<熱海・伊豆高原2泊3日の旅?>(2000/9/11〜9/13)
 
 その日は朝から雨だった。雨はだんだん靴の中まで染込んで、何となく嫌な気がし た。東京に着く頃、隣の人に「定刻通り着きましたね」と突然話しかけられた。私 は何のことかわからなかったけど、「そうですね」と笑って返事をした。後から聞 くと、私より前までの新幹線の到着が、30分ほど遅れていたらしい。そんなこともあ るもんだと思ったが、同じようにこの後、この新幹線で、思わぬ事態に巻込まれるこ とになろうとは・・・。
 
 その日は、花田先生と松隈洋さん(京都工業繊維大学)、ケン・タダシ・オオシマ さん(コロンビア大学)、石坂さん・梶川君(共に花田研)と東京は両国で待ち合せ。 このメンバーで集るのはもう2回目だ。大学院の共同研究で、建築雑誌の編集者への インタビューを行っていて、松隈さんにはアドバイザーとして参加して頂いている。 その第一回目は宮内嘉久さんだった。そして今回、その第二回目として平良敬一さん にお話を伺いに来た。
 
 東京は小雨が降っていた。傘もささずに歩いて行くお相撲さんに見とれながら、ま もなくして住宅建築の編集部へ着いた。私達は平良さんのインタビューが始まってか ら一度も休憩することもなく約5時間、ずっと話に夢中になっていた。数々の建築雑 誌を創刊し、編集者としての輝かしい功績とはうらはらに決して肩に力の入っていな い生き様に一同ため息、かっこ良すぎる。私達はとっても良いお話でお腹いっぱいに して帰っていった。     
 
 帰りの東京駅、駅弁を買って新幹線に飛び乗ると、まだ走り始めて1時間というと ころで電車が止ってしまった。しばらくしてアナウンスが入る。「ただいま大雨のた めに電車が止っております。運転の見込みはたっておりません。お忙ぎのお客様には 大変ご迷惑をお掛けしております」。その後もほとんど停車の状態が続いた。なんや かんやと文句も言いながら初めは先生達との会話を楽しんでいたが、そのうち沈黙も 多くなりお互い手持ちぶさたになってきた。売子さんは忙しそうに車内を何度も往復 し、横を通るたび品数がみるみるうちに減っていく。出張帰りのサラリーマンはゆっ くりいこうぜといった感じで、小さな宴会が始まりだした。  
 
 停車して1時間以上が経つと、まもなく新大阪に着いているはずの時間が迫ってき た。何度か同じ様なアナウンスは入るが、いまどこで停車しているのか、どういう状 況なのか全くつかめない。こんな状況でどうして新幹線を出したんだ!?なんで乗る 前に言ってくれなかったんだ!バカヤロウ!乗車している人はきっとみんなこう思っ たに違いない。せめて熱海で温泉・・・という半分冗談のつもりが現実になってしまっ た。あの時熱海を降りた人は何人くらいいただろうか、たぶん乗客の1割ぐらいじゃ ないかと思う。とにかく私達は新幹線を後にして、翌日朝一番のひかりで帰ることを 決めた。
 
 熱海で一泊、そして次の日の新幹線運行にもはっきりとしためどが立たず、まさか もう一泊か?という誰も口にしなかったセリフをついに先生達が口にした。そしてま さかのもう一泊。しかし幸運なことに、私達は松隈さんの計らいで「伊豆高原の家」 (堀部安嗣さん設計)に泊まらせて頂けることになった。真っ白くてとても小さな家。 伊豆高原は快晴で、私達は何もかも忘れてゆったりとした時間に身を委ねた。もうみ んな何しに伊豆まで来ているのか忘れている様だった。
 
 ともかく無事(?)にこうして私達の熱海・伊豆高原2泊3日の旅は終った。家に帰っ てニュースを見ると、JR創業以来の長期運転停止で、JRの対応の悪さに責任追及 されていた。私はそうだ!そうだ!と机をたたきながらテレビにかじりつき、またそ のすぐ次の日、信州へのゼミ旅行へと旅立っていった。
文章:hatano 写真:kajikawa
「伊豆高原の家」 設計:堀部安嗣
新幹線からみた名古屋