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HANADA laboratory
Logbook:Yoshiaki Hanada
2007年1-2月

花田の大学での暮らし、設計活動、日々の思いを記録します。
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環境・建築デザイン学科公式ブログ
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2007年-6月9日(土)

 久しぶりの送信テスト


2007年-2月15日(木)

 神戸芸工大の卒業制作展「カオス2007」が開かれます。ぜひお越し下さい。

   日時:2007年2月16日(金)〜18日(日)10時〜18時
   会場:兵庫県立美術館

 詳しいことはこのページをご覧下さい

2007年-2月4日(日)

 明石市立文化博物館へ。「昭和なつかし博覧会」という特別展を見るためだ。1月4日から始まっていて、今日が前半の最終日。今日まで、例の「フォトモ」の糸崎さんによる展示があるというので行ってきた。
 下の写真のように、昔の明石の町の風景写真を大きく引き延ばし、通りのようなものが再現してあった。さらにその奥が学校の教室だったりお店だったり。そこに昔の品物が展示してあり、空間まるごとで昔を味わうことができるという仕掛け。なかなか効果的だった。
 来館者数が予想以上に多いのにびっくり。それこそ、子供からお年寄りまでが楽しんでいた。
 僕にとっても懐かしいものがいっぱい。



2007年-2月3日(土)

 修士論文(および作品)の発表会。全部で15本。そのうち論文が6本、作品が9本。僕の研究室はT君が「千里ニュータウンの団地再生計画」を作品で提出した。大部分のものはまじめにやっている感じはあって好感をもったが、でも飛び抜けたものがない。2,3のものは、この段階でも大枠の論理が怪しく、残念。

2007年-2月2日(金)

 寒い朝。九州大学芸術工学部へ。新幹線が雪で少し遅れた。
 毎年恒例の、大きな模型を作らせる1年生の授業の講評会だ。今年度からカリキュラムが少し変わったけれど、住宅の20分の1の大きな模型が出来上がってくることに変わりはない。
 いずれもたいへんな力作ばかり。日本の3つの物件は実に精密な、海外の3つの物件は実に豪快な模型である。いずれもさまざまな工夫があり、感心した。これ以外に、グループごとにパソコンによる空間分析や模型写真あるいはCGのプレゼンテーションもやってもらう。
 マイレア邸とテューゲンハット邸は何しろでかかったが、マイレア邸はこの授業始まって以来、最大の模型ではないかと思う。また、マイレア邸のサウナ棟の煙突からはお香の煙が昇り、池にはジェルが流し込まれていた。これらも初めてのことだ。
 「へー、こうなっていたのか」と思うことも多く、教師の側にこれほど得るものが大きい授業も珍しい(笑)。
 みなさん、お疲れさまでした。

 行きの新幹線では『東京大学の歴史』(寺崎昌男、講談社学術文庫)、帰りは『最後のアジアパー伝』(鴨志田穣・西原理恵子、講談社文庫)

 岡山の住宅(山本理顕)
 落水荘(ライト

 マイレア邸(アールト)
 テューゲンハット邸(ミース)
 幻庵(石山修武)
 ZIG HOUSE/ZAG HOUSE(古谷誠章)

2007年-2月1日(木)

 で、本日、卒業制作を拝見。今年の傾向としては、上位陣の作品から、従来、我々の学科カラーといわれていた生真面目な感じの作品が減り、自分の感性を前面に押し出した作品が目立ったこと。採点者としては、完成度と可能性のバランスにいつも悩む。いくら完成度が高くても、優等生的なだけのものは少し評価を下げる決心がつきやすいが、逆に、とても可能性があるアイディアなのに、図面の完成度が低いものをどうしたものか、考え込む。学生諸君、どーして両立できないのか!

