(中公新書)が最初かな。最近のものでは『都市をつくる風景』(藤原書店)。西村幸夫の一連の研究や実践はもちろんだけど、読みやすいものとしては『西村幸夫風景論ノート―景観法・町並み・再生 』(鹿島出版会)。中川理の『風景学 -風景と景観をめぐる歴史と現在-』(共立出版)は、「風景」を巡る議論のいろんな枠組みを見渡すのに便利です。
一方、建築分野では、増田友也(『増田友也著作集 IV 風景論 存在論的建築論』等)に代表される京大系の一連の難解な思索型の議論がありますが、正直言って僕はきちんとは読んでいません。
もちろんこれ以外にも、槇文彦や陣内秀信らの東京論・江戸論、京都に代表される景観論争論等々、いっぱいあるわけね。

文学や評論の分野でも「風景」は重要なキーワード。
志賀重昂『日本風景論』(岩波文庫)は代表的な古典。評論家たちも「風景」という言葉を手がかりに、さまざまな文学作品を読み解いてきた。奥野健男『文学における原風景―原っぱ・洞窟の幻想』(集英社)は建築界ではあまりにも有名。加藤典洋『日本風景論』(講談社学芸文庫)等)、切通理策・丸田祥三『日本風景論』(春秋社)等々、「風景、文学」でアマゾンに入れればいろいろな本が出てくる。

社会学方面でもいっぱいある。
まず手にするなら、佐藤健二『風景の生産・風景の解放―メディアのアルケオロジー』(講談社選書メチエ)あたりからか。佐藤さんとは教養課程の頃の読書会で身近に接したことがあるが、思えばあの頃から空間的に社会を見る人だった。これも「風景、社会学」×アマゾンで調べてみよう。

写真の分野も興味深い。写真論という分野は、作品も批評もすべて風景論じゃないかと思うくらいだ。
荒木経惟のすべての活動、森山大道『犬の記憶』(河出文庫)、中平卓馬『なぜ植物図鑑か』(ちくま学芸文庫)等々、もちろんきりがない。
僕が初めて「風景」を抽象的にとらえるということを意識したのは森山大道の写真を見たときだったかもしれない。中学生の頃、写真部の暗室で白黒フィルムの現像や引き伸ばしをやっていた。その頃買った『アサヒカメラ』で初めて森山大道のいわゆる「ブレボケ」写真を見て、なんのことやらわからなかった。どう撮ればすればこんなにブレたりボケたりするのか、そもそも何のためにそんなことをやるのか、田舎の中学生には見当もつかなかった。1970年代の初めのことだけど何の写真だったかな。ただ、ともかく街の「部分」を思い切りアップした粒子の粗い白黒写真が、なぜか街「全体」を感じさせることの不思議さくらいは感じたからか、自分でも真似をして商店街の閉じたシャッターなんかを撮ってみたけど、もちろん似ても似つかぬ写真だった。

ところで、いうまでもないことだけど、今回僕らが考えなくてはいけない問題は、「風景」論ではなく、「風景から建築へ」論。こんな言葉を書き連ねていても仕方ないよと青木君には叱られそうだ。まあこういう本たちは、「風景」の捉え方の参考まで。

では、「風景から建築へ」論はどこにあるか。

磯崎新の「空中都市計画(新宿)」はそうかな。戦後の焼け跡の風景とのコラージュ。
菊竹清訓のスカイハウスや東光園などの上に帽子のような載るHPシェルの屋根は、富士山のメタファーじゃないかと思ったことがあるのですが(たしかスカイハウスのスケッチには遠くに富士山らしき山が描かれている)、だとしたら「風景から建築へ」の実践例?急にマイナーな話ですね。
青木君の『原っぱと遊園地』(王国社)は、まさに「原っぱ」という「風景」から「建築へ」論というわけか。

歴史的にさかのぼっていくと、「見立て」の世界なんかにはいろいろとありそうだ。

洋物を挙げるときりがないけど、ロッシの『都市の建築』(大龍堂書店)や『アルド・ロッシ自伝』(SD選書)、ヴェンチューリの『ラスベガス』『建築の多様性と複合性』(SD選書)、Herzog & de Meuronの『Natural History』なんかは「風景から建築へ」論ではなかろうか。海外の建築家は、案外素直に実践しているのかもね。

以上、役に立ちそうもないメモ。

自分の中にある「風景」で「建築へ」つながりそうなものを思い浮かべてもいますが、またそれは次に。