高木翔/ただ街の中にゆらめきがあること

ただ街の中にゆらめきがあること
高木翔 千葉工業大学大学院 建築都市環境学科 2年

(無題)

[講評]
光のあたり方で、奥行感とか、まるっきり様子が変ってしまう環境になってしまう。すでに写真では、そのおもしろさがかなりうまく表現されています。今度は、そうした多様な様相が実際に生まれるためには、どのような形の空間がもっともおもしろいか、それをどういう方位に置けばいいのか、また、どのような膜の張り方がいいのか、ということを模型を使ってよくスタディしてみてほしいと思います。(この形の建物でいいか?床スラブをただ膜に置き換えればそれでいいか?)(青木淳)

コメント(6)

TITLE: この度は
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選抜いただきありがとうございます。
自分自身でも、様々な環境を作り出す布の効果を把握していないと感じています。
次の段階として、布の効果というものを考える事で、布の外側(実際の建築の形)が変わっていく。というような進め方をしていきたいと思います

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太陽の運行にあわせて変化する空間というアイデアは、藤原さんの「あちら側の自分」と共通しています。ただし、藤原さんにあっては、床面あたりの、つまり人が居そうな場所の変化であるのに対して、高木さんにあっては、自分を包囲する空間全体の、その奥行き感も含めた、とても大きな変化を扱おうとしています。包囲する空間全体にゆらめきを与えるという、ダイナミックな提案です。
さて、街のなかを歩いて、とりたてて何の特徴もない建物に立ち寄ってみると、なかはからっぽなのだけれど、その空間が時間によって変化している。そんなアイデアの端緒はじゅうぶんに明確な像をもっていて、いいです。
それに対して、どうかなと思うのは、まず、この案の「不経済性」です。不経済と言っても、お金がかかりすぎるというような意味ではなく、仕掛けの多さに対しての、それによって効果が得られる場所の少なさということです。1階に居るときの効果のために、何階分もが使われているのが、もったいなく感じられます。布も空間もなるべく無駄遣いしないで、その効果に対する最小限の投資はなにか、ということを考えながらスタディしていくといいと思います。で、なんとか、2階分でできたとします。それならいいか、と言えば、やはり、それでも「感覚誘導装置」的かな、と思います。「感覚誘導装置」的ということについては、このオープンスタジオのサイト、対話篇「模型から建築へ」で、すでに書きましたので、そちらを読んでみてください。(http://envopenstudio.blog36.fc2.com/blog-category-12.html)
では、どのようにしたら、不経済でもなく、感覚誘導装置でない案に発展できるでしょうか。ひとつの方法は、効果が得られる場所を増やすことだと思われます。1階だけでなく、2階や3階や4階に行ってまた居られる場所をつくる。そうすることによって、仕掛けは多くても、それによって効果が得られる場所も増える。それらの場所ごとに、「布」による、異なった光や奥行きの環境がある。それら相互の関係が生まれる。「感覚誘導装置」的でもなくなるでしょう。1階だけのためなら「布」は単なる仕掛けですけれど、もし「布」が空間相互間の境界面になったら、それらはすでに視線のコントロール、空気環境のコントロールなど、複数の役割をもった要素になるからです。

TITLE: ご講評ありがとうございます。
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 先生がおしゃられた通り、この布の扱い方では「感覚誘導装置」になってしまうのではないか、と危惧していた部分はありました。
 この時は一つの建物内の空間、というよりはその街で暮らしている人の日常が豊かになれば良いなと考えていました。
訪れた人が古びた建物の中に入ると、雲や海のような空間が広がり、しばらくぼけっとしてしまう。そのときその場では時間がゆっくり流れている。もしそのような空間が街の中にあったとしたら、その街に暮らしている人の日常は確実に変化するのではないだろうか。
それは、急がしく働いている人と家事が一段落して読書をしている主婦の人の時間の流れ方は違っているので、自ずと、それぞれの日常は異なってくる。その中で、ただぼけっとするという共通の時間軸があるという事です。
やはり、この考えはおしつけがましいのでしょうか?
 コメントを読んだ直接の感想ではないのですが、返答よろしくお願いします。

