対話編10 花→青 01

2010年8月20日 17:27【青木淳×花田佳明 対話

青木君へ

花田です。
暑いねー。
今日は8月20日。
いつもなら、お盆明けには秋の気配が漂い始める山の上のわが家ですが、今年はまったくだめ。
特に、L型に突き出し、しかもピロティなので5面が外気に面した2階の僕の部屋は、空間全体が蒸し焼きになったような感じで、夜になっても熱のかたまりのままごろんところがっています。
というようなわけで、頭も身体もぼんやりとしたままだらだら書き。
例年以上の「ああでもないこうでもない」になるでしょうが、お付き合いください。
それにしても昔はこんなに暑くなかったなあ。30度超えると「ああ夏だ」と思ってたもんなあ。地球は大丈夫なのか。

「オープンスタジオ 青木淳と建築を考える」の企画も3年目を迎えました。
「模型から建築へ」「ドローイングから建築へ」というこれまでの課題を通して、参加した学生も僕もずいぶん多くのことを学びました。さらには、青木君の頭の中を垣間みる(たぶん・・)という貴重な経験もすることができたように思います。心から感謝しています。
「模型から建築へ」「ドローイングから建築へ」という課題は、正直言うとね、うまくいかないのではと心配したのです。でも、どちらも「問題」としての面白さに脱帽、という結果に終わりました。
ああいう問題を問題として出題し、その後不安がらないという青木君の姿勢自体が、僕にはたいへんな勉強だったのです。

さてしかし今回は、テーマ決めで青木君もちょっと悩みましたね。
「○○から建築へ」というスタイルは継続することにしたあと、いくつかの候補者を挙げてもなかなか決まらず、そのうち、<「模型」「ドローイング」とモノ寄りのテーマが続いたので今回はコト寄りにしよう>という判断が出て一気に解決。
それでも「記憶」とか「言葉」とか候補者があり、迷ったあげく最終的に青木君は「風景」という言葉を残しました。
僕は、「風土」ほどではないにせよナショナリズムのようなものを感じさせる「風景」という言葉と青木君の組み合わせに驚いたのですが、そのあとすぐに届いた課題文には、「そこに様々なものを感じてきた場所」くらいの意味だとあり、なるほどというか、まあそういうことかと思った次第でした。

「風景から建築へ」。
おそらく普通に考えると逆なんでしょうね。
「建築から風景へ」。
小さな「建築」という単位が集合して、より大きな単位としての「風景」ができる。一般的には「建築」の方が先に出現する。実際、その言葉を副題にした「風景」の研究者などによる『環境の解釈学―建築から風景へ』という本があったりもする。

でも今回の課題は、「風景」が先で「建築」があと。
大きな単位である「風景」を、それを構成する小さな単位としての「建築」へ凝縮せよ、というようなことでしょうか。あるいは、「凝縮」なんていう大げさなことではなく、さらっと「風景」を感じさせるというような?
もちろん、提示する「建築」が取り上げた「風景」じたいの構成要素かどうかはわからない。全く別の時空に置かれることだってあるでしょうし、むしろその方が普通かも。

少なくとも青木君の言う「風景」は、「建築」の加算によって生まれるようなものでもないのでしょうね。
たしかにね。
一見、加算的に見える美しい集落の「風景」も、そんな単純な原理で生まれているのではないでしょうね。

ところで「風景から建築へ」と言われて、僕がまず連想した現代建築は、原さんの自邸とか、アルドロッシの建築とか、SANAAの金沢21世紀美術館とか、西沢立衛さんの森山邸とか、スイスの建築家たちの作品でした。
この中では、原さんの自邸が一番「凝縮」度は高いですね。生まれ故郷の長野の谷間を模した下降する亀裂の空間を挿入し、その谷底で暮らすかのような住宅が生まれている。
ロッシの建物は、その中に立っていると、あたりがまさに「書き割り」みたいにイタリアの都市風景に思えてくる。
金沢21世紀美術館は、SANAAの建物の中で最もわかりやすい建築ですね。金沢という都市の迷路が埋め込まれている、という解釈を許してくれる。
西沢さんの森山邸を見たときは、学生時代に住んでいた江古田の木造2階建アパートから銭湯までの路地の記憶が甦った。
スイスの現代建築は、一番「風景」的存在なんだけど、むしろそれ自体では「風景」の凝縮体とは思いにくく、「風景」の中に置かれて初めて「風景から建築へ」的建築に見えるという逆説も含まれている。

青木君の作品の中ではね、僕には「i」と「G」と「ルイ・ヴィトン」の一連のもの(とくに表参道)が一番「風景」的に見えます。

美しい風景を形成している単位としての伝統的な民家や町家それ自体はどうなんだろうと考えてみると、「風景から建築へ」をテーマとした建築には見えないですね(順序関係からして当たり前かもしれないけど)。
青木君が「風景」の例として挙げた「2階建て木造アパートにくっついている軽量鉄骨の外廊下や階段や、駅前の屋根付自転車置き場」から構想された「建築」って、どんなものになるんだろうね。
石山さんの「世田谷村」みたいな感じ?まさか?
文脈的ということとは違うんだろうなあ。
文字通り「軽量鉄骨の外廊下や階段や、駅前の屋根付自転車置き場」を組み合わせた建築といえば、直島にある大竹伸朗の「I♥湯」や「はいしゃ」???

・・・とか考えているだけじゃあだめだということは3年目ともなるとよくわかる。
「じっさいやってみないとわかんないじゃん」と、ちょうど今、You Tubeの画面で大竹伸朗が言ったぞ。

暑い、もうだめだ。気にせず投稿。