[対話篇 花→青 1]「模型」にもいろいろありそうだね。

青木淳 様

インターネットが一般には普及していない十数年前。家庭のパソコンは「パソコン通信」なるもので外部とつながっていましたね。今の学生諸君は知らない世界。キーボードを打って指示すると、10cm角くらいのモデムが光り出し、ジーコロコロと音をたてて自動的に電話をかけ、最後にピーピーと鳴ってダイヤル回線経由の通信ができた。
それを使い、東京にいる青木君と神戸にいる僕との間で膨大な量のメールが往復し、そこでの議論は後に僕のいくつかの論文へとつながりました。
あーでもない、こーでもないというやり取りには、しかし基本的に一定の共通点があったと僕は勝手に思っていて、それは、どんな意見も「なるほどねえ」と一旦受け入れた上で、でもここが違うんじゃないか、僕はこう思うけど、と付け加えていくスタイルだったように思います。二人ともの性格なんでしょうね、意識することなく持続されたそのスタイルが、いろんなアイディアを生み出してくれた。
そのやり取りが余りにも多かったせいかな、世の中にはまず相手の意見を否定することから話を始める人もいるんだと気がつき驚いたのは、ずいぶん後のことでした。

今年度、青木君が神戸芸工大の客員教授になってくれ、さてどんなふうに学生の前に登場してもらおうかなと考えているときに思い出したのは、上に書いたような「肯定から始まる議論」の心地よさでした。そして、青木君とのそういう対話を学生諸君にも経験してほしいと思いました。
オープンスタジオに期待するのは、そんな言葉が飛び交う空間の出現。青木君と学生、他の学科教員と学生、青木君と学科教員のあいだで、肯定的な言葉が行き来する空間です。さらには、学外からの参加にも大いに期待をしています。

「そのベースになる旋律を奏でてみよう」と、僕には似合わない文学的比喩とともに思いついたのが青木君との雑談を公開することでした。
実習の授業中に、肝心のエスキスを忘れて学生相手にやる建築談義ほど楽しいものはない。課題を解く手助けになるかどうかはわからないけど、話がどんどん広がっていって、学生の「あははは」という笑い声が引き出せたら大成功。

さて、前置きはそのくらいにしておきましょう。

青木君から示された「模型から建築へ」という課題は、ある意味では設計作業の途中にある自明の変換過程を示す言葉だよね。多くの設計は、模型から建築の実現へと向かいます。
でも青木君の課題は、逆に「建築から模型へ」という方向の考察をしてみてくれというメッセージでもある。つまり、素晴らしい「まだ見ぬ「建築」」があるとして、それが生まれるきっかけになった「模型」を想像しろというメッセージだ。素晴らしい「まだ見ぬ「建築」」を「生むかもしれない」模型ではなく、「生んだ」模型。しかも「まだ見ぬ「建築」」も見せてみろという無理難題。時制がめちゃくちゃです(笑)。

先日、この企画の進め方を青木君と相談するために東京へ行ったとき、東京国立近代美術館で開かれている「建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳」展に行きました。何しろ青木君の設計した一軒の住宅の生成に関わる「模型」が全部展示してあるというわけだから、見ておく必要があると誰しも思う。
会場では、よくまあこんなにいろんなことを考えるものだと感心しつつ、ほとんど模型どうしの前後関係を読み取れないまま、でも模型ごとに記された全部のコメントを読んでみた。すると、その作業というか体験には既視感があり、何だろうと考えていて思い出したのは、青森県立美術館の見学会。あのとき、建物の裏方の部屋も含めて3、4時間かけて一周し、疲れ果てた体で味わっていた感覚と似ているのですね。
長いミステリーを読み終わり、その満足感、達成感に浸っているうちに、実は犯人が誰なのかがわからないままであることにやっと気づく、とでも喩えてみたくなる、そういう感覚。言い換えると、そこには「全体」を俯瞰できる「模型」がない。謎は解けないのに、あるいはひょっとしたら謎を解きたいなんて思ってないのに、優秀な人材を集めた強力な組織が立ち上げられ、大捜査がおこなわれている。あそこに並んでいた模型はすべて真犯人を知っている。でもそれは全部別々の人なのだ。

模型論というより、結局は青木君の設計論を尋ねているような感じですね。

展覧会のカタログに納められた田中功起さんの「マキシマルな操作、あるいはそばとうどんをいちどに食べながら同時に歌うこと」というテキストは、つくる人間どうしだからか、青木君がたくさんの模型で言おうとしたことを、実にうまく、分析というより、描いていると思いました。
勝手に自分のことに引き寄せるなら、この「・・しながら同時に・・」という感覚は、僕が「青木淳論序説」(『建築文化』9911、2006年に彰国社シナジーで復刻)で最後に図示しながら書いた青木モデル(通称「ずん胴モデル」)に似ているとも思います。たしか、「世界」を縮小も拡大もせず一気にとらえる感覚、とかなんとか書いたこと。

こういう設計の進め方を選んでいる青木君にとって、模型は一番馴染みのいい道具、ということなのかな。その道具で何を確認しながら前へ進んでいるのか。僕にはとても追体験できません。

「鳥の巣」から「編んだような」構造体へ、「伝統」から「木造の垂木のような」コンクリートの細い梁へ、移動する民族の家「パオ」から「東京を浮遊するかのような」少女の部屋のインテリアへ。それぞれ最初の言葉が「模型」です。建築家はそんなふうに「模型」をとらえることがある。でも、「モデル」とカタカナ書きした方がいいであろうこういう「模型」、つまり「全体」を教えてくれるような「模型(=青木モデル)」は、青木君の建築からは想像ができない。

「模型」にもいろいろありそうだね、というところで、取り合えず第一便。

2008年8月4日 花田佳明

対話篇とは

今回の課題を手がかりに、青木教授と私との間でメールのやり取りをしてみようと思います。どんなことになるか分かりませんが、よろしくお願いします。

茶々を入れてやろうと思う方はぜひどうぞ。
ただし、所属と本名は明記して下さいね。
なお、このブログに関する注意事項はご一読ください。

花田 佳明

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