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そこは、こちらも迷いました。タイトルの「ただ街の中にゆらめきがあること」の「ただ」が利いています。この「ただ」が入ることで、そこにいま、ある街にあって、とりたててなにか変わったことはまったく起きていない、ゆらめきだけが導入されている、ということが、とても上手に表現されています。オブジェをつくろうという意志ではなく、むしろオブジェなしに、その場の空気をちょっとだけ変えてみたい、という意志の表明。これはこれとしておもしろい。しかし、だとすれば、少なくとも、いまの案は、あまりうまくいっていません。リアリティが足りないからです。そのために、いまのままでは、イメージを伝えるだけの模型(案)になってしまっています。たとえば、ビルの外壁だけを残し、それ以外を壊し、まず上までの吹き抜けをつくろうとしていますが、そうするには、構造上の補強が必要です。ですが、それについてのスタディが見受けられません。もしビルの外側に補強を加えると、その建物は、街を歩いている人にとって、もう「とりたててなにか変わったことはまったく起きていない」ということにはなりませんから、きっと、ビルの内側に補強するのでしょう。では、どういうふうに? それを具体的に考えてみましょう。いずれにしても、かなり大変な補強ですね。そして、その大変な補強がなされた上で、布が無造作にたらされている。そういうふうに、この案の実際を頭のなかで想像していくと、なんだか、ガクッとしませんか?そこまでする手数と、それによって得られる効果のバランスが悪い。(布の張りかたが厳密に考えられれば、そのバランスはよくなるかもしれない。)という意味で、もし、ほんとうに「ただ街の中にゆらめきがあること」をテーマにするなら、この案のかなり最初の段階、つまり、「訪れた人が古びた建物の中に入ると、雲や海のような空間が広がり、しばらくぼけっとしてしまう。そのときその場では時間がゆっくり流れている。」まで、もう一度戻って、ほんとうに床を抜く必要があるのか、布をつかう必要があるのか、から考えなおさなくてはならないように思われます。ということで、先のコメントを書いたわけです。つまり、構造補強の仕方、布の張り方(布と壁とのジョイントの仕方を含めて)をよく考える方向で、今の案の手数とそれによって得られる効果のバランスをよくしていくのは、大変におもしろいことなのですが、かなりハードなのです。もちろん、それに挑戦してくれるのなら、とてもうれしいのですが、さて。(もしかしたら、既存のビルのリノベーションではなく、こういうなんのへんてつもないビルを新築でつくるというイメージかもしれませんが、それではフェイクなので、「ただ街の中にゆらめきがあること」の案としていい案ではありません。)

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コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、「ゆらめきだけが導入されていること」を実現しようとすれば、構造上の補強などが加わり建物としてオブジェ化してしまう。それは避けたいところです。
街に対するストーリーというか状況は、布がつくり出す「雲や海のような空間」を(敷地はないにしても)日常に実際の建築としておとしこもうとして布の魅力だけをみていたために、結果として不効率なものになってしまったのだと思います。
そうではないものをつくるためには「布の効果」自体を効率的にみてみる事が必要だと考えています。例えば、同じ状態の空間を作るのに、布2枚使うのと4枚使うのとでは、明らかに2枚のほうが効率的です。このように無駄をつぶしていきながら、以前先生がおっしゃっていた効果を得られる場所を増やしていきながら、無駄をできるだけ削ぎ落としてスリムになったもので、多様な空間ができるようにスタディを進めていきたいと思います。

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青木先生はもちろんのこと、花田先生をはじめ、関係者の方々にはいろいろとお世話になりました。
出題を含め、全体を通してとても刺激的で楽しむ事ができ、参加して良かったなぁと感じています。
私は今年度で学生を卒業してしまうので、来年以降参加できないと思いますが、機会があれば講評会などに足を運びたいと思います。
ありがとうございました。

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