 大学院の方は、修論・修士作品とも29日に提出がすんでいる。僕の研究室からはT君が作品で提出。千里ニュータウンの団地を再生させる計画だ。あさって3日に発表会がある。T君と簡単に事前打ち合わせ。
 その他、来年度の学科行事等について打ち合わせ。面白いことがひとつ決定。お楽しみに。

2007年-1月31日(水)

 今日はまた慌ただしい一日に戻った。午前中は学科会議、1時からは入試関係の打ち合わせ、3時から人事教授会、3時半から教授会。その間に卒業制作の提出がおこなわれ、例によってのどたばた劇があったようだが、一段落したところへ戻る。製図室では提出確認のすんだ学生が、順次、展示作業をしている。さて出来の方はどうだろうと、少しうろうろする。これから数日入口に施錠し、学生は入れないようにして教員が適宜採点をする。
 

2007年-1月30日(火)

 まだここを読んでくださる方がいるのだろうか。
 前に書いたのが昨年の12月16日。年が明け、はや1月も終わろうとしています。
 あまりに間があいたのでひょっとしてご心配いただいた向きがあればお詫びします。

▼ 何しろ慌ただしい毎日だった。
 「だった」と過去形で書いたのは、27日(土)から今日までの4日間、久しぶりに大学で自分の時間をもてたからだ。それはそれは懐かしい感覚だった。
 というのも、27日(土)と28日(日)は芸工大の前期の一般入試だったのだが、僕には試験監督の役目は回ってこず、しかし学科主任だから大学には行かなくてはいけない。でも試験終了後の学科での打ち合わせまで仕事がない。というわけで、ほんとうに久しぶりにぽかーんと時間が空いたのだった。
 で、何をしたかというと・・・、混乱した研究室の片づけである。
 部屋の真ん中にある1.2m×2.4mの打ち合わせ机の3分の2は、古いスライドや本や書類や使ってもいない電子機器で覆われていて、いつも入り口に近い3分の1くらいのスペースで学生やお客さんと話していた。それを一掃し、1.2m×2.4m=2.88平方メートルの面積を確保するぞと決めたのだった。

 まず27日、28日の2日間は、ひたすらスライドを整理。
 僕は、デジカメへの切り替え時期に、同じ対象をデジカメとスライドの両方で撮るということをやったものの、結局、パソコンでのプレゼの便利さが勝って、写真屋から受け取り開封されないままのスライドケースが大量にあった。まずはそれらを一気に整理した。「整理」といっても、もちろん捨てたわけではない。千数百枚のスライドを全部見て、きちんとファイリングした。さらに古いスライドも、シートには挟んだものの、そのまま山積みになっていた。これもすべて分類してファイリングした。
 おかげで、久しぶりに透過光のスライドの美しさを再認識。自分で言うのも何だが、なかなかいい写真がある。少なくとも現在使っているデジカメでは撮れない映像。さすがCONTAXの28mmや18mmの表現力は違うなあと、銀塩カメラへのノスタルジーでいっぱいになった。いかに広角でも周辺が歪まない。ポジフィルムはコダクローム64を愛用していたが、あのしっとりした色合いも、僕のデジカメではでないなあ。それとも、ちゃんとした一眼レフのデジカメなら大丈夫なのだろうか。

 引き続き、29日(月)と30日(火)も片づけ作業を続行。授業が一段落し、今は卒業制作の提出直前(明日だ!)。したがって平日も少し余裕が生まれた。そこで、古い書類や本関係へと攻撃の手を広げ、本夕、ついに1.2m×2.4mの大平原が出現したのだった。
 何と気持ちのよいことか。もっと早くやれば良かったと思うものの、こういうことはまとまった空白時間がないとできないのだ。

 さらに、これまたずっと気になっていた松村正恒の図面整理もおこなった。久しぶりに「資料」に接した。いかに「研究」や「勉強」をさぼっているかを実感。これも片づけのおかげだ。何しろ、A1原図のコピーを広げられる場所ができたのだから。


▼ 
年明けからこっち、いろんなことがあったが、詳しく書いても仕方がない。
 各種会議、4年生の卒制相談、来年のゼミ配属の面接、非常勤校の最終講評会、東京都現代美術館の長谷川祐子さんの特別講義、御前浜関係の打ち合わせ、大学院の講義、センター試験の監督、学生への対応あれこれ、日土小関係のやりとりいろいろ・・。去年の4月以来繰り返してきたことだといえばそれまでだが、主任仕事に関していえば、慣れてくると逆にいろいろと気が回るようになり、自分で仕事を増やしているような気がしないでもない。

▼ 嬉しい出来事。前川展も京都での巡回展を最後に昨年暮れに終了したが、東京にある他の前川作品の模型とともに、われわれが作った紀伊國屋書店の模型が江戸東京博物館の収蔵品となることが決定した。最終の手続きは年度末ということらしいが、まあ大丈夫だろう。参加してくれたみんなも喜んでください!