山下晋彦/苔小屋

苔小屋
山下晋彦  和歌山大学大学院 デザイン科学クラスタ 1年

苔小屋

[講評]
真ん中に立っている模型の木がすばらしい。この木を核にして、それと張りあえるだけの「苔の世界」になるといいです。まだまだ「小さなモノ」の集まりが、ひとつのかたまりに感じられるまでになっていないようですけれど、きっと最終的には、中央(のままがいいかどうかは考えどころ)の大樹と、なるほどなあと思える関係をとりもってくれることでしょう。(機能は忘れた方がいいです。)(青木淳)

コメント(3)

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青木先生。
はじめまして、和歌山大学大学院の山下です。
ご講評ありがとうございます。

今回の課題を進めていく上で様々な疑問がわいていました。ですので聞きたいことが山ほどあります。よろしくお願いします。
まず、機能は忘れた方がいいです。とありますが、今回の課題では、折附隼輝さん/カーペットの家「あっかんべ〜」のコメントでおっしゃられた通り、模型から「余剰」の豊かさを引き取ってはは作り直し、また余剰を発見しては作り直し、そうしてモノとしての豊かさを発展させていけばいいのでしょうか?だから機能のことはそんなに考えなくてもいいということなのでしょうか?
また先生がご指摘されたように、自分でもまだ小さなモノの集まりがひとつのかたまりに感じられるようにはなっていないと思います。僕の今の考えでは、まず素材が同じであることが重要です。つぎに形は、形ももちろん似た形にはなるでしょうが、少しずつ違う形のものが集まってできている。そして集まり方が一番重要なので、隣り合った小さなモノ同士がどういった関係を作っているかが大切だと考えています。決してつながっているわけでもなく、しかし全体として一つに感じる。そういったものにしていきたいと考えています。
次に、大樹となるほどなぁと思える関係とおっしゃられていますが、その部分をもう少し具体的に教えていただきたいです。自分では木に触れている部分があったり、木と離れている部分があったりしながら、木と僕がつくるモノとその間の空間を一体として考えていけたらなと思っています。しかし、その時に何に注意を払って考えていくべきなのでしょうか?人が集まりやすいかどうかでしょうか?開いた空間か閉じた空間かなのでしょうか?それとも導線でしょうか?光の入り方?風?視線????結局は僕がどうしたいのかによるのだと思いますが、ぜひ先生の意見を教えて下さい。
長々とすみません。よろしくお願いします。

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「また先生がご指摘されたように」以下のパラグラフで、山下さんが書かれている目標、完璧です。苔でも、葉っぱでも、よくよく見ればそれぞれ違うかたちをしている小さなものがあつまって、ひとかたまりをつくっている。そういうことが人工的な均質さとは異なる自然の均質さのありかただという視点。それに魅力を感じる感性がすばらしい。建築はいつだって人為的(意識的)につくりだされる環境です。そういうところに、自然ならではの均質さを持ち込もうということは、もしかしたら、いままでの建築の根本を変えるところまで進めるアイデアかもしれません。だからこそ、安易に、黒板や、テーブルとそれを囲む椅子としか見えない要素を入れてはいけません。もしそれが寺小屋のような機能を果たすためにどうしても必要だから、というのなら、機能など考えないほうがよっぽどいい。
むしろ、つくられた環境の、その場所ごとに、もしそこに自分が居たらどんな気分になるだろうかを想像しましょう。それは快適ですか?快適だとすれば、どのように?場所ごとにどんな差がありますか?その差は楽しいものでしょうか?模型をつくって、その見え方を自分の胸に聞いて、また試してみる。と同時に、その案が先の目標、つまり、「よくよく見ればそれぞれ違うかたちをしているものがあつまって、ひとかたまりをつくっている」世界になっているか、点検するのを忘れないようにする。山下さんがすでにつくった大樹を前に、そういうことに集中して、それをコツコツとやっていくと、案が膨らむだろうと思います。(場合によっては、大樹にも手をつけていくことになるかもしれませんけれど。)
正直なところ、椅子とか、家具に見えてしまう要素でいいのかな、と思っています。なぜかと言うと、そういう要素だと、スタディをはじめる前から、もう、つくられるだろう空間なり環境が想像できてしまう(だいたいですけれど)からです。また、その要素だと、それぞれが独立して、垂直に林立することになる。要素自身には横のつながりを生むことができない。それでもその要素を用いようとしているのは、きっと苔というところにひきずられているからだと思いますけれど、やっぱり、それはプロジェクトとしての展開の可能性を狭めるものではないでしょうか?むしろ「苔」そのものではなく、「よくよく見ればそれぞれ違うかたちをしているものがあつまって、ひとかたまりをつくっている」というところまで抽象化して、スタディをしてもいいのでは。
そうそう、ちょっと気になったのは、「人が集まりやすいかどうかでしょうか?」という設問の立て方。まさか、そんなことはないとは思いますけれど(というのは、この設問が例として挙げられているものに過ぎないので)、人間の行動をコントロールする、という姿勢で設計をしてはいけません。人間というものは、千差万別であって、それを刺激・反応様式が確定しているものとしては扱うことはできないからです。人を理解できるという、人の上に立つのではなく、自分さえわからないというところで、なにかをつくってもらいたいものだなあ、と思いました。

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丁寧な解説ありがとうございます。
あまりにわかりやすくて感動しました。
いえ、というよりもこの課題に対する先生のねらいのようなものがようやくはっきりした気がして、たちこめていた霧がぱっと晴れた時のような感動に近いです。
このように説明して頂くと、「機能を考えなくてよい。」ほんとうにそうだなと感じました。
また設計の進め方も、自分がそこにいたらどんな気分になるかを意識していきたいと思います。
要素ですが、確かに横のつながり生むことはできませんね。そう考えると一つ一つの要素は、有機的な形になりそうな予感がします。
また、最後におっしゃられた、人間の行動をコントロールするという姿勢で設計してはいけない、ということも真摯に受け止めたいと思います。
ありがとうございます。

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