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トークセッション2012 第1回 山岸剛「建築写真について」レポート 花田佳明

2012/06/21
Update: 2012/07/06 @野村

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トークセッション1回目は、写真家の山岸剛さんにお願いした。
 私は彼の仕事に興味をもち、ぜひお話を伺いたいと思ったものの初対面。いったいどんな方なのだろうと興味津々で待っていた。約束の時間どおりに現れた山岸さんは、赤いズボンとVネックのTシャツという出で立ちで、そのラフなファッションが濃い眉の精悍な顔つきに似合う、やや硬派な印象の青年だった。
 私が山岸さんに興味をもったきっかけは、彼の以下の3つの仕事である。
 (1)2010年度と2011年度の日本建築学会誌『建築雑誌』に「ON SITE」というタイトルで連載された一連の写真。
 (2)上記『建築雑誌』の編集委員のひとりとして彼がまとめた2010年7月号の「建築写真小史」という特集。
 (3)山岸さんのウェブサイトに掲載されている西沢立衛の「森山邸」や篠原一男の「上原通りの家」の写真。
 土木構築物や郊外住宅地など、どちらかといえば風景と呼ぶにふさわしい対象を撮った(1)、そしていわゆる建築写真である(3)に共通して漂う奥行き感の薄い不思議な気配が、(2)に掲載されたインタビューや対談での論理的な思考といかにも対照的で、私は山岸さんという写真家に興味をもったのである。
 山岸さんのレクチャーはきわめてわかりやすかった。彼は最初に講演の柱を、(A)建築写真の内容、(B)建築写真の形式、(C)建築写真の批評性の3つだと示し、それに沿って話を進めた。
 (A)の「内容」とは、建築写真の定義というようなことで、それについての山岸さんの話は明快だった。建築とは知の結晶としての人工物であり、それに対峙するのは自然、したがって両者の関係を写し撮ることこそが建築写真の役割だと山岸さんはいうのである。
 たしかに、「ON SITE」に連載された写真からは、人工物と自然とのさまざまな関係を読み取ることができる。山を削ってアスファルト道路を作り、切り通し面にコンクリートを吹き付け山肌のような風合いを出す。津波の痕跡としての廃墟の中に鳥居だけが立っている。北上川に沿った道に車のサーチライトが水平に光の筋を残していく。そんな風景を撮った写真ばかりだからだ。
 (B)の「形式」とは、たとえば篠原一男の「上原通りの家」が使い込まれた様子を撮った室内写真を例に、微妙な角度のレンズの振りや、手前の植物をぼかし画面全体にピントを合わせることを拒否することによって破られる何かだと山岸さんは説明した。
 (C)の「批評性」については、建築写真家・二川幸夫を例に挙げた。山岸さんによれば、二川は自前の出版社と雑誌をもち、自分が撮影し雑誌に載せる建築を自分で選ぶことによって建築批評をおこない、そして建築史を書いているのだという。写真はそのような批評性をもち得るのだというわけだ。
 山岸さんからは、事前に大きなオリジナルプリントが届き、さらに当日は30枚ほどのプリントを持参して下さったのだが、(A)(B)については、それらの現物とスクリーンに映し出される多くの映像とがきわめて説得力を発揮した。
 (C)については、自分の納得のいくものしか撮らないという、山岸さん自身の決意表明と解釈でき、従ってそれもきわめて明快かつ納得のいく話だった。
 会場からは多くの質問や発言が投げかけられた。
 たとえば中国からの留学生は、「山岸さんの写真からは日本的な印象を受けるが、たとえばヨーロッパなどの外国で撮るとどんな写真になると思うか」という質問をした。
 これはなかなか良い問いだ。なぜならば、山岸さんは「知の結晶としての建築と自然との関係」を撮っているというが、彼が対象とする風景はいささか歪んだ「結晶」であり「建築」とも考えられ、そのことによってこそ批評性が生まれているのではないかという疑問が成り立つからだ。したがって、本格的な「結晶」としてのヨーロッパの建築や都市が自然との間に築いている安定した関係を前に、山岸さんは何をどう撮るのだろうというのは興味深い思考実験となる。
 それに対して山岸さんは、「もちろん建築と自然との関係は多様であり、自分はそれぞれに応じた撮り方ができる」という作家らしい自信に満ちた答えをした。
 本学教授で写真家の宮本隆司先生からは、「建築写真を撮ることにまだ可能性はあると思うか」という質問が出た。若い写真家に対する口頭試問のような気配も漂い会場には緊張感が走ったが、山岸さんの肯定的な強い答えは、合格点どころか試験官との見事な対話であると感じられた。
 建築写真という言葉からは、建築とは何か、そして写真とは何かという2つの問いが生まれてくる。優れた(建築)写真家は、それは自分が撮るに値するものかどうかという眼で建築を見つめ、そしてそこに自分が見出した価値を最も上手く伝える写真の形式を探すことにより、建築と写真という2つの言葉の再定義を実践的に行っているのだ。考えてみれば当然ともいえるそのような事実を、あらためて思い知らされた刺激的な夜だった。

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山岸さんに持ってきていただいた作品を皆で観覧


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講義後の対談


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山岸さんと